2-15 手がかり
文字数 4,002文字
背中をしたたかに打ち付けて、夏波はずるずると壁にもたれ崩れ落ちた。
意識がはっきりとしない。肩で息をすると体が軋むので、浅く、それでいてゆっくりと酸素を取り込んだ。
「殺す気なの?」
「死ねば良いって思ってるだけですよ」
霞む視界は、つまらなそうに椅子に腰掛ける男と、怒りの表情を浮かべた女を捉える。近寄ってきた女が夏波の顔を片手で下から持ち上げ、頬を軽く潰した。
「もっかい訊きますねー。君は超能力を使って、どんな悪いことしたんですか?人燃やしたの?人消したの?」
「そんなこと、……してな」
言葉の途中で力一杯頬を打たれ、身体ごとぐらつく。懲りないねえ、という奥の男のぼやきが聞こえたが、夏波に反応する余裕などない。
「どうせやってんだろうが!訳の分かんない力使って!好き放題やって!お前ら化け物が皆殺したんだろうが!」
ヒステリックに喚き散らし、女は夏波の身体を何度も踏みつけた。
朦朧とする意識の中、思い返されるのは平々凡々と生きてきた過去の記憶だ。あぁ、これが走馬灯なのかと、どこか浮ついた思考回路がぼやいている。
蹴るのに疲れたのか、不意に女は足を止めた。しかし叫び声は止まない。喉を引き潰しているのではと思う程の絶叫だった。最早日本語には聞こえないその言葉は、呪詛のような響きを伴って室内にこだまする。
「君はさ」
ふと、奥の男が声を上げた。瞑っていた目を薄っすらと開け、夏波は横たわりながら彼を見上げる。
「警察なんだよね?」
どうせわかりきっている事だ。うっすらと首を縦に動かす。
「シロガネチカって知ってる?」
名前だろうか。しかし聞いたことはない。
掠れた声で返事をしたところで女の叫びに掻き消されるのが目に見え、夏波は小さく首を横に振った。
「んー、……じゃぁ、そうだな。カドイシュンは?」
もう一度首を横に振る。
「シガタイヨウ」
そこで思わず息が止まった。この質問がどんな意図を持つのか分からず、夏波は反応に躊躇する。
男は合点がいった様に頷くと、
「なるほどね。まぁ、宮藤由利はどうせ知ってるだろうから、とりあえず良いか」
そう呟いて、立ち上がった。
「殺しちゃおっか、コイツ」
途端、それまで呪詛を巻き散らしていた女がピタリと鳴き止み、男を振り返った。
「……何?どういう心境の変化ですか?キモ」
「キモって何」
ガタガタとパイプ椅子を畳みながら、男はへらりと口元を緩ませる。夏波はそこで初めて男の容姿に気が向いた。二十歳に届くか届かないかといった青年だ。ともすれば、夏波よりも若く見える。無感情な声のトーンとは裏腹に、爛々としたその瞳は少なくない恐怖を夏波に与えた。
「殺せばスッキリしそうなんだよね。それに、さっきそいつがヒント言っちゃったから、あんまりここに長居したくないし」
「はぁ……?ヒント?」
黒尽くめの女は首を傾げる。男が夏波に近付いてしゃがみ込むと、にこりと優しげな笑みを浮かべてみせた。
「コイツ、さっきネコって言ったじゃん」
「ネコの世話しろって、お友達に泣きついてたアレ?」
「あれ、お仲間に向けた合図。コイツは多分ネコ飼ってないし、どうやって分かったのかは知らないけど、この廃工場の事を知らせてる。ここ、元々ミケネコ配達便の荷物倉庫だから」
「……は?」
バレた。が、その瞬間も痛みに耐えていたせいで、表情が変わらなかった事だけが幸いだった。男はじぃっと夏波を見つめ、不思議の国を闊歩するどこぞの猫のような笑みを浮かべる。
「んー、反応無し?まぁ、単なる偶然で、ホントにネコの世話頼みたかっただけかもしれないけど」
心が読めたらなぁ。と、男は不満げだが、それ以上に不満そうにしているのは女の方だ。
「何でそれ、さっき動画撮った時に言わないんですか?!」
「だって、それ言った瞬間ブチ殺しちゃいそうだったじゃん。私はあの時はまだ聞きたいことがあったんだよ」
