2-11 傾向
文字数 3,799文字
「おはよー志賀君!」
扉を勢い良く開け放ち、宮藤由利は朗らかな挨拶と共に特殊対策室内に滑り込んだ。
机上に乗ったノートパソコンを操作していた志賀は、そんな宮藤を完全に無視して椅子から立ち上がる。
資料棚にあったファイルを取り出して中を確認し始めた志賀に、宮藤は口を尖らせた。
「ちょっと、挨拶しないとか社会人として失格過ぎない? はい、お、は、よー!」
紙をめくる音だけが部屋に響く。
数秒の間を置いてから、宮藤は大げさすぎるほどのため息をつきつき言った。
「相変わらずなんだからもう……。良いじゃない、挨拶くらいしてくれてもさ」
「その口調とテンションを何とかするか、黙るかしてくれ。キツイを超えてキモイ」
「うん。今度の差し入れはオブラートにするね。徳用のやつ」
「おはよう」
「え?情緒大丈夫?」
おどけた調子で突っ込んで、宮藤は電気ケトルの置かれた棚まで歩いた。
「てか今日日曜日なんだけど。ホント仕事熱心よねぇ、志賀君」
「他にやる事がないだけだ」
「そんな悲しい事を自分から言わなくても……」
特殊対策室は毎日勤務なので、基本的に土曜と日曜が休暇となる。しかし志賀は日曜の昼間からお構いなしに部屋に居座り、資料を読み漁っているのだ。宮藤は呆れて肩を竦めたが、志賀は資料から目を上げずに事も無げである。
「アンタも似たようなもんだろうが。何しに来やがった」
「休憩よ、休憩。管理職に土日なんてないの」
「超絶多忙な署長様は用事がないと来ないんじゃなかったのか」
「ほーんと可愛くないなコイツ」
ふと、宮藤は夏波奏の席へと目をやった。机上は空っぽだ。辛うじて卓上カレンダーが置かれているくらいで、かなりこざっぱりとしていた。
「そんな調子で仲良くやれてるの?あの子と」
「知らん」
「知らん、じゃないわよ。無理させてないでしょうね?」
「……多分」
「多分て」
額に手を置く宮藤。志賀は素っ気なく答えながらも資料を閉じ、自分の席へと戻っていく。
しばらくの沈黙。マウスクリックの音に被さるようにして、湯の煮える音が少しずつ室内に広がった。
「志賀君、紅茶とココアどっちがいい?」
「珈琲 」
「この天邪鬼めぇ……」
「俺はいっつも珈琲だろうが。アンタの選択肢の方がよっぽど天邪鬼だろ」
べー、と志賀に舌を軽く出して見せながら、宮藤は棚のインスタントコーヒーの瓶に手を伸ばす。
「まぁ、夏波君から苦情が一個も上がってきてないから、そこそこ仲良くやってるんじゃないかなーとは思うんだけどね」
宮藤の呟きに、志賀は一切の反応を見せない。いつもの事かと宮藤が瓶の蓋を開けたところで、それまで続いていたクリック音が止まった。首を回せば、志賀がじっとパソコンの画面を凝視しながら口を曲げている。
「どうしたの?」
問いながら匙で粉をすくい、マグに入れる。
「……増えてんな」
志賀は呟くような返事をした。
電機ケトルを傾け、お湯を注ぐ。
「何が?」
「能力事件の数だ」
「数?」
角砂糖を1つずつ入れてから匙でくるくるとかき回す。そうして、取手のついたマグカップを2つ手に取り、宮藤は志賀の元に歩いた。宮藤は机の上に黒いマグを置きつつ、志賀のパソコン画面を覗き見る。
画面には人名や事件名の記載されたレポートがいくつか展開されていた。その中心に都道府県毎になにかの数字がまとめられた資料が書きかけで止まっている。
「先月は宮城だけで3件。それに対して、今月は中旬にさしかかったばかりで2件だ。夏波奏が無害だったから良かったものの、それも含めて3件。……ペースがおかしい」
「確かに……今まで東北全体で見て、把握できるのは半年に3件、ってとこだったものね」
