5章―2

文字数 3,361文字

 ノレインは、手品が趣味である。ユーリットに紹介した小説の登場人物が手品の名手であり、その彼に憧れて練習するようになった。初めは上手く出来なかったが、練習すればするほど形になり、『家族』も喜んでくれる。
 以前は新しい手品を頻繁に開発していたが、最近は忙しく、開発どころか練習する暇さえなかった。

「(久し振りで、いきなり出来るかどうか……)」

 成功への不安と、待ち侘びる観客を前に手が震える。しかし口元に笑みを湛えた瞬間、調子が切り替わった。

「ではこれより、幸せになる手品をご覧いただきましょう!」

 両手を開き、何もないことを示す。その両手を交差させて何かを掴む仕草を見せ、右手をゆっくり前に出した。


――バチン!


 指を勢い良く鳴らした数秒後、握ったままの左手からおびただしい量の毛が溢れる。ウェルダとソラはすかさず、歓声を上げた。

「ふぅ、上手くいったな……」

 大量の毛を袋に掻き集めながら、ノレインは安堵する。メイラ達も床掃除を手伝ってくれたが、アビニアは何故か訝しげに毛を指差した。

「前から思ってたんだけど……なんで、毛なの?」

 ノレインは「うっ」と呻く。元は薄い頭に毛を増やす手品になるはずだった、とは言えなかった。

「まぁそんなこといいじゃない。さぁ、今度は皆の話を聞く番よ!」

 メイラがタイミング良くアビニアの背中を叩き、ノレインは再び安堵した。
 壁際の椅子を円状に並べ、それぞれ座る。ノレインが座った直後、早く言いたくてうずうずしていたのか、ソラが身を乗り出した。

「わたしはねー、何にもしてないかな♪」

 全員がずっこける。ソラの[潜在能力]は[感情操作]。目が合った相手の感情を操るものだ。彼女はノレインより十歳年下の八歳。『家』に来た当時は五歳であり、制御が不安定なのは当然か。

「わ、私はまだ完全じゃないけど、冷たくなるように意識しているよ」

 ウェルダは気を取り直して発言する。彼女の[潜在能力]は[発熱反応]。手を介して加熱出来るが、自身も火傷する危険性がある。反対のイメージを持つことで抑制しているのだろう。

「僕もウェルダと似てるかな。目が合っても『絶対見えない』って自分に言い聞かせてるよ」

 アビニアも納得するように頷く。彼の[潜在能力]は[未来透視]。目が合った相手の未来が見えるものだ。ノレインが『変態』達に襲われる前に予言してくれることもあるが、彼はどうやら制御出来ているようだ。
 ウェルダは十歳、アビニアは十一歳。訓練次第で早期習得も可能かもしれない。

「ねぇ、メイラは?」

 大人しく聞いていたソラは、メイラに話を振る。彼女は待ってましたと言わんばかりに腕捲りした。

「ひたすら修行、これに限るわね。でも完全に抑えてる訳じゃなくて、変態を一撃で倒せる力は残してるわ!」

 ヒビロが吹っ飛ばされた二日前の光景を思い出す。メイラの[潜在能力]は、身体能力を一時的に上げる[運動力増強]。あれは最大限の威力だと思っていたが、もしかすると、相当手加減している方なのか。
 もしメイラが[潜在能力]を抑えなかったとしたら。ノレインは思わず身震いした。

「どう? 参考になりそう?」

 メイラに訊ねられ、ノレインは我に返る。彼女の実践方法はゼクスと似たようなものだ。またアビニアとウェルダの方法は、ユーリットのように自己暗示をかけるもの。どちらの方法も、自分に合っているとは言い難いのだが。

「うーん……やっぱり、発動しないように言い聞かせるのがいいのか?」

 ノレインは顎を摩りながら呻る。すると、アビニアが急に目を覗きこんできた。

「コントロールできたかどうか、未来を見てあげようか?」
「ッ! そ、それは止めてくれ!」
「え、なんで?」

 反射的に返答してしまったが、理由を思いつかず戸惑う。ノレインは思考整理するようにゆっくり言葉に出した。

「えっと……こういうのは自分で、答えを出すものだと思う。それに、もし未来で失敗してたら怖いからな」

 恥ずかしい理由だったか、と後悔したが、アビニアはこちらをからかうことなく笑って頷いた。

「分かった。でも本当に困ったら、いつでも未来を見てあげるからね」
「アビ……」

 ノレインは不覚にも泣きそうになる。普段のアビニアはひねくれた性格であり、素直に心配してくれたことが嬉しかったのだ。ソラとウェルダもこちらの様子に気づき、囃し立てた。

