第1話

文字数 1,122文字

 それは、私が小学四年生のときでした。

 隣にあった家が取り壊され、まっさらな更地になっていたところに、夏ごろから急にたくさんの人が出入りして工事を始め出したのです。私はそういうのを見るといてもたってもいられないものでして、注意書きなどお構いなしに工事現場に飛び込みました。すると、ホームセンターで見るようなばかに大きい木材だとかが横に積まれていたのと、そのそばで座り込んでいたヒゲづらのおじさんたちのぎょっとした顔が、すぐ目に入りました。

「なぁにをやっとんだバカ」

 私はおじさんたちに摘まみだされました。私はまた飛び込もうとせんばかりの勢いで、一体何をしているのかと訊いてみると、なんと家を建てていると言います。家を建てる以上はだれか引っ越してくる理屈なのは、私にもすぐわかりました。

 私はすぐ横にある自宅へ駆け込んでお母さんにその話をしたら、お母さんは当たり前みたいに「そうね」と答えました。小刻みに体を縦に揺すって、ランドセルをがちゃがちゃ鳴らす私に、お母さんは手元の鍋から味噌汁をちょっとすくって「味を見てくれる?」と言いました。話題を逸らされたことにも気づかず、私はしばらく真剣に味見をしていましたが、なにがきっかけか、突然はっと思い出して、また体を縦に揺らし始めます。

「だれだれだれだれだれ!」

 お母さんはうんざりした顔で言いました。

「うるさいねえ、ちょっとは落ち着きなさいよ」

「わかった!」

 私はすーっと深呼吸して「落ち着いた!」と大声をたてると、またすぐにダレダレダレと言いました。お母さんはため息をつきました。

「さぁ誰かなあ。いい人だったらいいけどね」お母さんは言いました。

「佐々木さんが戻ってきたのかな?」
「ばか。佐々木さんはもう亡くなったの。別の人が住むんだよ」

 隣家には、以前、佐々木さんというおじいさんが住んでいました。私は佐々木さんが戻ってくるのかとちょっぴり期待していたのでしゅんとしましたが、じゃあ今度は誰が住むのかと、今度はそっちに意識が向きました。お母さんは「知らない」としか言いません。私は何度も探偵に出掛け、工事現場の人に訊いたりしていましたが、どうも危険人物扱いされているようで、なんとも教えてくれません。まったく、大人は意地悪なものです。

 工事が終わったのは、その年の冬でした。まるで白い箱を積み上げたみたいなおうちでした。「モダンねぇ」と向かいの山口さんが言っていました。たしかにうらやましいぐらいにキレイで、是非中に入らせてほしいところです。 そのときになってようやくお母さんが、重たい口を開いて、教えてくれました。

 「四人家族で、今度の日曜日に来るらしいよ。しかも佳奈と同じ年の女の子もいるって」
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