第96話 とあるパン屋さんの常連(太客)になった私

文字数 1,463文字

 勤務先で毎年、目標を立てさせられています。
みなさんの中にも、勤務先で目標管理制度を導入されている方、いらっしゃいませんか。面倒くさいよねえ。

 新年度の運営方針を少々踏まえて、4月に業務貢献やらチーム貢献やら自己啓発やらなんやらかんやらああだのこうだの細かく目標を立てて、9月に進捗管理の中間レビュー、そして2月に最終レビューで締め、その都度管理職と面談してクドクド言われて、最後に評価が下され人事に報告される。その評価がお給料に反映される。

 その管理職との最終面談で、今回、いまだかつて無くつらつらつらつらお小言みたいなことを言われちゃったよ。なんか小バカにされた感じ、バカだから仕方ないけどさ。
まあ、かすり傷なんだけど、言われたばかりだからヒリヒリして、それでここで発散しています。
まだ定年は先だけど、定年後も再雇用で働き続けるのも面倒くさくなってきちゃった。(旦那が「とりあえず再雇用しとけ」の一点張りなんですよ)
仕事のプレッシャーから解放されたい……。



 でもな。

 最近、とあるパン屋さんに通っているのです。
店主は、髪を淡いピンク色に染めた若いお姉さん。通りに面しているんだけど、ぼーっとしていると通りすぎちゃうような小さなお店。

 いつも仕事帰りに寄るので、正面のガラス窓からお店の灯りが漏れているのを見つけると「まだやっている」と嬉しくなる。店内もウッデイ調で温かい。
 店主が神戸で修行してきたとあって、ひとつひとつがセンス良く、風味が格別なのです。
粉から厳選しているらしく、噛みしめると味に深みがある。具も惜しげなく盛りだくさん。食パンもきめ細かでしっとり美しくてね。どれもこれも美味しい。


 そしてわたしはとある筋から、そのお姉さんがかなりの苦労人であるという情報を入手したのですよ。
まごうことなきヤンキーチックなお姉さんは、小柄な体で人生の荒波に揉まれてきたんだなあと、妙に納得しました。
若い人で苦労人。グッとくる要素です。

 末永く商売をしてもらうためには課金しなくてはと、私は週一でそのパン屋さんに通うようになりました。
閉店近くにふらり現れ、ごっそり買っていく私を、お姉さんは「太客」認定してくれたようで。
「よかったら、これもこれも持っていって!」と、おまけをしてくれるようになりました。


 先日、お姉さんが片目に眼帯していたので「どうしたの?」と聞いたら、笑いながら、
「昨日(定休日)、目の手術をしたんですよ」
「手術!?」
「目に激痛があって急遽手術に。目は大事ですよ!」
「痛むでしょ、休まなくて大丈夫なの?」
「目の麻酔が一番痛かったです、奥にぐりぐり入れてきて。今日は早く休めと病院で言われました!」
「働きすぎだよぉ」

 なんでも午前中、病院で検査を受けて、手術の待ち時間に店に戻ってパンの仕込みをして、午後病院に行って手術を受けた模様。で翌日、通常営業しているという。
ど根性じゃん、推せる。

 たくさん買ったパンは、実家に寄ってお裾分けしたり、次の日会社で布教活動しながら配ったりして喜ばれています。


 パン屋さんに寄った帰り道で、自転車を漕ぎながらふと思います。
こんな風に買い物ができるのも仕事を続けているからなんだよなあ。
退職したら、こんな風にはいかないよなあ。
ポンコツな私が仕事を続けていられるのは、まだ、どこかでなにか繋がっていて、必要とされているからかもしれないなあ。

 などど。

 そんなこんな、いつも気持ちは行ったり来たりの繰り返し。
私はパン屋さんを助けていると同時に、助けられているようにも感じるのです。



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