4-14 奪い取る力
文字数 2,443文字
保護した男の能力は、触れる事で強力な電磁波が発生する、つまりは発雷のようなものなのだと志賀は語った。
騒ぎを聞き付けて現場に急行した志賀は、既にその場の検証を終えており、男が触ってしまった人物が一命を取り留めている事も確認していた。現場にいた誰もが状況を上手く飲み込めていないところを、必要な情報だけ攫ってきたらしい。
「またそういう事して……」
「説明してる時間が惜しかった」
ジト目で睨む宮藤に、志賀は肩を竦めてみせる。
事の成り行きを見守ることしかできなかった夏波だが、最終的に男を保護対象者として受け入れるという話に怖じ怖じと異論を唱えた。
「大丈夫なんですか?」
無論、志賀と宮藤にしか聞こえない声量で。
何が、と具体的に言葉にはしなかったが、それでも十分彼らには伝わるだろう。
「マル暴の人ってコト、気にしてる?」
歩きながらも、宮藤が夏波の顔をのぞき込むように首を動かした。
「まぁ……それもありますし……」
マル暴――暴力団関係者――である事も勿論、今さっきパニックを起こして暴れたような人物だ。患者のみならず、医者にすら危害が加わる事を夏波は恐れた。しかし
「心配しないで」
宮藤が夏波の肩に手を置く。置きつつ、彼女の目線は志賀に向いた。
「そういえば志賀君、私の……というか、この身体の能力についてはちゃんと説明したの?」
「一応」
「“ちゃんと”では無い訳ね」
ぷくりと頬を膨らませる宮藤を一瞥し、志賀はうんざりと「だから、マジでやめろそれ……」と顔を顰める。が、宮藤は気にする様子を見せない。
「私、宮藤由利の能力は、『行動の強制』よ」
「強制……?」
不穏な響きに、夏波は宮藤の顔を凝視した。
しかし、これまでの志賀の話から、ある程度察する事は可能だ。
「素手で触れた相手に、私が思考した行動を取らせることができるわ。例えば触れた相手に『右手を動かす』って思考しながら触ると、夏波君は右手を上げるまで身体の行動は完全に制限される。その行動を取るまで、他の行動を取ることは叶わない。一種の催眠、洗脳状態になっているのよ」
「触れられる側が特に何も抵抗していなければ、思考ごと乗っ取られ、何の疑問もなくその行動を遂行する。が……強く拒否していれば、思考のみがそこに残る。身体の制御が全く効かない状態でな」
志賀は眉間に刻む皺をより深くして、忌々しげに吐き捨てた。
「宮藤の能力の質 が悪い点は、『その行動を遂行するまで解除が一切できない』事。ただ救いとなるのは、『してはならない行動の強制』なら、その行動を取れないだけに留まる事だ」
「というと……?」
「つまり、この病院にいる患者に『決して手袋を外してはならない』と宮藤が命じれば、手袋を自分自身の意志で外そうとは思わなくなるって事だ」
「私が『手袋を外せ』と反対の命令をして、それを遂行した時点で『してはならない行動』は解除されるわ。ただ、もしも私が反対行動を命じないまま死んだりしたら、一生自発的にその行動を取ることができなくなるかもしれないけれどね」
宮藤をこの病院に呼んだ理由はその点に集約される。危険を排除するために必要な措置として、この病院の患者には『してはならない行動』を彼女に命じさせるのだ。
今回の患者に対しては、『手袋を外さない』。そして『他者に暴力行為を行わない』、『病院から無断で外出しない』と、かなりの制約をかけたらしい。
一概に安全とも言えないが、少なくとも病院側に危害が加わらないようにするために必要なのだと、宮藤は心苦しそうに吐露した。
「もし他の人が病院から連れ出したりしたらどうなるんですか?解除されるとか……?」
「いいえ。その場合は『病院に戻らないと』って強迫観念に支配される事になる。解除できるのは私が反対行動を指示したときだけ」