宮藤は立ちながら、自分の分のマグを口元で傾けた。キーボードを数度叩き、志賀が資料のページを繰る。
「他地方、……九州辺りも増えてるようだが、東京大阪と東北地方は群を抜いてる」
「んー、東京大阪までは分かるんだけど、なんで東北なのかなぁ」
人が多いってだけなら、東北は当てはまらないと思うんだけど。と、ぼやきながら、宮藤は部屋のソファへと歩み、腰を下ろす。
「あんまり考えたくないけど、“鯨”のせい……とか?」
「可能性はある」
志賀は頷いた。だが、すぐに画面を見つめて黙り込む。
“鯨”という存在の調査については、志賀も宮藤も頭を悩ませていた。とにかく手がかりがないのである。各方面での聞き込みはおろか、サイバー関係に強い警察内部の人間でさえ尻尾を掴めない。全くと言っていいほど痕跡がないのだそうだ。
「“鯨”……ね」
ため息混じりに呟いて、宮藤は夏波の机に目をやった。
異質な動画投稿者については、以前から情報として知ってはいた。が、“鯨”が能力事件に関わっていると分かったのは夏波奏のおかげに他ならない。夏波が生き返ったからこそ“鯨”という動画投稿者の異質さが浮かび上がった。そして能力によって記憶を読み取ったからこそ、自分達よりも遥かに知識を持つ人物だと分かったのである。
「やっぱり、あの子の力を頼るしかないんじゃ……」
「駄目だ」
鋭い声。志賀は宮藤を見もせずに、ばっさりと却下した。
「アイツの力が何なのか、ハッキリと分かった訳じゃない」
「けど、“鯨”の特定は急ぐべきだわ」
「それには同意する。だが“能力”は使わせない」
「どうして?『記憶を読み取る』以上の事はないって本人も言ってた。それに」
「アイツが嘘をついている可能性もある」
「そんな事な」
「ないなんて!」
志賀が語気を荒らげた。
「――ないなんて、言えないだろうが」
苛立ちや怒りではなく、ただ咎める様な言い方に、宮藤は思わず口を閉ざす。
志賀がこうして感情的になる事は、至極珍しい。人に対して横柄な彼だが、語調を強くする事は滅多にないのだ。案の定、次の瞬間にはただ鋭いだけの態度に収まり淡々と続けた。
「お前がアイツに力を使った訳でもないだろ」
「そりゃないけど……」
「嘘とまでは言わんが、自覚していない事柄がきっとあるはずだ」
志賀は机に置かれていたマグを取り上げ、珈琲を少しだけ啜った。そうしてすぐに宮藤を睨むと「砂糖入れやがったな」とぼやき、もう一口嚥下する。宮藤は真面目な面持ちを少し崩して笑うと、目を伏せながら口を開いた。
「ねえ、志賀君」
呼びかける、鈴のなるような声。しかしその続きが紡がれず、志賀は宮藤を振り返り「なんだ」と先を促した。宮藤はしばらく逡巡したが、やがて決心したようにも諦めたようにも聞こえる声音で問いかけた。
「あの子、似てるの?」
顔を前に戻し、志賀は瞼を落として一度息を深く吐き出した。宮藤に気付かれないよう、ゆっくりと。
そして答える。
「……分からん」
「そう」
志賀はマグをゆらゆらと揺らした。黒い液体に天井の蛍光灯が映りこみ、その表面が白く波打つ。
夏波奏。
自分の下に着くことになった者がどんな人間なのか、志賀は知らない。知ろうとしていないから。知る必要がないから。
――いや、違う
極小さく首を振る。そんな一匹狼みたいな理由では決してない。
知るのが怖いだけ。ただそれだけなのだと、志賀は顔を顰めた。
ぐい、と残りのコーヒーを一気に飲み干す。そうして机にマグカップを叩きつけると、椅子にかかっていたカーキ色のコートを掴みながら立ち上がった。
「え、どっかいくの?」
「“鯨”の聞き込み」
「頑なねぇ、ホント」