「あっ、ルインったら泣き虫ー!」
「こんなんじゃ卒業しても、まわりにバカにされちゃうよ?」
「うッ、うるさい!」

 照れ混じりで逆上するが、二人は「でも」と一呼吸置いた。

「さみしくなったらもどってきてね。元気の出る曲、ひいてあげるから♪」
「バカにされたらいつでも言ってよ。そいつらをまとめて仕返しするから」

 ノレインは堪えきれず、遂に泣き出した。メイラに背中を摩られ、涙は止まらない。アビニア、ウェルダ、ソラの三人は顔を見合わせ、同時に口を開いた。


「僕が」
「わたしが」
「私が」
「いつでもついてるんだから、安心してよね?」


 ノレインは泣き崩れながら、笑顔で何度も頷いた。すると、アビニアは思い出したよにつけ加えた。

「あっ。そういえばさっきのぞいた時、見えちゃったんだけど……」
「何だって⁉ 頼む。言わないでくれッ!」
「違う違う、そっちじゃないよ!」

[潜在能力]の話ではないのか。と聞き返す間もなく、アビニアは真剣な様子でノレインに忠告した。

「たぶん今日明日のことだと思うんだけど、背後に気をつけた方がいいよ」

 ノレインはメイラと顔を見合わせる。思い浮かぶのは今朝の出来事。『何』に注意すればいい、と聞くまでもなく、ノレインは即座に頷くのだった。


――
 アビニア達と別れた後、二人は森まで足を延ばしていた。
 メイラは木々に紛れる野鳥を見つける度に足を止め、カメラを向ける。対象と相対する彼女は、いつものお転婆な少女ではなかった。真摯に撮り続ける姿は美しい。彼女の横顔を見ながら、ノレインは思う。

 シャッターを切る音が聞こえ、メイラはカメラを下ろした。すぐに満面の笑みに戻り、ノレインの腕を取った。

「さ、行きましょ!」

 メイラは自分を、どこかに連れて行きたいらしい。だが行先を訊ねても笑って誤魔化される。ノレインは詮索を止めたが、次第に不安を募らせてゆく。

「(まずいな、もうすぐ秘密基地を通るぞ)」

 この道を真っ直ぐ進むと、秘密基地のすぐ横を通ることになる。メイラは秘密基地の正確な場所を知らない。もしこの近くに『変態』が潜んでいたとしたら、アビニアの予言通りになりかねない。
 二人は秘密基地の横を通り過ぎる。その時、視界の隅で葉が僅かに揺れた。

 メイラは急に身を翻し、回し蹴りを繰り出した。ノレインはその場に立ち尽くし、恐る恐る視線を背後に向ける。そこには、メイラの攻撃を腕で受け止めたヒビロがいた。

「あーぁ、上手くいくと思ったのによ」
「黙りなさい」

 メイラは脚を下ろし、低い声で威嚇する。ヒビロは彼女の殺気に臆することなく、へらへらと笑った。

「まぁ今日でなくてもチャンスはあるが、今ここで、本物の夢を見せてもいいんだぜ?」

 ヒビロはメイラの目を捉えようと少し屈む。メイラは短く息を飲み、再度脚で薙ぎ払った。

「冗談じゃないわ、さっさと失せなさい!」

 メイラの叫びが木霊する。攻撃をかわしたヒビロはこれ以上近寄ることなく、ノレインに手を振り、道を引き返してゆく。仇敵の姿が見えなくなるまで、メイラはこちらを振り返らなかった。

「メイラ、……すまない」
「なんでルインが謝るのよ。あいつのせいなんだから、気にしなくていいわ」

 振り返ったメイラの顔は、真っ白だった。必死に笑顔を取り繕っているが、明らかに、怯えている。

 メイラは以前、ヒビロに[催眠術]をかけられたことがあった。今日と同じようにヒビロが乱入し、激闘の末、彼は強引にメイラの両目を捉えたのだ。
 当時も確か、この近辺だったように思う。ノレインの記憶が正しければ、この後秘密基地に連れこまれたはずだ。

「さっ、行きましょ! もたもたしてたら間に合わなくなるわ!」

 メイラはノレインの腕を乱暴に掴み、早足で出発した。
 手を介して彼女の恐怖が伝わってくる。気にするな、と言われても、後ろめたい気持ちはどうしても振り払えなかった。


