8章―3

文字数 3,497文字

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 セントブロード孤児院(SB)第一期生の卒業から、七年の月日が経過した。

 ノレインは二十五歳になったが、自動車整備士の仕事を変わらず続けている。『夢』への挑戦も実行出来ていない。生活を安定させるには時間がかかり、歯痒い思いをするばかりだった。
 だが、本日は大きな節目の日である。大型バスに似た銀色の車を見上げ、ノレインは感慨深く眺めていた。

「ねぇパパ! このくるま、すっごくおっきいね!」

 互いに良く似た二人の少年が、自分を取り囲むようにはしゃぎ回っている。ノレインは彼らの茶色い癖っ毛を撫で回し、「そうだろう!」と得意げに笑った。

「ねぇ、早く中に入ってみましょ!」

 車体の真横についたドアの前で、メイラが急かすように手招きしている。ノレインは二人を抱きかかえ、彼女に続いて乗車した。

 この少年達は、ノレインとメイラの息子である。メイラと結婚したのは、彼女が卒業した数ヶ月後のこと。二人はノレインの社員寮で暮らし、共働きを始める。メイラの職場は近所にある小さな出版社。彼女はもうひとつの『夢』である、写真家になれたのだ。
 そして二年後、二人の間に双子の男の子が生まれる。兄はデラ、弟はドリと名づけたが、彼らの見た目は瓜二つを通り越し、全く同じだった。だが彼らは一つだけ、異なる『個性』を持っていた。

「ねぇママ。このドア、パパのへやみたいにおもくないね!」
「ちょっとデラ、またパパの『昔話』読んだでしょ!」
「ほんとだ! 『おうち』のドア、すっごくおもそう。でも、こわしちゃうママもすごーい!」
「ドリ! 恥ずかしいからこれ以上『覗き見』しちゃだめ!」

 メイラはあたふたと交互に叱るが、当の本人達は無邪気に笑っている。あの『修羅場』も見られたのだろうか、と、ノレインは震え上がった。

 デラとドリもまた、生まれた時から[潜在能力]に目覚めていた。レントによるとデラの力は[過去透視]、ドリの力は[精神感応]らしい。[過去透視]は目が合った相手の過去を読み取り、[精神感応]は相手の脳に干渉出来るという。
 デラは『昔話』を読むように過去を観賞し、ドリはデラの見た『昔話』を即座に『覗き見』する。まだ幼い二人は、[潜在能力]を玩具として使いこなしていた。

 笑顔の絶えない新しい家族を苦しませないために、夫婦はひたすら仕事に励んだ。そして今日、『夢』への第一歩を踏み出そうとしていた。

「キッチンは思ったより広いわね。冷蔵庫の他に、オーブンも入れようかしら」
「奥の二部屋も良い感じだな。これなら最大八人は迎えられそうだぞ!」

 ノレインとメイラは真新しい内装に浮足立つ。この車は大型のキャンピングカーであり、一家の新しい家だ。
『夢』のためには移動手段が必要である。加えて、居場所のない人々を救うのなら住む場所も必要だ。メイラと意見を出し合った結果、『移動する家』を思いついたのだ。
 この日のために、二人は大型車両の運転免許を取得していた。今日は週末で仕事も休み。天気も良く視界も良好。これでようやく、『夢』を叶える準備は整った。

「よし! 早速、始めるとするか!」

 ノレインは運転席に飛び乗る。メイラは慌てて双子をチャイルドシートに乗せ、助手席についた。
 真新しい銀色のキャンピングカーはエンジンを震わせ、走り出した。


――
 目的地はミルド島の小さな町。昼間でも人通りは少なく、寂れた雰囲気が漂っている。

 ノレインは車内にメイラと双子を残し、記憶を頼りに、日の当たらない路地裏まで辿り着いた。ここは、ノレインがレントと出会った場所だ。
 彼はぼろぼろのまま死にゆく自分を見捨てることなく、手を差し伸べた。その喜びは今でも鮮明に覚えているが、この辺りの風景もまた、全く変わっていない。ノレインは恐怖で足が竦み、逃げ出したくなった。

 すると、視線の先に孤児らしき少年を見つけた。建物の外壁によりかかり、ぼんやりと座りこんでいる。衣服は汚れ、表情は抜け落ちたように虚ろだ。その姿はまるで、昔の自分のようだった。
 ノレインは彼に近寄り、そっと手を差し伸べる。