両手でうるさそうに耳を塞ぎながら、男は夏波に背を向ける。
「どこ行くんですか!」
「うるさいなぁ。袋取ってくんのよ。そのまま沈めても浮いてきちゃうっしょ」
「……沈めて殺すってこと?」
「どっちでもいいよ。死んだら沈めるし、死ななかったら沈めて殺すし」
まるでこれから行う事を、行きがけの駄賃のような軽さで話す二人に、夏波は絶句する。
人を殺すという感覚ではないのだろう。それは害虫を駆除するとか、うるさいネズミを踏みつけるとか、そういう次元の会話なのだ。
夏波は浅く呼吸を繰り返しながら、思う。
――死にたくない
けれど、その術が分からない。
たとえミツキが彼らの言うように行動したとしても、彼らが自分を生かして返す事など無い。
卑怯だとすら思えなかった。確かに合理的なのだ。どうせ犯罪を犯しているのなら、わざわざ彼らの情報を持った人間を返すより、口を封じてしまった方が早い。
ミツキが警察に連絡を取ることを願って合図を送ったが、まさかこうも容易く読み取られるとは思わなかった。いや、甘かったのだ。相手を挑発する事にしか繋がらなかった。
――何も上手くいかない
これだけ悩んで、これだけ苦しんで、これだけ生きづらいと思い続けて、それでも何とか生きていてもこれだ。何も上手く行かない。何も救えていない。誰の助けにもなれない。上手くなんて、全然生きられない。
こんな人生終わってしまえと、思ったことが無いわけではない。死んだって別にいいやと、潰されそうになった事だって何度もある。
なのにどうして諦めきれないのだろう。
どうして生きたいと願ってしまうのだろう。
襲い来る激痛。苦しいと身体が悲鳴を上げている。それでも夏波は歯を食い縛って、身を固くした。
ここで一度でも意識を手放せば、きっともう目を覚ますことなんてできないから。
ただ必死に耐え忍んだ。
*
手足が縛られ、目隠しもされた状態の夏波が情報を得られるとすれば、何かしらの記憶を読み取った以外には考えられない。
そうして伝えてきたのが、ネコという単語。
志賀の脳裏に浮かぶ光景と、ミツキから送られてきた映像を加味して、恐らく夏波は自分の居場所がかつて有名な配達業者が使用していた場所であると知らせてきたのだと分かった。
そこまでは良い。問題はその場所だ。
夏波が拉致されたのが仙台であっても、誘拐犯が大人しく仙台近郊にいる道理はない。人一人を攫う時に車がないとは思えず、車があるのなら遠くまで逃げ去った方が安全だろう。
目撃証言も無く、車種やナンバーが知れない以上、高速道路等の監視カメラで探す事も難しい。
夏波が攫われたのが昨日の夜だとすると、どこまで距離を稼がれたか分かったものではない。
『緊急配備の司令は出たが、……大きく動けば犯人を挑発しかねないんじゃないか?』
電話口の剣は、志賀の話を一通り聞き終わった後、不安そうにそう言った。志賀は苦々しく眉間にしわを寄せて吐き捨てる。
「あんな俺らには分かりにくい癖に犯人にとっちゃ分かりやすいヒント、アイツ自ら挑発してるようなモンだろ」
『けど、その映像をそのまま送ってきたって事は、犯人も気付いてない、とか』
「計画性の無さ的に有り得るが、だとしてもいつ気付かれるか分かったもんじゃない」
それに場所を移す前提なら、気付いていたとて映像をいじる必要もない。
志賀の仮定に剣は言葉を飲んだ。
「だがミケネコの廃倉庫なんてそう数があるわけでもない。人員回せば尻尾くらいは掴めるはずだ」
『そうだな。各所のハコに連絡回す。……お前、今どこだ』
「仙台港側の一つに向かってる」
『了解。俺たちも向かう』
ブツ、と向こうからの通話が途切れる。
元から海へと車を走らせていたこともあって、通話を終えてから僅か数分程で目的の場所へと辿り着いた。
