最終話 四つ葉のクローバーのキーホルダー

文字数 2,360文字

 ふきのとう日誌の表紙にもありますが、四つ葉のクローバーモチーフが好きです。

 遡ること息子が小学生だったころのお話です。
当時シンママだった私は、学童保育を利用していました。
学童保育というのは、共稼ぎ、母子家庭、父子家庭など、日中親が家に居ない家庭の子どもを、指導員が放課後預かってくれるというものです。


 授業が終わると子どもたちは、学校敷地内北側にある学童保育の古い建物に移動して、まず宿題をやっつけます。それが終わったら、みんなで遊んだり行事(お誕生会など)を行なったりして、親が迎えに来るのを待つのです。

 学童保育の先生(指導員)が言うには、ルールのある遊びが好きな子と、自由に遊ぶのが好きな子に分かれるそうです。
息子はルール派だったので、上級生たちにまじってドッジボールや野球、サッカーなどに熱中していました。自由に遊ぶ子たちは、庭で泥団子を作ったり池を観察したり、工作したり。



 学童保育は子どもたちの活気で溢れていて明るくて、私は仕事が終わると急いで学童保育に駆けつけたものです。
男の子たちとはカードデッキの話をしたり、女の子たちとは噂話に興じました。私はその頃流行していたカードゲームに詳しいお母さんとして、男の子たちの間で一目置かれていまして。
息子が小学3年生のとき、役員(会計係)になってしまった私は、さらに学童保育に入り浸るようになりました。(保護者が運営するタイプの学童保育でした)


 秋に学校で文化祭のような「お祭り」がありました。
学童保育でも出し物をします。私はプラ(ばん)担当になりました。
プラ板、作ったことありますか?


 小さく切ったプラスチックに、色とりどりのペンで絵を描き、それをトースターで焼くのです。
プラスチックが少しだけ溶けて縮み、厚みが増して色が定着します。あらかじめ開けてあった穴に、好きな色の紐を通せば、キーホルダーの出来上がり。
男の子たちはこぞってポケモンの進化系キャラクターを描いていました。


 同じ学童保育の1年生の女の子から話しかけられました。
「どんな絵を描いたらいいのかな」

 私は「例えばね」と、緑のペンで四つ葉のクローバーの絵を描きました。中心に葉脈のアクセントを入れて。
「四つ葉のクローバーは幸せを呼ぶんだよ。キーホルダーにして持っていたらお守りになるんじゃないかな」
 そんなことを言いながら。
女の子は私の絵を見て「かわいいね」と言い、そしてお花のような四つ葉のクローバーの絵を描きました。



 女の子は佐藤友里(仮名)ちゃんといいました。母子家庭でした。
次に学童保育に行ったとき、友里ちゃんは算数のドリルを解いていました。筆箱のファスナーには、お祭りで作った四つ葉のクローバーのプラ板が結んであって。

 息子は公文の宿題をやっつけ中だったので、私は息子と友里ちゃんの間に座って待つことにしました。

 友里ちゃんから話しかけられました。
「あのね、私が算数が苦手だからね、お母さん、昨日の夜、トライアルに行ってドリルを買ってきてくれたの」
「そうなんだ」
 トライアルというのは、24時間営業の低価格スーパーです。

 そんな会話をしていると、友里ちゃんのお母さんがお迎えに来ました。
お母さんはちょっとヤンキーチック、いなせでさっぱりとした美人。群れたりしないタイプの人です。

「友里ちゃん、しっかり勉強していたよ、偉いよ」
 そう話すと、友里ちゃんママはくしゃっと照れながら笑って、当の友里ちゃんは、聞き耳たてながらもおすまし顔でドリルを解いていました。




 友里ちゃんから息子宛てに年賀状が届きました。友里ちゃんは息子の2歳年下です。
「よく住所がわかったね、友里ちゃんから住所聞かれた?」
「聞かれたかもしんない」と息子。
 そして、
「これ、オレにきているけど、お母さんに出したと思う」

 プラバンありがとう、と書かれていました。

「でもお母さんが返事書くのも変だから、ほら、あんた、年賀状書きなさいよ」
「めんどくさいなあ」
「いいから。年賀状ありがとう、今年もよろしく、15日の土曜日は学校でどんど焼き、豚汁がでるよ、とか」


 少しして息子はバスケがしたいと言い出し、4年生で学童保育を卒業して、これまた学校のスポーツ少年団に入りました。
市の補助など高額な予算が動く学童保育の会計係は大変だったけど、5年生でミニバスの男子部部長役が回ってきたときは段違いに大変で。でも仕方ないことです。親子ともども熱中していましたから。

 こうして学童保育は卒業したけど、友里ちゃんは毎年年賀状をくれました。
最後の年賀状はこうでした。


 明けましておめでとう
こんど、お母さんが再婚するので、私は「鈴木」になります
引越しするけど学校は変わらないよ!
佐久田君、中学生だね、年賀状はこれで最後にします
元気でね!



 友里ちゃんももう二十歳越え、どんな大人になっているのだろうか。
私もいろいろあったけど、友里ちゃんの方が確実にいろいろあっただろうなと、思う。


 路上で、駅で見かける女の子たち。知らない町の女の子たち。どこかに友里ちゃんがいる。
かつて、似たような女の子を揶揄して「量産型」と言ったけど、私は「量産型」なんて見たことがない。
SNSで個人の内面が可視化できるようになって、それぞれがそれぞれの傷を抱えていることがわかったから。どんな人にも傷やインクルージョンが、その人独自の個性としてきらめいている。


 四つ葉のクローバーは無いものねだり、これで幸せになれれば苦労はない。
でも願わずにはいられない。
「ハッピー」や「ラッキー」はなくてもいい、ただ、理不尽な不幸が訪れませんようにと。


◇◆◇◆◇


 話数が増えスクロールが難儀となってきましたので、これでいったん完結とします。
今までご愛顧いただき、ありがとうございました。心から、感謝です。



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