1章―2
文字数 3,241文字
レントは少し寂しげに切り出した。第一期生は三人。ノレインとヒビロ、そして白黒マフラーを巻いた青年、ニティアだ。ノレイン達は『卒業』という単語を聞き、表情を曇らせた。
「君達はセントブロード孤児院を巣立つ最初の卒業生だ。本当はもっともっと一緒にいたかったし、教え足りないこともたくさんあるけど……卒業前に、これだけは伝えなければならない」
一呼吸置き、レントは『家族』全員に目を向けた。
「この話は卒業生だけでなく、全員が知っておくべきだ。本当はもっと早く教えたかったけど、あの時は短期間で『家族』が増えたからね。君達を余計混乱させたくなかったんだ」
レントは席を立ち、白いチョークを手に黒板に向かう。黒板には一言、『潜在能力』と書かれた。この単語に聞き覚えはない。これまでの授業はもちろん、会話の中にも登場しなかったはずだ。
「『神話』について、おさらいしよう」
レントは哀しげに目尻を下げ、ぽつりと呟いた。
「『この世界』を創造した『神』、バーナリアは、一年間かけて世界を構築した。その後、動物をかたどった五体の[守護神]をつくり、五つの地方を守るよう命じて眠りについた。だけど隕石が落ちたことで、ひとつだった大陸が五つの[島]に分裂してしまった。私達が住んでいるミルド島もそのひとつだね」
ノレインはこれまでの授業を思い返す。『家族』が増える度に、レントは昔話を読み聞かせるように『神話』を語っていた。だが、それと[潜在能力]はどのような関係があるのだろうか。
「『神話』のあらすじは、ざっとこんな説明だったかな。一般の人に対する教育も大体同じだと思う。でも君達には、更に一歩踏みこんだ説明が必要になる」
レントは木製の指示棒を手で引き延ばし、黒板を軽く叩いた。
「『神』は、私達人間にはない特別な力を数多く持っている。このあらゆる力を駆使して、『この世界』を創造したとされるんだ。世界の構築が終わって眠りにつく時、『神』はほぼ全ての生物に、自らの力をひとつずつ与えた。それが[潜在能力]と呼ばれる力で、つまり私達は、必ず[潜在能力]を持っているんだ」
全員が息を飲む。レントは黒板の文字を見つめながら、更に続ける。
「名前の通り普段は私達の中で眠っていて発動出来ないけど、命の危機に晒された時は一時的に目覚めるらしい。私がその事例を見た訳ではないから、『らしい』としか言えないけどね。私は『神話』を研究するうちに、[潜在能力]の存在に辿り着いたんだ。研究者は大勢いるけど、これを知る人はほとんどいない。何しろ、[潜在能力]が本当にあるのか、証明も難しいからね。……だけど」
レントは指示棒を下ろす。そして正面を向き、穏やかな口調で言い切った。
「このミルド島においては、生まれながらにして[潜在能力]に目覚めている者がいる。私は、そう確信しているんだ」
皆一斉にどよめく。ヒビロは慌てて手を挙げ、恐る恐る質問した。
「先生、まさか、[潜在能力]に目覚めている者って……」
「あぁ、その通りだよ。ここにいる全員が、その該当者だ」
ノレインは耳を疑ったが、よく考えると思い当たる節があった。常人よりも遥かに強いメイラ、思っていることを正確に当てるリベラ。彼女達だけではない。『家族』のほぼ全員が、『不思議な力』を持っていた。
ヒビロは取り乱した様子で、レントに突っかかった。
「じゃあ、俺が人を思い通りに動かせたのも……」
「うん。[催眠術]という[潜在能力]だね」
レントは壁際の本棚から古びた本を取り出し、ページを捲りつつ答える。中身が一瞬見えたが、見たことのない文字がびっしりと並んでいた。[潜在能力]の早見表だろうか?
