第10話 施術というもの

文字数 1,052文字

 近所に、女性院長さんが一人で施術を行う整骨院がオープンした。
月2くらいで通っている。

「佐久田さん、最近どうですか?」

「痛みは減りました、ただ、左膝のネジが1本外れている感じで、自転車をこぎ出すとき、エイヤッと意識して力を入れないと」

 すると院長さんは、「佐久田さん、かわいいですね」と。
(え? か、かわいい?)とドギマギ。
「どっこいしょじゃなくて、エイヤッなんですね」と微笑んで。

 院長さん、若くて宝塚の男役みたいな美人なんですよ。

***


 施術と言えば思い出す話があります。(急に真面目モード)
精神科医の中井久夫先生のエピソード。

 中井先生は、治療法の確立されていなかった統合失調症に真摯に取り組んだ臨床医、日本を代表する精神科医です。翻訳家、文筆家でもあります。

 かなり難しい統合失調症患者の治療をしたあと、中井先生はひどく疲れたそうです。
それで懇意にしているマッサージ師にかかると、「先生、今日は難しい患者を診てこられましたね」と言い当てられる。
中井先生が連日難しい患者に取り組まれていた際に、そのマッサージ師にかかったら、その方は三週間休んでしまいました。
「先生の体を揉んでから何か妙な感じがして働けなくなりました」と。

 そのマッサージ師は亡くなられて、息子さんが代替わりされましたが、その息子さん曰く、
「私たちはお客さんの病気をいただくのか、命が短いのです。父のようなことはできません」
と言われ、そして、その通りの施術でしたと。


 このエピソードは理屈抜きで「わかる」と思いました。
魂にかかわることに対し、真摯に取り組むということは、命がけの作業なのだと。


***

 もう一つ。中井先生の本から、印象に残った部分を抜粋。


 「語らざるもの」--患者が、家族を辛うじて分離しないようにしているということが実際にあるのです。いや、かならずその目で見る必要があります。
「私が治ったら両親は別れる。私は安心して治れない」と。

 ペットが、この役割を分担していることがあります。私が往診した先では決まったように犬が私の側に並んで座ったり、私を背に両脚の間に座ったりしました。きっと、わかってほしかったのでしょう。その犬がついに出て行ったとの報告を聞いて、私に不吉な予感が起こりました。しばらく後になってですが、飼い主は急に悪化して、慢性病棟の主になってしまったと聞きました。

 私は、ペットは家族のことをけなげに心配していると思っています。猫は病気がちになります。

『こんなとき私はどうしてきたか』
(医学書院)P105





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