宮藤は呆れた様子ではあるが、それ以上踏み込んだ話をする素振りはない。ゆったりとソファに身を沈め、しばらくこの部屋に居座る構えだ。確かにこの部屋にはほとんど人が寄り付かないので、宮藤としては絶好の休憩場所なのだろう
志賀はコートを羽織り、部屋の扉に歩み寄る。
「アンタ、ここから出ていく時に鍵を――」
そう言いながらノブに手を伸ばしたその瞬間、扉の先から何かが駆けてくる音と共に、一気に扉が開け放たれた。あまりの勢いに危うく扉にあたりそうになり、志賀は半歩後ずさる。
「うわっ、ビビった!!」
「こっちの台詞だが……」
飛び込んできた男は、扉の目の前にいた志賀に驚いて声を上げる。どう考えても危なかったのは志賀なのだが、相手はお構いなしに部屋を見渡した。
「夏波はッ!?」
突然所在のなくなった手をそのままに、志賀は飛び込んできた人間を見上げる。
「今日は休みだ」
「家にいねぇんだよ」
「外に遊びに出てるんだろ。日曜だぞ」
「あーッ、もう、これ見ろ!」
私服姿の青年はポケットから携帯を引っ張り出すと、画面を志賀に突きつける。
写っていたのは、少し朽ち果てたビルの入り口。そして、
「血……?」
夥しい、とまでは行かないが、かなりの量の血液がガラス戸にこびりついていた。色とその流動感から、それほど時間が経っていないことが分かる。
見せられた写真の場所には覚えがあった。先日伊霧芽郁が飛び降りたあの廃ビルだ。
飛び込んできた青年――三科祭は、焦燥のままに続ける。
「そこに、これがあったんだ」
差し出された三科の手の内を覗き、志賀は絶句する。
それは確かに、つい先日夏波に渡した手袋の片割れだ。
「連絡は」
「取れない。反応がねえ」
返答を聞くなり、志賀は三科を押し退けてその場を飛び出した。
「おい!」と背後からついてくる声を無視して、志賀は署内の廊下を走る。
吐き気すら覚える拍動の中、必死に思考を紡ぎながら、駐車場へと疾駆した。
扉を勢い良く開け放ち、宮藤由利は朗らかな挨拶と共に特殊対策室内に滑り込んだ。
机上に乗ったノートパソコンを操作していた志賀は、そんな宮藤を完全に無視して椅子から立ち上がる。
資料棚にあったファイルを取り出して中を確認し始めた志賀に、宮藤は口を尖らせた。
「ちょっと、挨拶しないとか社会人として失格過ぎない? はい、お、は、よー!」
紙をめくる音だけが部屋に響く。
数秒の間を置いてから、宮藤は大げさすぎるほどのため息をつきつき言った。
「相変わらずなんだからもう……。良いじゃない、挨拶くらいしてくれてもさ」
「その口調とテンションを何とかするか、黙るかしてくれ。キツイを超えてキモイ」
「うん。今度の差し入れはオブラートにするね。徳用のやつ」
「おはよう」
「え?情緒大丈夫?」
おどけた調子で突っ込んで、宮藤は電気ケトルの置かれた棚まで歩いた。
「てか今日日曜日なんだけど。ホント仕事熱心よねぇ、志賀君」
「他にやる事がないだけだ」
「そんな悲しい事を自分から言わなくても……」
特殊対策室は毎日勤務なので、基本的に土曜と日曜が休暇となる。しかし志賀は日曜の昼間からお構いなしに部屋に居座り、資料を読み漁っているのだ。宮藤は呆れて肩を竦めたが、志賀は資料から目を上げずに事も無げである。
「アンタも似たようなもんだろうが。何しに来やがった」
「休憩よ、休憩。管理職に土日なんてないの」
「超絶多忙な署長様は用事がないと来ないんじゃなかったのか」
「ほーんと可愛くないなコイツ」
ふと、宮藤は夏波奏の席へと目をやった。机上は空っぽだ。辛うじて卓上カレンダーが置かれているくらいで、かなりこざっぱりとしていた。
「そんな調子で仲良くやれてるの?あの子と」
「知らん」
「知らん、じゃないわよ。無理させてないでしょうね?」