仙台港直前にある網目状の道へ入り、志賀は地図の示す工場の手前に車を停車させる。車で突っ込んだところで、夏波を盾にされては意味がない。
全速で敷地内に滑り込み、内部をぐるりと見て回る。
――違う
そう都合良く見つけられるとは思っていなかったが、やはり志賀の見た光景にある場所ではない。
だが、遠くはないはずなのだ。不気味な程鮮明に映る夏波の死は、時折視覚だけではなく聴覚と嗅覚にさえ訴えかけてくる時がある。
その中に微かな潮の匂いが混じっている――ような。確証は持てないのが厄介なところだ。
――けど、海沿いの廃倉庫はここくらいしか
もう一度見渡す。鼻を微かな潮の匂いがかすめ、志賀は諦めきれずに倉庫内へと立ち入った。
内部の構造、景色、床の色も含めてやはり微妙に記憶とは異なる。端末を確認しても、この辺りで使われていない倉庫はここ一つだけで、他は全て持ち主がいるはずだ。
奥歯を強く噛み締め、志賀はその場で踵を返す事しかできない。だが、その足はふと止まる。ポケットの中に入れていた端末が震えたのだ。画面には見覚えのない番号が表示されており、志賀は車まで駆け戻りながら着信を拒否した。しかし、即座に同じ番号からかかってきて、志賀は致し方なく通話に出る。
「誰だ」
『アンタ!今仙台港か!?』
通話口から流れるのは、耳を劈くほどの大声。耳に当てていた端末を咄嗟に離し、志賀は顔をしかめた。
「大声出すな。お前誰だ」
『そこ、敷地の奥に第二倉庫がある!早く向かえ!』
「奥?だが地図は」
『地図上だと別の会社の所有になってるから出ねぇ!良いから早く行け!!』
あまりの剣幕に気圧されて、通話を繋いだまま倉庫の外へ出た。
確かに奥にも似たような倉庫が背を向けて聳えている。
ぐるりと道を回り込めば反対側から入ることもできそうだが、志賀は敷地を仕切る真新しい白いフェンスに掴みかかるなり、よじ登った。反対側に飛び降り、そして倉庫の入り口に回り込むようにして駆ける。
『早く……!』
逼迫した三科祭の声が、通話口からは流れ出ていた。
意識がはっきりとしない。肩で息をすると体が軋むので、浅く、それでいてゆっくりと酸素を取り込んだ。
「殺す気なの?」
「死ねば良いって思ってるだけですよ」
霞む視界は、つまらなそうに椅子に腰掛ける男と、怒りの表情を浮かべた女を捉える。近寄ってきた女が夏波の顔を片手で下から持ち上げ、頬を軽く潰した。
「もっかい訊きますねー。君は超能力を使って、どんな悪いことしたんですか?人燃やしたの?人消したの?」
「そんなこと、……してな」
言葉の途中で力一杯頬を打たれ、身体ごとぐらつく。懲りないねえ、という奥の男のぼやきが聞こえたが、夏波に反応する余裕などない。
「どうせやってんだろうが!訳の分かんない力使って!好き放題やって!お前ら化け物が皆殺したんだろうが!」
ヒステリックに喚き散らし、女は夏波の身体を何度も踏みつけた。
朦朧とする意識の中、思い返されるのは平々凡々と生きてきた過去の記憶だ。あぁ、これが走馬灯なのかと、どこか浮ついた思考回路がぼやいている。
蹴るのに疲れたのか、不意に女は足を止めた。しかし叫び声は止まない。喉を引き潰しているのではと思う程の絶叫だった。最早日本語には聞こえないその言葉は、呪詛のような響きを伴って室内にこだまする。
「君はさ」
ふと、奥の男が声を上げた。瞑っていた目を薄っすらと開け、夏波は横たわりながら彼を見上げる。
「警察なんだよね?」
どうせわかりきっている事だ。うっすらと首を縦に動かす。
「シロガネチカって知ってる?」
名前だろうか。しかし聞いたことはない。
掠れた声で返事をしたところで女の叫びに掻き消されるのが目に見え、夏波は小さく首を横に振った。
「んー、……じゃぁ、そうだな。カドイシュンは?」
もう一度首を横に振る。
「シガタイヨウ」
そこで思わず息が止まった。この質問がどんな意図を持つのか分からず、夏波は反応に躊躇する。
