3章―2
文字数 3,392文字
ガーデンは複数の花壇によって区画分けされ、どの花壇でも、色とりどりの花が気持ち良く咲き乱れていた。季節はまだ春とは言えないが、この空間は季節を先取っている。華やかな景色を眺めているだけで、不思議と心が安らぐような気がした。
だが、ガーデンの施工主は他でもないゼクスである。彼はガーデンだけでなく『家』全体も手がけているが、秘密基地のような重大な欠陥はない。ノレインはこの事実を度々思い出し、その度に驚愕するのだった。
ガーデンを見渡していたゼクスは、ある一点を指差す。奥にあるバラの花壇の前で、トルマが誰かと談笑していた。一緒にいるのは黒髪の少女と、白黒マフラーを巻いた灰色の髪の青年。ノレインは駆け寄りながら、二人に声をかけた。
「リベラとニティアじゃないか! 何でここにいるんだ?」
「ニティアが花見をしたいって言うから。ね?」
リベラはニティアを見上げ、微笑む。極端な無口であるニティアは表情を変えずに、黙って頷いた。
トルマはクリーム色の長い前髪を耳にかけ、上品に微笑んだ。
「やあ。ルインもお花見かな?」
「いや、私は……」
「[潜在能力]のコントロール方法を聞きたいんだとよ。……ていうかくっつくんじゃねえよ!」
ゼクスはトルマに体を寄せられ、照れたように憤る。それでもなお離れようとしないトルマは、ノレイン達に向けて提案した。
「じゃあせっかくだから、ここでお茶でも飲みながら皆でお喋りしない?」
ノレインはリベラと顔を見合わせ、二人同時にニティアを見る。ニティアは無表情に見えたが、心なしか目が輝いていた。
「うん。ニティアも賛成だって」
「決まりだね。ゼクス、皆の分の椅子とお茶、持ってきて」
「何で俺なんだよ!」
ゼクスは憤慨しながら、動こうとしないトルマを無理やり引っ張ってゆく。新婚夫婦のようなやり取りをする彼らに堪えきれず、ノレイン達は揃って吹き出した。
ゼクスが用意したガーデンテーブルを囲み、椅子に腰かける。トルマはティーポットと人数分のカップをトレイに載せ、戻ってきた。壊されたら困るから、と、結局自分で用意したらしい。
彼は慣れた手つきでハーブティーを注ぐ。湯気と共に華やかなバラの香りが漂った。
「さ、あったかいうちに飲んで」
トルマに勧められ、ノレインはハーブティーをゆっくり啜る。芳醇なバラの味わいにガーデンの花の香りが混ざり、この上なく心地良い。じんわりとした熱が喉を伝い、無意識に息をついた。
「トルマさん、すごく美味しい」
「ふふっ。ありがとう」
リベラが感想を口にすると、トルマは優雅に微笑んだ。彼が振舞うハーブティーは絶品である。人前で他人を褒めたがらないゼクスでさえ、「悔しいが美味い」と言いたげな表情で黙々と飲んでいた。
ノレインはふと隣に目を向け唖然とする。ハーブティーはまだ熱湯のはずだが、ニティアは喉を鳴らして一気に飲み干していた。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。[潜在能力]のコントロール方法が知りたいんだっけ?」
トルマはこちらに目を向ける。しかしノレインが頷く前に、彼は目尻を下げた。
「でも僕の場合、自然にできてたからね。うまく説明できないなあ」
先程の授業でレントは、[潜在能力]は基本三系統に分類出来ると説明した。自身の能力を上げるもの、目を合わせた他者に影響するもの、自然のエネルギーを利用するもの。
トルマの[潜在能力]は、目が合った相手の心を読む[読心術]。この三系統のうち二番目に当たるが、これは他の系統よりも容易に制御出来るという。それもそうだ、とノレインは思う。極端な話、どちらかが相手の目を見なければ良いのだから。
「ルイン、私もそうだよ」
「そうなのか……じゃあ、方法は分からないのか?」
「うん、正直よく分かってないかな。子供の頃は目が合うと無意識に頭の中に入ってきたけど、いつの間にか直ってたんだよね」
リベラの[潜在能力]は、目が合った相手の感情、体調が分かる[感情透視]。読み取る情報は漠然とした雰囲気であり、気に障りにくいものだ。