「……多分」
「多分て」
額に手を置く宮藤。志賀は素っ気なく答えながらも資料を閉じ、自分の席へと戻っていく。
しばらくの沈黙。マウスクリックの音に被さるようにして、湯の煮える音が少しずつ室内に広がった。
「志賀君、紅茶とココアどっちがいい?」
「
「この天邪鬼めぇ……」
「俺はいっつも珈琲だろうが。アンタの選択肢の方がよっぽど天邪鬼だろ」
べー、と志賀に舌を軽く出して見せながら、宮藤は棚のインスタントコーヒーの瓶に手を伸ばす。
「まぁ、夏波君から苦情が一個も上がってきてないから、そこそこ仲良くやってるんじゃないかなーとは思うんだけどね」
宮藤の呟きに、志賀は一切の反応を見せない。いつもの事かと宮藤が瓶の蓋を開けたところで、それまで続いていたクリック音が止まった。首を回せば、志賀がじっとパソコンの画面を凝視しながら口を曲げている。
「どうしたの?」
問いながら匙で粉をすくい、マグに入れる。
「……増えてんな」
志賀は呟くような返事をした。
電機ケトルを傾け、お湯を注ぐ。
「何が?」
「能力事件の数だ」
「数?」
角砂糖を1つずつ入れてから匙でくるくるとかき回す。そうして、取手のついたマグカップを2つ手に取り、宮藤は志賀の元に歩いた。宮藤は机の上に黒いマグを置きつつ、志賀のパソコン画面を覗き見る。
画面には人名や事件名の記載されたレポートがいくつか展開されていた。その中心に都道府県毎になにかの数字がまとめられた資料が書きかけで止まっている。
「先月は宮城だけで3件。それに対して、今月は中旬にさしかかったばかりで2件だ。夏波奏が無害だったから良かったものの、それも含めて3件。……ペースがおかしい」
「確かに……今まで東北全体で見て、把握できるのは半年に3件、ってとこだったものね」
宮藤は立ちながら、自分の分のマグを口元で傾けた。キーボードを数度叩き、志賀が資料のページを繰る。
「他地方、……九州辺りも増えてるようだが、東京大阪と東北地方は群を抜いてる」
「んー、東京大阪までは分かるんだけど、なんで東北なのかなぁ」
人が多いってだけなら、東北は当てはまらないと思うんだけど。と、ぼやきながら、宮藤は部屋のソファへと歩み、腰を下ろす。
「あんまり考えたくないけど、“鯨”のせい……とか?」
「可能性はある」
志賀は頷いた。だが、すぐに画面を見つめて黙り込む。
“鯨”という存在の調査については、志賀も宮藤も頭を悩ませていた。とにかく手がかりがないのである。各方面での聞き込みはおろか、サイバー関係に強い警察内部の人間でさえ尻尾を掴めない。全くと言っていいほど痕跡がないのだそうだ。
「“鯨”……ね」
ため息混じりに呟いて、宮藤は夏波の机に目をやった。
異質な動画投稿者については、以前から情報として知ってはいた。が、“鯨”が能力事件に関わっていると分かったのは夏波奏のおかげに他ならない。夏波が生き返ったからこそ“鯨”という動画投稿者の異質さが浮かび上がった。そして能力によって記憶を読み取ったからこそ、自分達よりも遥かに知識を持つ人物だと分かったのである。
「やっぱり、あの子の力を頼るしかないんじゃ……」
「駄目だ」
鋭い声。志賀は宮藤を見もせずに、ばっさりと却下した。
「アイツの力が何なのか、ハッキリと分かった訳じゃない」
「けど、“鯨”の特定は急ぐべきだわ」
「それには同意する。だが“能力”は使わせない」
「どうして?『記憶を読み取る』以上の事はないって本人も言ってた。それに」
「アイツが嘘をついている可能性もある」
「そんな事な」
「ないなんて!」
志賀が語気を荒らげた。
「――ないなんて、言えないだろうが」