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登場人物紹介

【ノレイン・バックランド】

 男、18歳。SB第1期生。

 焦げ茶色の癖っ毛。喜怒哀楽が激しくおっちょこちょい。

 髪が薄いことを気にしている。

 趣味は手品と文章を書くこと。愛称は『ルイン』。

 [潜在能力]は『他の生物の[潜在能力]を目覚めさせる』こと。

【メイラ・グロウ】

 女、15歳。SB第3期生。

 カールがかかったオレンジ色の髪をポニーテールにしている。

 お転婆で気が強い。ノレインに好意を寄せている。怒ると多彩な格闘技を繰り出す。

 趣味は写真撮影。口癖は「まぁ何とかなるでしょ」。

 [潜在能力]は『一時的に運動能力を高める』こと。

【ヒビロ・ファインディ】

 男、18歳。SB第1期生。

 赤茶色の肩までの短髪。前髪は中央で分けている。

 飄々とした掴み所のない性格。長身で、同性も見惚れる端正な顔立ち。

 同性が好きな『変態』。ノレインを巡り、メイラと激闘を繰り返してきた。

 [潜在能力]は『相手に催眠術をかける』こと。

【ユーリット・フィリア】

 男、17歳。SB第2期生。

 肩より短い水色の短髪。重力に逆らうアホ毛が印象的。

 内気な性格。背が低い上童顔なので、実年齢より若く見られることが多い。

 ノレインの親友。愛称は『ユーリ』。

 [潜在能力]は『五感が優れており、[第六感]も持つ』こと。

【リベラ・ナイトレイン】

 女、15歳。SB第3期生。

 毛先に癖がある黒い長髪。右の口元のほくろが印象的。

 おっとりとした性格。元々体が弱く、病気がちである。

 メイラの親友。趣味は人の恋愛話を聞くこと。

 [潜在能力]は『相手の体調・感情が分かる』こと。

【ニティア・ブラックウィンド】

 男、18歳。SB第1期生。

 白いストレートの短髪。白黒のマフラーを常に身に着けている。

 極端な無口で、ほとんど喋らないが行動に可愛げがある。

 筋肉質で、体はかなり鍛えられている。趣味は釣り。

 [潜在能力]は『風を操る』こと。

【ソルーノ・ウェイビア】

 男、13歳。SB第4期生。

 紫色の肩までの癖っ毛を、後ろで一つにまとめている。瞳は黒。

 服装は真っ白だが心は真っ黒。きまぐれな性格で精神年齢は永遠の10歳。

 ヒビロに続く『変態』。趣味はお菓子作り。

 [潜在能力]は『相手に幻覚を見せる』こと。

【アビニア・パール】

 男、11歳。SB第5期生。

 黒い短髪で声が高く、女子に間違えられる。

 ひねくれた性格の毒舌家だが、お人好しの一面を持つ。

 幼少期の影響で常に女装をしている。ソラとは犬猿の仲。愛称は『アビ』。

 [潜在能力]は『相手の未来が見える』こと。

【ウェルダ・シアコール】

 女、10歳。SB第6期生。

 赤みがかった肩までの黒髪。瞳は茶色。

 曲がったことは嫌いな性格。ソラの親友。

 ソラとアビニアに振り回されたせいか、しっかり者になった。

 [潜在能力]は『手を介して加熱出来る』こと。

【ソラ・リバリィ】

 女、8歳。SB第7期生。

 天真爛漫な性格。空色の長髪を一筋、両耳元で結んでいる。

 特技はアコーディオンの演奏。

 音楽の才能は素晴しいが、それ以外はポンコツ。アビニアとは犬猿の仲。

 [潜在能力]は『相手の感情を操る』こと。

【トルマ・ビルメット】

 男、23歳。SBの助手で、家事担当。

 クリーム色の長髪を後ろで緩くまとめている。瞳は琥珀色。

 見た目は妖艶な美女。普段は穏やかで優しいが、ややサディスティック。

 趣味は園芸で、バラが好み。

 [潜在能力]は『相手の考えていることが分かる』こと。

【ゼクス・ランビア】

 男、25歳。SBの助手で、技師担当。

 銀髪を短く刈りこんでいる。

 手先も性格も不器用。トルマによくからかわれている。沸点はかなり低め。

 [潜在能力]は『手で触れずに物を動かせる』こと。

【レント・ヴィンス】

 男、年齢不詳(見た目は30代)。SBを開設した考古学者。

 癖のついた紺色の短髪。丸い眼鏡を身に着けている。服装はだらしない。

 常に笑顔で慈悲深い。片づけが苦手で部屋は散らかっている。

 [潜在能力]は『相手の[潜在能力]を一時的に使える』こと、『目を介する[潜在能力]を無効化する』こと。

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