令和のアオイちゃん【2000字笑】

文字数 1,999文字

 アオイは高校一年生になった。女子ばかりの環境は気を遣うことも多いが、三年も経つとそれが当たり前になった。逆に、共学に通っていたら遠慮してしまうようなことも、堂々とやってしまう。例えばスカートの中を下敷きで扇いだり、体育のあとブラウスのボタンをかけずに次の授業に出たり。気楽な面も多いのだ。
 学校は、令和になっても「良妻賢母」を掲げる。世間では、お嬢様学校として通っている。今頃は進学にも力を入れている、どちらかというと厳しい学校だ。そのイメージを壊してはいけないし、自分もしっかりした女性に見られたい。だから登下校の時間は身だしなみや態度に気を配る。セーラー服に映える紫色のスカーフは、母校の誇りだ。きっちり着こなす。
 藤が崎駅は、中高生のお客が多く、特に朝の時間は混雑する。座れることはまずないが、アオイの通う桐泉(とうせん)女学院までは四駅だ。羨望の眼差しを感じながら、アオイは吊革を握る。桐泉に入って、新しい友人もできた。同じ藤が崎駅を使う夕子。本物のお嬢様っぽく、古風なオカッパ頭だ。中学生の頃、何度か自宅にお邪魔した。分譲住宅の多い藤が崎では珍しく、かなり広い敷地だった。しかし和風の家屋は新しい。どうやら元々の地主さんで、電鉄会社に土地を売ったのという。夕子は幼稚園から桐泉だ。アオイのことを、外部入学生では初めての親友だと言ってくれた。私でいいのかな、なんて思ったが、今は仲良しだと言える。

 この一年、夕子の家には行っていない。令和のウイルスのせいだ。学校からもお互いの訪問を禁止されている。夕子の家も以前に比べ訪問客が減ったらしい。ただ、中学三年の時と違って、学校は休みになっていない。それは嬉しいかな、と思っている。
 でも、必ずマスクをすることになった。登下校時のみならず、体育も含めた全授業で着用させる。アオイは、さすが世間体に敏感な我が桐泉! と面白がりもしたが、実際にマスクをしたままバレーボールをやるのはしんどい。夕子を含む下からずっと桐泉の子たちは、そういう時やたら素直だ。どこで不満を吐き出すのか、他人ごとながら気になる。ウイルスに怯えながらも、そんな日常が穏やかに過ぎていく、はずだった。あの朝までは―。


 その朝、アオイの目の前を彼が横切った。小学校時代、神童の名をほしいままにしたエリート、ヒカル君。マスクをしていても、雰囲気で分かる。顔はそんなにカッコ良くないけど、意外にサッカーも上手かった。ちゃらちゃらして勉強を全くしていなさそうなサッカークラブの中で、唯一まともな男子。サッカーを続けながら進学塾の三谷犬塚(みつやいぬづか)に通って、麻武(あさぶ)中学に合格したはず。やっぱり男の子だな、すごく背が伸びている。まだサッカー続けているのかな。何だか意識してしまう。でも夕子に気付かれると恥ずかしいし、理想の桐泉生らしくクールにいこう。知らない人、知らない人。スマホはこういう時、便利だ。でも、後ろに並ばれるとドキドキした。
 次の朝も、ヒカルがアオイの後ろに並んだ。でも昨日と違って、間には会社員のおじさんがいた。薄い髪がいやに整っている。そういえばクラスの月世(つきよ)ちゃんは、おじさんと付き合ってお金をもらっているらしい。うわー、きもっ。ヒカル君、そうなりそうな時は助けてね。アオイは勝手に想像し、ヒカルへの妄想も膨らませていた。

 日曜日、アオイは自宅で明日の予習をしていた。古文の授業は、昔の日本人を知ることができるので好きだった。あまり得意ではなかった日本史も、おかげでだんだん興味をもてるようになった。課題の「源氏物語」は、耐えて、悩む平安女性たちの物語だと思う。その時、いきなり母が入ってきた。中学二年以降は、必ずノックしてから入ってきたのに、何か変だ。
「大変よ、アオイ。お友達の、えー、ほら夕子ちゃん。変なストーカーに狙われて。
 藤が崎の駅から付けられてたんだって。そいつ、高校生で昨日すぐ捕まったらしいけど。
 あなたも気を付けてよね。さあ、戸締り。あ、アオイ、カーテン閉めなさいね」

 月曜の朝、夕子は駅に来なかった。大変だったんだな、と思ってラインでスタンプを送ったが、既読スルーだ。話しかけるなら今日がチャンス、と思いヒカルを待ったが、今日は見かけなかった。心拍数を損した気分だった。そしてあの会社員のおじさんは、隣のドアの列に並んでいた。
 授業中、夕子に送るメールの文面を考えていた。結局いい案は浮かばないまま、放課後になった。まあ、なるようになるか。そう思って自宅のドアを開けると、母が立っていた。待ちかねたように、勢いよくしゃべり出した。
「ちょっと、夕子ちゃんとこのストーカー、ヒカル君らしいね。あの麻武の子でしょ? 
 いやねぇ、勉強ばっかりしてるとおかしくなるのね。
 ちょっと、アオイ? 聞いているの? 気を付けないとね、ほら?」

 翌日から、アオイは登校を自粛してしまった。

[了]
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