「……例えばなんですけど、『相手を殺害しろ』みたいな事を命令した場合は……?」
「試したことは無いけれど……、恐らくその程度のぼんやりとしたものなら、『その人を殺さなければならない』という強迫観念に晒されて、実行するまでその感情に取り憑かれることになるんじゃないかしら……?」
志賀が話してくれたかつての宮藤由利の行動からある程度推測はついていたが、やはり人間の意志や思考というものを真っ向から否定するような力なのだろう。
宮藤は悲しげな表情を作って続ける。
「かつての宮藤由利ですら、この力を積極的に使う事はしなかったわ。……いえ、使っていたのかもしれないけど、私たちには認識すらできなかった、と言う方が正しいのかもね」
それがその人間の意志であるのか、宮藤の能力により強制されたものなのかは、角井俊には分からない。
それはつまり――、と夏波が思考を巡らせようとしたタイミングで、一行は病院の入り口に辿り着いた。
それまで不機嫌そうに歩みを進めていた志賀が、立ち止まってジロリと夏波を見やる。
「とにかく、能力の検証には危険が伴う。宮藤の能力についてさえ、俺達は完全に把握しきれていないんだ。だからお前も無闇に力を使うな」
夏波は喉の奥を絞って、こくりと頷いた。
一見問題が無いように見えても、その裏で何かが起こっている可能性はある。
俯きがちになった夏波を見て、宮藤が何かを察したように目を見張り、そしてすぐに志賀を肘で小突いた。志賀は視線を彷徨わせ、たっぷりと逡巡した後に言葉を投げる。
「勝手する前に声くらいかけろ」
そして彼はさっさと病院の自動ドアを潜り、外へと出ていってしまった。遠ざかっていく志賀の後ろ姿をキョトンと見つめる夏波。
「あの子、悪い人じゃないのよ?」
天邪鬼だけど、と宮藤は茶目っ気たっぷりにウインクをして見せる。
「早く乗れ」と車の横で声を尖らせる志賀に、夏波は小さく笑みを転がしながらも、返事をして駆け寄った。
信じられる。
分からない事は多いけれど、彼なら。彼らなら大丈夫。
話さなければならない事は、まだ沢山あるのだから。
第4章 勿忘を摘む
終
騒ぎを聞き付けて現場に急行した志賀は、既にその場の検証を終えており、男が触ってしまった人物が一命を取り留めている事も確認していた。現場にいた誰もが状況を上手く飲み込めていないところを、必要な情報だけ攫ってきたらしい。
「またそういう事して……」
「説明してる時間が惜しかった」
ジト目で睨む宮藤に、志賀は肩を竦めてみせる。
事の成り行きを見守ることしかできなかった夏波だが、最終的に男を保護対象者として受け入れるという話に怖じ怖じと異論を唱えた。
「大丈夫なんですか?」
無論、志賀と宮藤にしか聞こえない声量で。
何が、と具体的に言葉にはしなかったが、それでも十分彼らには伝わるだろう。
「マル暴の人ってコト、気にしてる?」
歩きながらも、宮藤が夏波の顔をのぞき込むように首を動かした。
「まぁ……それもありますし……」
マル暴――暴力団関係者――である事も勿論、今さっきパニックを起こして暴れたような人物だ。患者のみならず、医者にすら危害が加わる事を夏波は恐れた。しかし
「心配しないで」
宮藤が夏波の肩に手を置く。置きつつ、彼女の目線は志賀に向いた。
「そういえば志賀君、私の……というか、この身体の能力についてはちゃんと説明したの?」
「一応」
「“ちゃんと”では無い訳ね」
ぷくりと頬を膨らませる宮藤を一瞥し、志賀はうんざりと「だから、マジでやめろそれ……」と顔を顰める。が、宮藤は気にする様子を見せない。
「私、宮藤由利の能力は、『行動の強制』よ」
「強制……?」
不穏な響きに、夏波は宮藤の顔を凝視した。
しかし、これまでの志賀の話から、ある程度察する事は可能だ。
