その5の補足 「一人称は暑苦しい」? そんなことないと思う
文字数 1,239文字
しばらくして廊下に出ると、ぼくは病院を後にし、雨の中を歩いてホテルに戻った。
ドアを閉めて、ライトを消しても、何の役にも立たなかった。彫像に向かって別れを告げるようなものだった。しばらくして廊下に出ると、ぼくは病院を後にし、雨の中を歩いてホテルに戻った。
出血が何度も繰り返されたらしい。医師たちにも止められなかったのだ。ぼくは部屋に入って、キャサリンが息を引きとるまでそばについていた。意識が最後までもどらないまま、しばらくして彼女は息を引きとった。
外の廊下で、ぼくは医師に話しかけた。「今夜、何かできることがあるでしょうか?」
「いいえ、何もありません。ホテルまでお送りしましょうか?」
「いや、けっこうです。もう少しここにいますから」
「申しあげる言葉もありません。なんとも、その――」
「ええ」ぼくは言った。「何も言うことはありません」
「おやすみなさい」医師は言った。「ホテルまで、お送りさせていただけませんか?」
「いえ、けっこうです」
「ああするしかなかったのです」と、彼は言った。「手術の結果わかったのですが――」
「もうおっしゃらないでください」
「ホテルまで、お送りしたいのだが」
「いえ、けっこうですから」
彼は廊下を遠ざかっていった。ぼくは病室の戸口にいった。
外の廊下で、ぼくは医師に話しかけた。「今夜、何かできることがあるでしょうか?」
「いいえ、何もありません。ホテルまでお送りしましょうか?」
「いや、けっこうです。もう少しここにいますから」
「申しあげる言葉もありません。なんとも、その――」
「ええ」ぼくは言った。「何も言うことはありません」
「おやすみなさい」医師は言った。「ホテルまで、お送りさせていただけませんか?」
「いえ、けっこうです」
「ああするしかなかったのです」と、彼は言った。「手術の結果わかったのですが――」
「もうおっしゃらないでください」
「ホテルまで、お送りしたいのだが」
「いえ、けっこうですから」
彼は廊下を遠ざかっていった。ぼくは病室の戸口にいった。
帝王切開の手術が失敗して、愛する女性と赤ちゃんが両方亡くなるのです。
激烈な感情が伝わってきます。
でも、人の言ったこと、したことだけしか書いてありません。
うしろめたさから、「ホテルまで送らせてほしい」と何度も申し出るお医者さんと、
そのたびに「けっこうです」と断る主人公。
同じやりとりのくりかえしが、効果的です。
激烈な感情が伝わってきます。
でも、人の言ったこと、したことだけしか書いてありません。
うしろめたさから、「ホテルまで送らせてほしい」と何度も申し出るお医者さんと、
そのたびに「けっこうです」と断る主人公。
同じやりとりのくりかえしが、効果的です。
彼は廊下を遠ざかっていった。ぼくは病室の戸口にいった。
「いまはお入りにならないで」看護師の一人が言う。
「いや、入らせてもらうよ」
「まだ、いけません」
「あんたのほうこそ出ていってくれ」ぼくは言った。「もう一人も」
しかし、彼女たちを追いだし、ドアを閉めて、ライトを消しても、何の役にも立たなかった。彫像に向かって別れを告げるようなものだった。しばらくして廊下に出ると、ぼくは病院を後にし、雨の中を歩いてホテルにもどった。
「いまはお入りにならないで」看護師の一人が言う。
「いや、入らせてもらうよ」
「まだ、いけません」
「あんたのほうこそ出ていってくれ」ぼくは言った。「もう一人も」
しかし、彼女たちを追いだし、ドアを閉めて、ライトを消しても、何の役にも立たなかった。彫像に向かって別れを告げるようなものだった。しばらくして廊下に出ると、ぼくは病院を後にし、雨の中を歩いてホテルにもどった。
引用:
アーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』
高見浩 訳(新潮文庫、2006年)
アーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』
高見浩 訳(新潮文庫、2006年)