男は合点がいった様に頷くと、
「なるほどね。まぁ、宮藤由利はどうせ知ってるだろうから、とりあえず良いか」
そう呟いて、立ち上がった。
「殺しちゃおっか、コイツ」
途端、それまで呪詛を巻き散らしていた女がピタリと鳴き止み、男を振り返った。
「……何?どういう心境の変化ですか?キモ」
「キモって何」
ガタガタとパイプ椅子を畳みながら、男はへらりと口元を緩ませる。夏波はそこで初めて男の容姿に気が向いた。二十歳に届くか届かないかといった青年だ。ともすれば、夏波よりも若く見える。無感情な声のトーンとは裏腹に、爛々としたその瞳は少なくない恐怖を夏波に与えた。
「殺せばスッキリしそうなんだよね。それに、さっきそいつがヒント言っちゃったから、あんまりここに長居したくないし」
「はぁ……?ヒント?」
黒尽くめの女は首を傾げる。男が夏波に近付いてしゃがみ込むと、にこりと優しげな笑みを浮かべてみせた。
「コイツ、さっきネコって言ったじゃん」
「ネコの世話しろって、お友達に泣きついてたアレ?」
「あれ、お仲間に向けた合図。コイツは多分ネコ飼ってないし、どうやって分かったのかは知らないけど、この廃工場の事を知らせてる。ここ、元々ミケネコ配達便の荷物倉庫だから」
「……は?」
バレた。が、その瞬間も痛みに耐えていたせいで、表情が変わらなかった事だけが幸いだった。男はじぃっと夏波を見つめ、不思議の国を闊歩するどこぞの猫のような笑みを浮かべる。
「んー、反応無し?まぁ、単なる偶然で、ホントにネコの世話頼みたかっただけかもしれないけど」
心が読めたらなぁ。と、男は不満げだが、それ以上に不満そうにしているのは女の方だ。
「何でそれ、さっき動画撮った時に言わないんですか?!」
「だって、それ言った瞬間ブチ殺しちゃいそうだったじゃん。私はあの時はまだ聞きたいことがあったんだよ」
両手でうるさそうに耳を塞ぎながら、男は夏波に背を向ける。
「どこ行くんですか!」
「うるさいなぁ。袋取ってくんのよ。そのまま沈めても浮いてきちゃうっしょ」
「……沈めて殺すってこと?」
「どっちでもいいよ。死んだら沈めるし、死ななかったら沈めて殺すし」
まるでこれから行う事を、行きがけの駄賃のような軽さで話す二人に、夏波は絶句する。
人を殺すという感覚ではないのだろう。それは害虫を駆除するとか、うるさいネズミを踏みつけるとか、そういう次元の会話なのだ。
夏波は浅く呼吸を繰り返しながら、思う。
――死にたくない
けれど、その術が分からない。
たとえミツキが彼らの言うように行動したとしても、彼らが自分を生かして返す事など無い。
卑怯だとすら思えなかった。確かに合理的なのだ。どうせ犯罪を犯しているのなら、わざわざ彼らの情報を持った人間を返すより、口を封じてしまった方が早い。
ミツキが警察に連絡を取ることを願って合図を送ったが、まさかこうも容易く読み取られるとは思わなかった。いや、甘かったのだ。相手を挑発する事にしか繋がらなかった。
――何も上手くいかない
これだけ悩んで、これだけ苦しんで、これだけ生きづらいと思い続けて、それでも何とか生きていてもこれだ。何も上手く行かない。何も救えていない。誰の助けにもなれない。上手くなんて、全然生きられない。
こんな人生終わってしまえと、思ったことが無いわけではない。死んだって別にいいやと、潰されそうになった事だって何度もある。
なのにどうして諦めきれないのだろう。
どうして生きたいと願ってしまうのだろう。
襲い来る激痛。苦しいと身体が悲鳴を上げている。それでも夏波は歯を食い縛って、身を固くした。
ここで一度でも意識を手放せば、きっともう目を覚ますことなんてできないから。
ただ必死に耐え忍んだ。
*
手足が縛られ、目隠しもされた状態の夏波が情報を得られるとすれば、何かしらの記憶を読み取った以外には考えられない。
