一番好きなお料理、何?【課題文学賞その五】

文字数 1,886文字

 気になる娘ができた。同じ電車で通学する、雲上(くものうえ)女子学園の生徒だ。雲上女子学園の制服は、中学時代のクラスメイト女子たちがよく話題にしていたので俺も知っている。あの青っぽいブレザーにタータンチェックのスカートは、俺からするとかわいいというより清楚な印象だ。その中に着込んでいる薄い山吹色のブラウス、中々に目立つ緑色のネクタイ。お前らには似合わねえよ、と中学時代は言いたくても言えなかったその制服を着た彼女。見事に似合う彼女の顔は、俺の十六年ばかりの人生において、初めて出会う高水準(ハイスペック)だ。丸みのある顎を囲むショートカットはもはや芸術と言ってよい。俺はネット検索で、その髪型がショートボブと呼ばれていることを知った。そして悪友たちと女子の話をする時、理想の彼女がする髪型としてショートボブという単語を発した。いや、実際はそれ以外知らないのだが。
 部活の先輩に会ってしまうと挨拶しない訳にはいかないので、見つからないようにドアから離れた中ほどに立ち、吊革を握る。そうすると偶然にも彼女がいる。俺の視線からいくと右下にお友達と座る彼女。おそらく始発に近い駅から乗っているのだろう。ジロジロ見ないように気を付けているから、あまり表情は分からない。でもその分、俺は耳を澄ますのだ。彼女の声だけが俺の脳に浸みわたる。俺の心も澄み切るので、一時間目が心地よい。その結果、俺は夢で彼女に会うのだが。

 あれは夏休み前だった。彼女がお友達と話しているその内容は、好きな男子のタイプ。俺たちもそんな話をしょっちゅうしているのだから、彼女らがそれをしていても何もおかしくはない。ここぞとばかりに聞き耳を立てた。動物好きで、モリモリ何でも食べる面白い人。彼女は間違いなくそう言った。隣のお友達ではなかったはずだ。そして俺は思った。それは、きっと俺だ!

 九月の後半、俺たちは雲上女子学園の文化祭に行った。彼女のクラスが二年A組であり、少林寺拳法部であることも既に把握していた俺は、悪友たちに悟られぬように二年A組の展示に入り浸り、少林寺拳法部のぜんざいを立て続けに三杯食べた。その甲斐あって俺は彼女、若菜さんと喋る機会を得たのだ。こうなると悪友たちのことは構っておれない。俺は若菜さんを楽しませるように話を進めた。その中で自分が柴犬を可愛がっており、バドミントンの練習帰りにはお好み焼きを二人前平らげ、その後家で夕飯を残さず食べることなどを披露した。そう、俺は若菜さんが好きな男子そのもの。それ以外にあり得ない!

 次の週、電車の中で若菜さんが俺に話しかけてくれた。同じ電車だったんだね? そうか、若菜さんは気付いてなかったのか。俺はずっと見てました! と言いそうになり、急に恥ずかしくなった。ここで言うセリフじゃないよな。そう思って黙っていると、若菜さんがお友達を差し置いて俺に聞いてきた。「陽介くん、一番好きなお料理、何? やっぱりお好み焼き?」
「カレーライスです!」すかさず俺は答える。お友達と二人で微笑む若菜さん。ちょっと、マジで可愛いし美しいんだけど! 

 このやり取りをクラスの長崎に見られていた。当然男子しかないない教室は騒然とする。おい、難波に彼女ができたぞ! いや、それは早まり過ぎだ。何故か俺は大勢に囲まれ一問一答ごとに殴られ、そして蹴られる。半端なく痛いんですけど。なんとかそれも止み、悪友の相川が俺に近付いてくる。
「なあ、さっきの一番好きなお料理、だけど……」「ん?」
「それって、一緒に食べよう、とか、作ってあげる、とかそういう類じゃないのか?」
「そんなはず……。いやでも、理屈で考えると確かにアリな質問のような気がするぞ?」
「お前、自分で言うなよ! でも、俺はネットでそういうの見たぞ」
 俺は自分の頬と耳が熱を帯び、目元が緩むのを自覚しながら、かろうじて続ける。
「じゃ、じゃあ、これは脈ありまくり? 若菜さーん、愛してますう!」

「おい、難波、起きろ!さすがにこれはまずい。起きろ、難波陽介!」
 目の前に長崎がいる。珍しく座れた車内。俺は眠っていたらしい。秋の大会前で練習がハードになったせいだろうか。対面のシートには、雲上女子学園の青い制服を着た二人が座っている。右側にいた若菜さんの頬がどんどん赤く染まっていく。

「難波、お前、寝言がヤバすぎる! お前の夢、全部分かっちゃったよ……」
 長崎が半分笑いながら深刻な表情を作っていた。俺は二度と顔をあげることができないまま、もう一度寝るふりをした。が、体中の熱を顔面に集めるべく俺の心臓がその運動を増していることは、誤魔化しようがなかった。
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