苛立ちや怒りではなく、ただ咎める様な言い方に、宮藤は思わず口を閉ざす。
志賀がこうして感情的になる事は、至極珍しい。人に対して横柄な彼だが、語調を強くする事は滅多にないのだ。案の定、次の瞬間にはただ鋭いだけの態度に収まり淡々と続けた。
「お前がアイツに力を使った訳でもないだろ」
「そりゃないけど……」
「嘘とまでは言わんが、自覚していない事柄がきっとあるはずだ」
志賀は机に置かれていたマグを取り上げ、珈琲を少しだけ啜った。そうしてすぐに宮藤を睨むと「砂糖入れやがったな」とぼやき、もう一口嚥下する。宮藤は真面目な面持ちを少し崩して笑うと、目を伏せながら口を開いた。
「ねえ、志賀君」
呼びかける、鈴のなるような声。しかしその続きが紡がれず、志賀は宮藤を振り返り「なんだ」と先を促した。宮藤はしばらく逡巡したが、やがて決心したようにも諦めたようにも聞こえる声音で問いかけた。
「あの子、似てるの?」
顔を前に戻し、志賀は瞼を落として一度息を深く吐き出した。宮藤に気付かれないよう、ゆっくりと。
そして答える。
「……分からん」
「そう」
志賀はマグをゆらゆらと揺らした。黒い液体に天井の蛍光灯が映りこみ、その表面が白く波打つ。
夏波奏。
自分の下に着くことになった者がどんな人間なのか、志賀は知らない。知ろうとしていないから。知る必要がないから。
――いや、違う
極小さく首を振る。そんな一匹狼みたいな理由では決してない。
知るのが怖いだけ。ただそれだけなのだと、志賀は顔を顰めた。
ぐい、と残りのコーヒーを一気に飲み干す。そうして机にマグカップを叩きつけると、椅子にかかっていたカーキ色のコートを掴みながら立ち上がった。
「え、どっかいくの?」
「“鯨”の聞き込み」
「頑なねぇ、ホント」
宮藤は呆れた様子ではあるが、それ以上踏み込んだ話をする素振りはない。ゆったりとソファに身を沈め、しばらくこの部屋に居座る構えだ。確かにこの部屋にはほとんど人が寄り付かないので、宮藤としては絶好の休憩場所なのだろう
志賀はコートを羽織り、部屋の扉に歩み寄る。
「アンタ、ここから出ていく時に鍵を――」
そう言いながらノブに手を伸ばしたその瞬間、扉の先から何かが駆けてくる音と共に、一気に扉が開け放たれた。あまりの勢いに危うく扉にあたりそうになり、志賀は半歩後ずさる。
「うわっ、ビビった!!」
「こっちの台詞だが……」
飛び込んできた男は、扉の目の前にいた志賀に驚いて声を上げる。どう考えても危なかったのは志賀なのだが、相手はお構いなしに部屋を見渡した。
「夏波はッ!?」
突然所在のなくなった手をそのままに、志賀は飛び込んできた人間を見上げる。
「今日は休みだ」
「家にいねぇんだよ」
「外に遊びに出てるんだろ。日曜だぞ」
「あーッ、もう、これ見ろ!」
私服姿の青年はポケットから携帯を引っ張り出すと、画面を志賀に突きつける。
写っていたのは、少し朽ち果てたビルの入り口。そして、
「血……?」
夥しい、とまでは行かないが、かなりの量の血液がガラス戸にこびりついていた。色とその流動感から、それほど時間が経っていないことが分かる。
見せられた写真の場所には覚えがあった。先日伊霧芽郁が飛び降りたあの廃ビルだ。
飛び込んできた青年――三科祭は、焦燥のままに続ける。
「そこに、これがあったんだ」
差し出された三科の手の内を覗き、志賀は絶句する。
それは確かに、つい先日夏波に渡した手袋の片割れだ。
「連絡は」
「取れない。反応がねえ」
返答を聞くなり、志賀は三科を押し退けてその場を飛び出した。
「おい!」と背後からついてくる声を無視して、志賀は署内の廊下を走る。
吐き気すら覚える拍動の中、必死に思考を紡ぎながら、駐車場へと疾駆した。