「ここにいるのは辛いだろう。私と一緒に……」

 少年は突如、ノレインの手を払い除けた。無気力だった目はきつく吊り上がり、恐怖一色に染まっている。少年は威嚇したまま、暗闇の奥に走り去った。

 ノレインは手を引っこめるのも忘れ、震えていた。
 手を払われた瞬間、長らく忘れていた『恐怖』が蘇る。自分は『家族』のおかげで人の温かさを知ったが、相手は深い傷を負ったまま。『恐怖』に囚われた孤児にとって、他人は『敵』でしかないのだ。


「おかえり、どうだった……」

 車内に戻ると、出迎えたメイラ達から笑顔が消える。ノレインは座席に崩れ落ち、悔しさを滲ませた。

「『恐怖』を取り除くのは難しいこと、すっかり忘れていた……」

 メイラは悲痛な表情のまま俯く。双子も揃って泣きそうな顔をしている。きっと、先程の『過去』を読み取ってしまったのだろう。
 ノレインは腕で顔を覆う。今の自分には、居場所を失った人を救うことは出来ない。長年抱き続けた『夢』は叶わないのか。

 その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。ノレインはズボンのポケットから電話を出し、通話ボタンを押した。

『ルイン、突然ごめんね。今ちょっといいかな?』
「ユーリじゃないか! どうした、また何か辛いことでもあったのか?」
『ふふっ、違うよ。レント先生からの伝言なんだけど……』

 電話の相手はユーリットだった。彼はどこか嬉しそうに詳細を語り、ノレインは思わずその場に立ち上がった。

「同窓会、だって⁉」


――
 一週間後。一家を乗せた銀色のキャンピングカーは、広葉樹林の並木道を進んでいた。途中で双子が同時に歓声を上げる。瞬きをする間に、広葉樹は針葉樹へと変わっていた。

 緩やかなカーブに差しかかると、可愛らしい水色の一軒家が見えた。この家の家主はユーリットである。彼は卒業後、植物の知識を深めるために花屋で働いていたが昨年独立し、『家』の近所で植物園を開業した。
 徒歩圏内のため『家族』も頻繁に訪れ、『家』に滞在中の際はノレイン達も遊びに行くことが多い。ユーリットは店に来たレントから『同窓会をやろう』と誘われ、ノレイン達卒業生に連絡したらしい。

 第一期生の卒業後、同窓会は予定通り三ヶ月に一回行われた。だがノレイン達が多忙になるにつれて半年に一度、一年に一度に減り、今ではすっかり開催の機会がなくなった。
 卒業式だけは必ず行こう、と決め、ノレインは予定を調整している。それでも全員集まることはなく、必ず数人は欠けていた。ユーリットから電話があった後日改めてレントから連絡が入り、今日の同窓会は卒業生が全員揃うという。

「皆集まるのは、本当に久しぶりね」

 メイラは助手席で、嬉しそうに呟く。ノレインも運転に集中しながら大きく頷いた。この道を最後に通ったのは数ヶ月前、アビニアの卒業式の時だ。つい最近のはずだが、この車で通るのは初めてであり、心が弾む。

 針葉樹の並木道は急に途切れ、ブロード湖と『家』が姿を現した。奇しくも静かな雨が降っており、ノレインは『始まり』を思い出した。
『家』の前には車が数台停まっている。その横に停車し、ノレイン達は外に出た。

「おかえり! まってたよ!」

 玄関先で待ち侘びていた幼い少女が、真っ先に駆けてくる。黒髪を耳の下辺りで二つ結びにした少女は、デラとドリの手を取り一緒にはしゃぎ出した。少し遅れて焦げ茶色の髪の少年が追いつき、慌てて傘を差した。

「ミン、雨に当たるとかぜ引くだろ?」
「ごめんなさい、コンバーおにいちゃん……」

 彼はふっと微笑み、少女と双子を傘の下に入れた。この『兄妹』は、SBの新しい『家族』である。
 黒髪の少女ミンは、双子と同い年の二歳。生まれて間もない頃、『家』の玄関先に置き去りにされていたところをレントに発見された。
 彼女にとって、自分達『家族』は本当の家族だった。だが成長するにつれて、自分が孤児であると気づくだろう。ノレインは、ミンが屈託なく笑う度に胸が痛むのだった。

 茶髪の少年コンバーは一年前、レントに拾われた孤児だった。彼は九歳であり『恐怖』を感じていてもおかしくない年齢だが、『家族』の手を煩わせることはなかったという。きっと、ミンの『兄』になろうと努力しているのだろう。
 メイラはしゃがみ、『兄妹』の頭を優しく撫でた。