『家族』は目を輝かせ、口々に質問を飛ばした。
「先生! あたしの[潜在能力]は何?」
「恐らく[運動力増強]かな。メイラの場合は元々強いから、推測なんだけどね」
「私は?」
「リベラは[感情透視]だね。人の気持ちや体調が分かるのは、この能力によるものだよ」
「先生、ぼ、僕は……?」
「ユーリは[感覚増強]だね。五感が優れている他、危険を察知出来るような[第六感]もあると思うんだけど、どうかな?」
「うん、あるよ!」
他の『家族』も次々と質問し、レントは丁寧に答えた。その返答を聞きながら、ノレインは次第に疑問を募らせてゆく。そして質問が途切れた隙を狙い、意を決して口を開いた。
「先生。私も、[潜在能力]に目覚めているのか?」
ノレインには、『不思議な力』はないはずだった。だがレントは、[潜在能力]に目覚めているのは『ここにいる全員』と言わなかったか。レントは複雑そうに微笑み、優しい口調で語りかけた。
「もちろん。ルインの[潜在能力]は[能力開花]。他の人の[潜在能力]を開花出来るものだよ」
ノレインは思わず頭を抱えた。平凡だけが取り柄だと自負していただけに、この宣告は信じられない。これには『家族』も皆困惑するばかりである。
「先生。ルインがそんな力を使えるなんて、とてもじゃねーけど信じられねぇよ。本当のことなのか?」
ヒビロは再度手を挙げ、質問を重ねる。だがレントより先に、トルマとゼクスが「まさか……!」と声を震わせた。
ノレインは遠い記憶を思い出した。『家族』になってから日が浅い夜のこと。夕食後一人で『家』を探検していると、廊下で立ち話中のトルマとゼクスを見かけた。トルマは『部屋でお茶でもどう?』と誘ってくれたが、彼はノレインの頭を撫でようとしたのだ。
ノレインは元々髪が薄く、頭を触られるのは何よりも嫌だった。そのため反射的にトルマを突き飛ばし、走って逃げたのだった。今思えば、この二人が『不思議な力』を使うようになったのはその日以来だ。
レントは、古い本をぱらぱらと捲る。
「そう。ルインが『家族』になった時期と、君達の[潜在能力]を確認出来た時期は被っている。だから、ルインの[潜在能力]は[能力開花]で間違いないはずだ。他の皆は既に[潜在能力]に目覚めていたから、発動することもなく皆も気づかなかった。ってところかな」
レントはトルマとゼクスの[潜在能力]についても解説するが、それらは耳を素通りする。ノレインは話を遮るように、謝罪の言葉を叫んだ。
「トルマさん、ゼクスさん……本当にすまなかった!」
「大丈夫だよルイン。僕、この能力気に入ってるんだよねえ」
「あぁ。俺のも仕事に便利だからな」
「え? でも不器用なままじゃない?」
「うるせえな!」
困惑しているように見えた彼らは一転、明るく笑い飛ばした。ゼクスが逆上する様子を見て、ノレインはようやくほっと一息つくのだった。
レントは手を数回叩き、再度注目を集めた。
「さて、ここからが重要だ。君達にとって、[潜在能力]はひとつの個性だと思う。でも使い方を間違えると、自分も、周りも、大変なことになりかねない。だから、自力でコントロールする必要があるんだ」
レントはユーリットに視線を向け、懐かしげに微笑む。
「ユーリには昔教えたことがあったね。初めて会った頃の君は感覚過敏で体がもたなかった。そんな時は息を整えて、『大丈夫』って自分に言い聞かせるんだ、って。今は五感が暴走すること、なくなったよね?」
ユーリットは間髪入れずに、大きく頷いた。
「皆も知らず知らずのうちに、能力のコントロールをしているはずなんだ。でも怒ったり驚いたり、心が大きく揺れ動くと効かなくなる。だから君達は、卒業する前に、コントロールの方法を完全に身につけてほしいんだ」
レントは古い本を閉じ、ノレインに近寄る。そして、いつになく真剣な眼差しで訴えかけた。
「特にルイン。君は[潜在能力]を発動した回数が圧倒的に少ない。それに、今後様々な人と関わるようになると、[能力開花]によってトラブルが起こるかもしれない。能力を発動するなとは言わないけど……間違って発動することは絶対に、あってはならないんだ」
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