第27話
文字数 1,327文字
眞見さん一家が引っ越してきたあの日のことを、私はよく覚えています。
そうです。みんなは道いっぱいに広がって、到着を待っていました。そこに黒い車がやってきて、クラクションが鳴り、“”怖い男の人“”が車から出て来たのです。実里ちゃんは腰を抜かして、私はなんとか守らないといけないと思いました。
「私はね、佳奈ちゃんのことを『かっこいい子だな』ぐらいにしか思わなかったの」と沙織ちゃんが教えてくれます。「でも詩織は違った。詩織は佳奈ちゃんのほうを食い入るようにじっと見て、こう言ったの——あの子と友達になりたい、って」
その言葉に、私はどきっとしました。言われた瞬間に、私は何かを理解したような、そんな気がしました。言葉にならないけれど、もつれていた何かが、ぴんとほどけたような、そんな気がしたのです。そしてくすぐったいような、あたたかい気持ちが、ふわっとあふれだしてきました。
あの日の夜。
私の部屋の窓に現れた女の子。
私は今まで、あの子を沙織ちゃんだと思っていました。でも本当はそうではないのです。あの子は、あの子が自己紹介したとおり、まちがいなく詩織ちゃんなのでした。詩織ちゃん本人が、詩織ちゃん本人として、私に会いにきてくれたのです。
「それが、一番大きな理由かな」
沙織ちゃんは私の手を取って、ありがとう、と言いました。
前を歩いていた詩織ちゃんが「なに話してるの?」と近づいてきます。私たちはふるふると首を振りました。「なんでもない。秘密秘密!」それを聞いた詩織ちゃんはちょっと不満そうにしましたが、私と沙織ちゃんがいやに上機嫌なので、釣られて笑ってしまいました。
途中、ミナミちゃんと別れました。「また新学期に」
それから、実里ちゃんとも別れました。「またね」
私たちは手を振って、「またね」と言いました。詩織ちゃんはうれしそうに、大きく手を振っていました。誰もいなくなって三人だけになったとき、詩織ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに、こう訊きました。
「私たちってもう友達かな?」
「当たり前じゃん!」私はそう答えました。
「そっか……」詩織ちゃんは目を潤ませました。
そして、とうとう私たちの家の前にたどりつきました。詩織ちゃんと沙織ちゃんともお別れです。「本当にありがとう」と沙織ちゃんが言います。詩織ちゃんが私に近づいてきて、ぎゅっと手を握ります。「これからよろしくね」詩織ちゃんの言葉に私は何度も頷きます。
「また窓から部屋に来てね」
私がひらひらと手を振りながらそう言うと、詩織ちゃんが笑いながら「うん」と言います。
「また屋根から飛び降りようね」
冗談のつもりで私はそう言いました。
本当に冗談のつもりだったのですが、二人の顔色がすっと変わったのに気が付いて、私は慌てました。なにか悪いことを言ったかとあわあわしていると、詩織ちゃんと沙織ちゃんが「さよなら!」といって家に逃げていきます。
「えっ、ちょっと、なんなの一体!」
二人を追いかけようとして前に傾く私の肩は、しかし、後ろから伸びてきた手に掴まれたのです。
「おかえりなさい、佳奈」
後ろに立っていたのは、お母さんでした。
私は二人の顔色が変わった理由を、はっきりと理解したのでした。
(了)
そうです。みんなは道いっぱいに広がって、到着を待っていました。そこに黒い車がやってきて、クラクションが鳴り、“”怖い男の人“”が車から出て来たのです。実里ちゃんは腰を抜かして、私はなんとか守らないといけないと思いました。
「私はね、佳奈ちゃんのことを『かっこいい子だな』ぐらいにしか思わなかったの」と沙織ちゃんが教えてくれます。「でも詩織は違った。詩織は佳奈ちゃんのほうを食い入るようにじっと見て、こう言ったの——あの子と友達になりたい、って」
その言葉に、私はどきっとしました。言われた瞬間に、私は何かを理解したような、そんな気がしました。言葉にならないけれど、もつれていた何かが、ぴんとほどけたような、そんな気がしたのです。そしてくすぐったいような、あたたかい気持ちが、ふわっとあふれだしてきました。
あの日の夜。
私の部屋の窓に現れた女の子。
私は今まで、あの子を沙織ちゃんだと思っていました。でも本当はそうではないのです。あの子は、あの子が自己紹介したとおり、まちがいなく詩織ちゃんなのでした。詩織ちゃん本人が、詩織ちゃん本人として、私に会いにきてくれたのです。
「それが、一番大きな理由かな」
沙織ちゃんは私の手を取って、ありがとう、と言いました。
前を歩いていた詩織ちゃんが「なに話してるの?」と近づいてきます。私たちはふるふると首を振りました。「なんでもない。秘密秘密!」それを聞いた詩織ちゃんはちょっと不満そうにしましたが、私と沙織ちゃんがいやに上機嫌なので、釣られて笑ってしまいました。
途中、ミナミちゃんと別れました。「また新学期に」
それから、実里ちゃんとも別れました。「またね」
私たちは手を振って、「またね」と言いました。詩織ちゃんはうれしそうに、大きく手を振っていました。誰もいなくなって三人だけになったとき、詩織ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに、こう訊きました。
「私たちってもう友達かな?」
「当たり前じゃん!」私はそう答えました。
「そっか……」詩織ちゃんは目を潤ませました。
そして、とうとう私たちの家の前にたどりつきました。詩織ちゃんと沙織ちゃんともお別れです。「本当にありがとう」と沙織ちゃんが言います。詩織ちゃんが私に近づいてきて、ぎゅっと手を握ります。「これからよろしくね」詩織ちゃんの言葉に私は何度も頷きます。
「また窓から部屋に来てね」
私がひらひらと手を振りながらそう言うと、詩織ちゃんが笑いながら「うん」と言います。
「また屋根から飛び降りようね」
冗談のつもりで私はそう言いました。
本当に冗談のつもりだったのですが、二人の顔色がすっと変わったのに気が付いて、私は慌てました。なにか悪いことを言ったかとあわあわしていると、詩織ちゃんと沙織ちゃんが「さよなら!」といって家に逃げていきます。
「えっ、ちょっと、なんなの一体!」
二人を追いかけようとして前に傾く私の肩は、しかし、後ろから伸びてきた手に掴まれたのです。
「おかえりなさい、佳奈」
後ろに立っていたのは、お母さんでした。
私は二人の顔色が変わった理由を、はっきりと理解したのでした。
(了)