そうして伝えてきたのが、ネコという単語。
志賀の脳裏に浮かぶ光景と、ミツキから送られてきた映像を加味して、恐らく夏波は自分の居場所がかつて有名な配達業者が使用していた場所であると知らせてきたのだと分かった。
そこまでは良い。問題はその場所だ。
夏波が拉致されたのが仙台であっても、誘拐犯が大人しく仙台近郊にいる道理はない。人一人を攫う時に車がないとは思えず、車があるのなら遠くまで逃げ去った方が安全だろう。
目撃証言も無く、車種やナンバーが知れない以上、高速道路等の監視カメラで探す事も難しい。
夏波が攫われたのが昨日の夜だとすると、どこまで距離を稼がれたか分かったものではない。
『緊急配備の司令は出たが、……大きく動けば犯人を挑発しかねないんじゃないか?』
電話口の剣は、志賀の話を一通り聞き終わった後、不安そうにそう言った。志賀は苦々しく眉間にしわを寄せて吐き捨てる。
「あんな俺らには分かりにくい癖に犯人にとっちゃ分かりやすいヒント、アイツ自ら挑発してるようなモンだろ」
『けど、その映像をそのまま送ってきたって事は、犯人も気付いてない、とか』
「計画性の無さ的に有り得るが、だとしてもいつ気付かれるか分かったもんじゃない」
それに場所を移す前提なら、気付いていたとて映像をいじる必要もない。
志賀の仮定に剣は言葉を飲んだ。
「だがミケネコの廃倉庫なんてそう数があるわけでもない。人員回せば尻尾くらいは掴めるはずだ」
『そうだな。各所のハコに連絡回す。……お前、今どこだ』
「仙台港側の一つに向かってる」
『了解。俺たちも向かう』
ブツ、と向こうからの通話が途切れる。
元から海へと車を走らせていたこともあって、通話を終えてから僅か数分程で目的の場所へと辿り着いた。
仙台港直前にある網目状の道へ入り、志賀は地図の示す工場の手前に車を停車させる。車で突っ込んだところで、夏波を盾にされては意味がない。
全速で敷地内に滑り込み、内部をぐるりと見て回る。
――違う
そう都合良く見つけられるとは思っていなかったが、やはり志賀の見た光景にある場所ではない。
だが、遠くはないはずなのだ。不気味な程鮮明に映る夏波の死は、時折視覚だけではなく聴覚と嗅覚にさえ訴えかけてくる時がある。
その中に微かな潮の匂いが混じっている――ような。確証は持てないのが厄介なところだ。
――けど、海沿いの廃倉庫はここくらいしか
もう一度見渡す。鼻を微かな潮の匂いがかすめ、志賀は諦めきれずに倉庫内へと立ち入った。
内部の構造、景色、床の色も含めてやはり微妙に記憶とは異なる。端末を確認しても、この辺りで使われていない倉庫はここ一つだけで、他は全て持ち主がいるはずだ。
奥歯を強く噛み締め、志賀はその場で踵を返す事しかできない。だが、その足はふと止まる。ポケットの中に入れていた端末が震えたのだ。画面には見覚えのない番号が表示されており、志賀は車まで駆け戻りながら着信を拒否した。しかし、即座に同じ番号からかかってきて、志賀は致し方なく通話に出る。
「誰だ」
『アンタ!今仙台港か!?』
通話口から流れるのは、耳を劈くほどの大声。耳に当てていた端末を咄嗟に離し、志賀は顔をしかめた。
「大声出すな。お前誰だ」
『そこ、敷地の奥に第二倉庫がある!早く向かえ!』
「奥?だが地図は」
『地図上だと別の会社の所有になってるから出ねぇ!良いから早く行け!!』
あまりの剣幕に気圧されて、通話を繋いだまま倉庫の外へ出た。
確かに奥にも似たような倉庫が背を向けて聳えている。
ぐるりと道を回り込めば反対側から入ることもできそうだが、志賀は敷地を仕切る真新しい白いフェンスに掴みかかるなり、よじ登った。反対側に飛び降り、そして倉庫の入り口に回り込むようにして駆ける。
『早く……!』
逼迫した三科祭の声が、通話口からは流れ出ていた。