「素手で触れた相手に、私が思考した行動を取らせることができるわ。例えば触れた相手に『右手を動かす』って思考しながら触ると、夏波君は右手を上げるまで身体の行動は完全に制限される。その行動を取るまで、他の行動を取ることは叶わない。一種の催眠、洗脳状態になっているのよ」
「触れられる側が特に何も抵抗していなければ、思考ごと乗っ取られ、何の疑問もなくその行動を遂行する。が……強く拒否していれば、思考のみがそこに残る。身体の制御が全く効かない状態でな」
志賀は眉間に刻む皺をより深くして、忌々しげに吐き捨てた。
「宮藤の能力の
「というと……?」
「つまり、この病院にいる患者に『決して手袋を外してはならない』と宮藤が命じれば、手袋を自分自身の意志で外そうとは思わなくなるって事だ」
「私が『手袋を外せ』と反対の命令をして、それを遂行した時点で『してはならない行動』は解除されるわ。ただ、もしも私が反対行動を命じないまま死んだりしたら、一生自発的にその行動を取ることができなくなるかもしれないけれどね」
宮藤をこの病院に呼んだ理由はその点に集約される。危険を排除するために必要な措置として、この病院の患者には『してはならない行動』を彼女に命じさせるのだ。
今回の患者に対しては、『手袋を外さない』。そして『他者に暴力行為を行わない』、『病院から無断で外出しない』と、かなりの制約をかけたらしい。
一概に安全とも言えないが、少なくとも病院側に危害が加わらないようにするために必要なのだと、宮藤は心苦しそうに吐露した。
「もし他の人が病院から連れ出したりしたらどうなるんですか?解除されるとか……?」
「いいえ。その場合は『病院に戻らないと』って強迫観念に支配される事になる。解除できるのは私が反対行動を指示したときだけ」
「……例えばなんですけど、『相手を殺害しろ』みたいな事を命令した場合は……?」
「試したことは無いけれど……、恐らくその程度のぼんやりとしたものなら、『その人を殺さなければならない』という強迫観念に晒されて、実行するまでその感情に取り憑かれることになるんじゃないかしら……?」
志賀が話してくれたかつての宮藤由利の行動からある程度推測はついていたが、やはり人間の意志や思考というものを真っ向から否定するような力なのだろう。
宮藤は悲しげな表情を作って続ける。
「かつての宮藤由利ですら、この力を積極的に使う事はしなかったわ。……いえ、使っていたのかもしれないけど、私たちには認識すらできなかった、と言う方が正しいのかもね」
それがその人間の意志であるのか、宮藤の能力により強制されたものなのかは、角井俊には分からない。
それはつまり――、と夏波が思考を巡らせようとしたタイミングで、一行は病院の入り口に辿り着いた。
それまで不機嫌そうに歩みを進めていた志賀が、立ち止まってジロリと夏波を見やる。
「とにかく、能力の検証には危険が伴う。宮藤の能力についてさえ、俺達は完全に把握しきれていないんだ。だからお前も無闇に力を使うな」
夏波は喉の奥を絞って、こくりと頷いた。
一見問題が無いように見えても、その裏で何かが起こっている可能性はある。
俯きがちになった夏波を見て、宮藤が何かを察したように目を見張り、そしてすぐに志賀を肘で小突いた。志賀は視線を彷徨わせ、たっぷりと逡巡した後に言葉を投げる。
「勝手する前に声くらいかけろ」
そして彼はさっさと病院の自動ドアを潜り、外へと出ていってしまった。遠ざかっていく志賀の後ろ姿をキョトンと見つめる夏波。
「あの子、悪い人じゃないのよ?」
天邪鬼だけど、と宮藤は茶目っ気たっぷりにウインクをして見せる。
「早く乗れ」と車の横で声を尖らせる志賀に、夏波は小さく笑みを転がしながらも、返事をして駆け寄った。
信じられる。
分からない事は多いけれど、彼なら。彼らなら大丈夫。
話さなければならない事は、まだ沢山あるのだから。
第4章 勿忘を摘む
終