8章―4
文字数 3,830文字
コンバーとミンもその輪の中に入ってゆく。時間は、確実に流れていたのだ。
時刻はもうすぐ正午。レントとトルマ、そして『家』の料理番となったソルーノによる手料理が振舞われた。
当時と同じ席に座り、皆と一緒に食事をとる。リビングはぎゅうぎゅう詰めであり、在学生は肩身の狭い思いをしているのでは、とノレインは心配する。次回卒業するウェルダと、少し背が伸びたソラ。この二人も、コンバーとミンも、パーティーを満喫している様子だった。
感傷に浸る中、ノレインはいきなりヒビロに背後を取られた。だがすかさずメイラの蹴りが飛び、あっという間に修羅場となった。メイラとヒビロが取っ組み合う横で、当時の愛憎劇を知る『家族』は皆、「懐かしいね」と微笑んでいた。
ノレインだけが子供達への悪影響を心配したが、コンバーとミンは怯えた様子もなく「なにがあったの?」とレントに聞いている。実の息子達に至っては修羅場を楽しんでおり、メイラが技を決める度に大はしゃぎしていた。
そして昼食後。レントは「子供達は私が預かるから、ゆっくりしていって」と声をかけ、外に繰り出した。
トルマはキッチンで洗い物をしながら、ゼクスはカウンターの椅子でウィスキーのグラスを傾けながら、ノレイン達の話を静かに聞いている。和やかな雰囲気のまま、同窓会が始まった。
「昔に戻ったみたいだね……」
「あぁ。でもユーリ、お前は変わらねーよな」
ヒビロはユーリットの背後に回り、頭を撫で回す。隣に座っているノレインも薄い頭を弄られ、二人揃って彼の手を払った。
ユーリットは二十四歳になったはずだが身長は伸びなかったらしく、相変わらず幼く見えた。一方ヒビロは更に身長が伸び、随分と色気が増した。そういえば、彼と会うのは数年振りのような。端正な顔立ちも年相応に引き締まり、気を抜くとその両目に吸いこまれそうだ。
「ねぇヒビロ、あんた確か[政府]に入ったのよね?」
「むふふ、聞いて驚くなよ。今年遂に! [地方政府]に異動したのさ!」
ヒビロはメイラに自慢するかのように、大げさに胸を張った。その途端、全員が驚愕した。[地方政府]は[島]中の[政府]を管轄する機関であり、彼が目指す[世界政府]は、[地方政府]で活躍した役人が引き抜かれるのだ。
大学を卒業後[政府]の警官になった、とは聞いていたが、ヒビロは着々と『夢』に向かって進んでいるようだ。
「活躍に次ぐ活躍で、俺はこのまま一気に」
「腹立たしいから話を変えるわ。リベラは今どう?」
「待て待て待て、人の話は最後まで聞けって!」
ヒビロの苦情を聞き流し、メイラはリベラに話を振る。リベラは傍で寄り添うニティアを見上げ、微笑んだ。
「私の方は順調だよ。ニティアもいてくれるし、すごく助かってる」
リベラは現在、ニティアの母校の医学部に在学中だ。ニティアは大学を卒業後薬剤師となり、彼女と同棲しながら生活を支えている。『家』にいた頃から愛し合っていた二人は、リベラが医師の資格を取り次第、結婚するそうだ。
「メイラも仕事、頑張ってる?」
「えぇ! 育児休暇明けもすんなり仕事に戻れて、本当に良かったわ!」
リベラに質問を返され、メイラは嬉しそうに笑った。メイラが勤めている出版社は小規模だが、社員を大事にする社風だった。上司でもある雑誌の編集長が、彼女の写真を気に入っているらしい。
就職後間もなく出産、育児と大忙しだったが、皆自分達夫婦を手厚くサポートしてくれた。ノレインは当時を思い出し、目頭が熱くなった。
「アビは? ちゃんと食べてるんでしょうね?」
「余計なお世話だよ。一応事務員なんだから、生活には困ってないよ」
今年卒業したばかりのアビニアは、母親のようなメイラの発言に顔をしかめた。当時の彼は短髪だったが、今は艶やかな長い黒髪をきっちりと束ねている。パンツスーツのまま脚を組む姿は、キャリアウーマンそのものだ。
アビニアはミルド島中心部の一般企業に、事務員として就職した。だが、占い師になるという『夢』を叶えるため、休日は繁華街で露店を出しているらしい。
「ウェルダはどう? 来年卒業だけど、進路は決まった?」
「うーん……」
アビニアに質問を振られたウェルダは、宙を見上げ思い悩む。
「たぶん、警官を目指すかな。この近くも開発されてきたし、不審者が出たら安心して暮らせないじゃない?」
「そうか、俺の後輩になるのか。だったら一つ忠告しとくぜ。あんまり昇進するといずれ辛い目に、いてっ!」
ヒビロはノレインの背後で語り始めたが、いきなりメイラに殴られた。