「そうそう、びっくりするくらい勝手に読まなくなったよね。何でだろう?」
「うーん……」
トルマとリベラは全く同じ体勢で首を傾げる。その様子を一瞥したゼクスは、ぶっきらぼうに言い放った。
「お前ら二人共、そんなに他人に興味持ってねえだけだろ」
彼としてはからかったつもりなのだろうが、二人は面食らった様子で「それか!」と叫んだ。ゼクスは飲みかけの茶を噴き出し、ノレインは椅子から引っくり返った。
「ルイン、理由が分かったよ。能力をコントロールしてるんじゃなくて、『今は使う必要がない』から発動してないだけかも!」
リベラに助け起こされ、ノレインは困惑する。じゃあどうやって発動してるんだ、と言い返す前に、彼女は回答した。
「私は、相手の気持ちを知りたい時にこの力を使ってる。だからルインも、相手の[潜在能力]を開花させたいって思った時は自然とできるはずだよ。それ以外の時は普段通りでいいんじゃないかな?」
ノレインは「なるほど」と唸りながら、倒れた椅子を立て直した。[潜在能力]を抑えこむのではなく、使いたい時に使う。その考えは思いつかず、目から鱗が落ちる気分だった。
しかし、ノレインの[潜在能力]はリベラやトルマと異なり、相手の目を介さない。それに、以前トルマ達の[潜在能力]を開花させてしまったのは自分の意志ではなく、完全な事故だ。二人のアドバイスだけでは、対処は難しいだろう。
「ねぇ、君達はどうやってコントロールしたの?」
ノレインの不安な心を読み取ったのか、トルマはニティアとゼクスに話を振る。ゼクスはカップをテーブルに置き、顎を掻いた。
「俺の場合は、ただひたすら練習してたな」
「うんうん。ゼクスは不器用だからねえ」
「うるせえ!」
トルマにからかわれ、ゼクスはすぐさま威嚇する。
確かに薬の箱を空中浮遊させた時も、どこかおぼつかない動きだった。しかし、これでも遥かに上手くなった方である。ゼクスはどうしようもなく不器用で頑固だが、努力家なのだ。
「ニティアはどう?」
リベラに問われ、ニティアは無言で宙を眺める。しばらく返答はなかったが、やがてゆっくりと口を開き、一言。
「…………風は、友達」
ノレインだけでなく、この場の全員の頭上に疑問符が浮かぶ。するとどこからか温かいそよ風が現れ、頬を撫でた。ニティアの[潜在能力]は[風力操作]。風を操ることだ。
「そっか。ニティアも能力のこと、そんなに気にしてないんだね」
リベラは哀しげに、ニティアの腕に触れる。ノレインは俯いた。ゼクスのようにひたすら練習する訳にもいかず、また、ニティアのように能力を『友達』と思える気もしない。
「すまねえな、大したこと言えなくてよ……」
「いいんだ。皆の体験を聞けただけでも、大きな収穫に違いないからなッ!」
ゼクスにまで心配され、ノレインは無理やり笑ってみせる。すると、トルマは再びティーポットを手に取った。
「ルイン、辛いことがあったらいつでも戻っておいで。愚痴でも何でも、いくらでも聞いてあげるから」
空になったカップにハーブティーを注がれ、ノレインは驚いたように顔を上げる。ばっちり目が合い心は読まれたはずだが、トルマはこちらの心情を暴露するつもりはないらしい。
彼はそのまま目を背け、リベラとニティアのカップにもハーブティーを注いだ。
「君達も同じだよ。普段言ってないけど、皆のことはとっても大切に想ってる。僕達にとってここは『実家』なんだから。離れて暮らすのは寂しいけど、これでお別れじゃないからね。皆が卒業しても、帰りをずっと待ってるよ」
トルマは催促するようにゼクスを見る。彼は顔を真っ赤にさせ、そっぽを向いた。
「ま、まぁ……しょっちゅう帰って来られると困るが、たまにはいいかもな」
ノレインにとって、この二人は兄のような存在だった。彼らもまたレントに拾われた孤児であり、ノレイン達『家族』の理解者である。帰って来ても良いのだ、と悟った瞬間、目頭が熱くなった。
今度こそからかわれる、と顔を背けたが、トルマの声は依然として優しいままだった。
「大丈夫、心配しないで。僕達がついてるんだから」
(ログインが必要です)