「二人ともお出迎えありがとう。さ、行きましょ!」

『家』の前では、レントが笑顔で手を振っている。ノレイン達は手を振り返し、『家族』の待つ『家』に向かって並んで歩き出した。


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登場人物紹介

【ノレイン・バックランド】

 男、18歳。SB第1期生。

 焦げ茶色の癖っ毛。喜怒哀楽が激しくおっちょこちょい。

 髪が薄いことを気にしている。

 趣味は手品と文章を書くこと。愛称は『ルイン』。

 [潜在能力]は『他の生物の[潜在能力]を目覚めさせる』こと。

【メイラ・グロウ】

 女、15歳。SB第3期生。

 カールがかかったオレンジ色の髪をポニーテールにしている。

 お転婆で気が強い。ノレインに好意を寄せている。怒ると多彩な格闘技を繰り出す。

 趣味は写真撮影。口癖は「まぁ何とかなるでしょ」。

 [潜在能力]は『一時的に運動能力を高める』こと。

【ヒビロ・ファインディ】

 男、18歳。SB第1期生。

 赤茶色の肩までの短髪。前髪は中央で分けている。

 飄々とした掴み所のない性格。長身で、同性も見惚れる端正な顔立ち。

 同性が好きな『変態』。ノレインを巡り、メイラと激闘を繰り返してきた。

 [潜在能力]は『相手に催眠術をかける』こと。

【ユーリット・フィリア】

 男、17歳。SB第2期生。

 肩より短い水色の短髪。重力に逆らうアホ毛が印象的。

 内気な性格。背が低い上童顔なので、実年齢より若く見られることが多い。

 ノレインの親友。愛称は『ユーリ』。

 [潜在能力]は『五感が優れており、[第六感]も持つ』こと。

【リベラ・ナイトレイン】

 女、15歳。SB第3期生。

 毛先に癖がある黒い長髪。右の口元のほくろが印象的。

 おっとりとした性格。元々体が弱く、病気がちである。

 メイラの親友。趣味は人の恋愛話を聞くこと。

 [潜在能力]は『相手の体調・感情が分かる』こと。

【ニティア・ブラックウィンド】

 男、18歳。SB第1期生。

 白いストレートの短髪。白黒のマフラーを常に身に着けている。

 極端な無口で、ほとんど喋らないが行動に可愛げがある。

 筋肉質で、体はかなり鍛えられている。趣味は釣り。

 [潜在能力]は『風を操る』こと。

【ソルーノ・ウェイビア】

 男、13歳。SB第4期生。

 紫色の肩までの癖っ毛を、後ろで一つにまとめている。瞳は黒。

 服装は真っ白だが心は真っ黒。きまぐれな性格で精神年齢は永遠の10歳。

 ヒビロに続く『変態』。趣味はお菓子作り。

 [潜在能力]は『相手に幻覚を見せる』こと。

【アビニア・パール】

 男、11歳。SB第5期生。

 黒い短髪で声が高く、女子に間違えられる。

 ひねくれた性格の毒舌家だが、お人好しの一面を持つ。

 幼少期の影響で常に女装をしている。ソラとは犬猿の仲。愛称は『アビ』。

 [潜在能力]は『相手の未来が見える』こと。

【ウェルダ・シアコール】

 女、10歳。SB第6期生。

 赤みがかった肩までの黒髪。瞳は茶色。

 曲がったことは嫌いな性格。ソラの親友。

 ソラとアビニアに振り回されたせいか、しっかり者になった。

 [潜在能力]は『手を介して加熱出来る』こと。

【ソラ・リバリィ】

 女、8歳。SB第7期生。

 天真爛漫な性格。空色の長髪を一筋、両耳元で結んでいる。

 特技はアコーディオンの演奏。

 音楽の才能は素晴しいが、それ以外はポンコツ。アビニアとは犬猿の仲。

 [潜在能力]は『相手の感情を操る』こと。

【トルマ・ビルメット】

 男、23歳。SBの助手で、家事担当。

 クリーム色の長髪を後ろで緩くまとめている。瞳は琥珀色。

 見た目は妖艶な美女。普段は穏やかで優しいが、ややサディスティック。

 趣味は園芸で、バラが好み。

 [潜在能力]は『相手の考えていることが分かる』こと。

【ゼクス・ランビア】

 男、25歳。SBの助手で、技師担当。

 銀髪を短く刈りこんでいる。

 手先も性格も不器用。トルマによくからかわれている。沸点はかなり低め。

 [潜在能力]は『手で触れずに物を動かせる』こと。

【レント・ヴィンス】

 男、年齢不詳(見た目は30代)。SBを開設した考古学者。

 癖のついた紺色の短髪。丸い眼鏡を身に着けている。服装はだらしない。

 常に笑顔で慈悲深い。片づけが苦手で部屋は散らかっている。

 [潜在能力]は『相手の[潜在能力]を一時的に使える』こと、『目を介する[潜在能力]を無効化する』こと。

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