「ちょっと、せっかく『夢』について語ってくれてるのに、何で暗い話するのよ?」
「警察も綺麗な仕事じゃないのさ。そこをまず知ってもらわねーと」
「まぁまぁ。卒業までまだ時間あるし、ゆっくり考えるよ」
再び修羅場になると悟ったのか、ウェルダは早々に話をまとめる。そして、彼女はソラに話を振った。
「ソラはもう、『夢』があるんだよね?」
「そうよぉ♪ 私は将来、ミルド島で一番の歌手になるの!」
ソラは陽気に宣言する。彼女は楽器だけでなく、歌も得意だった。それに[潜在能力]の[感情操作]も発揮すれば、誰もが目を見張るアーティストになるだろう。
だが、ソラは音楽以外の事柄について、全くの無関心だった。勉強はした方がいいのでは、と心配するばかりだが、果たしてどうなることやら。
「うふふ、みんなそんなに変わらなくてよかった☆」
大人しく話を聞いていたソルーノは、にこにこと笑う。彼は今年で二十歳。見た目は成長したが、中身はどう見ても、七年前のままだった。
「ぁ、あんたが一番変わってないわね……」
メイラに引かれてもなお、ソルーノは「そうかなぁ☆」と無邪気に返す。立派に料理番を務めているようだが、『夢』を持っても別人のようにはならなかったらしい。
「そういえばルイン、あの大きい車ってもしかして、この前言ってた『移動する家』のこと?」
ユーリットに訊ねられ、ノレインは表情を曇らせる。だが皆の目は誤魔化せなかったようで、ノレインは一斉に詰め寄られた。
「ルイン、何かあったでしょ?」
「ぃ、いや」
「嘘つくなって。顔にばっちり書いてあるぜ」
正面に回ったヒビロから視線を捉えかけられる。咄嗟に逃げようとしたが、いつの間にか背後にいたゼクスに肩を押さえられ、ノレインは椅子に押しこめられた。
「諦めるんだな。さっさと吐き出しちまえよ」
「そうだよ、悩んでることあるんでしょ?」
ノレインは思わず振り返ってしまい、トルマとばっちり目が合ってしまった。メイラ以外の『家族』全員に取り囲まれてしまい、もう逃げ場はない。ノレインは観念し、一週間前の出来事を全て白状した。
「あのなぁ。孤児にいきなり声をかけるとか、不用心にもほどがある。下手すりゃ殺されてたかもしれねーんだぜ?」
話が終わるなり、ヒビロは呆れたように説教を始める。ノレインは一言も反論出来なかった。メイラでさえ彼に言い返すことなく、自分と共に反省している。
長らく忘れていた『恐怖』を思い出したのか、『家族』もまた沈んだ表情で黙ってしまった。ユーリットは昔のように、ノレインの腕にぴったりとくっつき震えている。居場所のない人々を救うにはどうしたら良いのか。答えのない疑問に苛まれる中、トルマの呟きが耳に入った。
「レント先生はどうして、皆を助けられたんだろう?」
ノレイン達は同時に息を飲む。レントは自分達十人、いや。コンバーやミン、トルマとゼクスを含め、十四人もの孤児を救ったではないか。
穏やかな性格故に心を開きやすい、とも考えられるが、理由はそれだけとは思えない。レントはどのように、孤児達の『恐怖』を取り除いたのか。
すると、リビングの入口で物音がした。ノレイン達は一斉に顔を向ける。レントと子供達が帰ってきたようだ。
コンバーの足には包帯が巻かれており、ミンは泣いていたのか目が真っ赤だ。彼に引っつく双子も涙を堪えている。レントは申し訳なさそうに、彼らを手で引き寄せた。
「雨で地面がぬかるんでてね、ミンが転んで怪我したんだ。私がついていながらごめんね……」
コンバーは[状態交換]という[潜在能力]に目覚めていた。自分と触れた相手の体の状態を交換出来る能力であり、恐らく怪我をしたミンを助けたのだろう。
一方、ミンは[金属化]という[潜在能力]に目覚めており、その名の通り全身を金属に出来る。レント曰く彼女は怪我をする度に怖がり、しばらく金属の状態でいるらしい。コンバーの服の裾を掴むミンは、まだ固く冷たいままなのか。
「ルインさん。こいつらに、手品を見せてやってくれないかな」
突然、コンバーが弱々しく呟く。ノレインは彼らに近寄り、腰を下げた。
「あぁ。もちろんだが、急にどうしたんだ?」
「さっき、ルインさんは手品ができるって聞いたんだ。だから、手品を見せたら泣きやむと思って……」
コンバーは傍らにすがる三人をぎゅっと引き寄せる。その痛ましげな様子を前に黙ってはいられない。ノレインは膝を打ち、元気良く声を張り上げた。
「よし! 今から君達に、とっておきの魔法をかけてあげよう!」
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