二十二 ブルマンの弟

文字数 2,438文字

 木村電気店の応接室で、木村は天野四郎が店を経営するまでの経緯を説明した。

 昨年の土地価格の暴落で成田不動産は負債を抱え、成田金蔵はスナック・スターゲート、スナック・ルナ、炉端焼き・里子、パブ・ブルーマウンテン、パブ・ロンドを手放した。
 天野四郎は銀行に話をつけ、資金を集め、スナック・スターゲート、スナック・ルナ、炉端焼き・里子、パブ・ブルーマウンテンの店を手に入れた。
 天野は考えがあった。借金の担保としてパブ・ブルーマウンテンを成田金蔵にとられた高校の同期の青山和宣に、ふたたびパブ・ブルーマウンテンを経営させるつもりだった。
 だが、青山は自分が開いた店を、成田金蔵に借金の担保として取られた挙句、高校の同期で親友と思っていた天野に奪われたと思い、自殺した。
 青山の死後、天野は青山の病気の母親に経緯を話し詫びた。
 病気の母親は、借金の担保として家も店もとられた息子に非があり、天野に落ち度はないと言い、逆に、母親は天野の誠意に答えられなかった息子の非を詫びた。
 その後、パブ・ブルーマウンテンは開店することなく、現在に至っている。

「母親はできた人でね。青山に店を経営させようとした天野の気持を理解してたよ。
 だけど弟は納得してなかった。凄まじい目つきで天野をにらんでたって天野が言ってた」
 木村は天野のそうした気持を思いだしたらしく声を震わせた。
「弟の仕事は何だべ?」
 真理が弟の職業を訊いた。青山和宣は木村と同年齢だ。青山和宣の弟も、木村と何歳もちがわないだろう。
「弟は青山とは歳が離れてる。まだ学生のはずだ。田村君と同じ歳じゃないかな・・・。
 あっ!M大だ。たしか化学関係だったと思う・・・。
 田村君が知ってるかも知れないよ」
 木村は何かを感じたらしく目を見開いている。
「わかりました。ありがとうございます。
 今晩、田村に会うことになってます。くわしいことを聞けると思います」
「容疑者の可能性はあるだろうか?」
 木村は、青山和宣の弟が容疑者ではないのかと思っている。
「何とも言えません。その弟、スポーツをしてましたか?」
 佐介は弟の体型が気になった。
「青山がサッカーしてたんで、弟はラグビーをはじめたって青山から聞いた・・・。つづけてたかは知らねえよ・・・」
 木村は記憶をたどりながらそう言った。
「わかりました。この後、R署へ行って捜査状況を訊いてみます」
 アスリートの体型は何年もつづけなければ形成されない。弟はラクビーをつづけていたのだろうかと佐介は思った。

 ふと、何かを思いだしたように、木村の表情が和んだ。
「昼飯の時間だ。ソースカツ丼でも食うか?
 飛田さんたちもこっちの生まれなんだってね。田村君から聞いたよ。
 なあに遠慮なんかすんなよ。天野の弔い合戦だぜ・・・」
 木村は元気そうにそう言ったが、鼻水をすすっている。
「湿っぽくなっちゃいけねえな。シロと女房の分も注文すべよ。ちょっくら訊いてくる」
 そう言って木村は応接室から出てゆき出前を注文してもどってきた。

 食後。木村に礼を言い、佐介たちは木村に見送られ、車をR署へむけて発進した。
 車中、真理がR署へ連絡して、取材の結果を話す条件で、担当の野本刑事に会う約束をとりつけた。
「野本刑事から捜査の進展を聞けるべかな?」
 携帯の通話を切って真理がそう言った。
「警察は青山和宣の弟の関与を考えていないみたいだ。あたって砕けろだね」
 携帯で連絡した真理の会話から佐介はそう判断していた。

 R署の小会議室で、佐介は野本刑事に田中祥代と木村の取材結果を話した。
「ありがとうございます。防犯カメラなどの記録がないから、貴重な情報です。
 実は・・・」
 野本刑事は、製薬会社のネットから流れた情報をもとにM大生が筋弛緩剤を作り、作った薬品の廃棄処分を大学の係官が確認していた、と説明した。
「もしかして、その学生は、田村省吾ですか?」
 佐介は思いきってそう訊いた。
「そうです。まだオフレコです。県立病院で処方された筋弛緩剤から彼が浮上しました。
 処方薬の成分は天野四郎の体内から出た物と同じです。製薬会社の物とも似ています。
 天野四郎の周囲に薬に関係する者がいます。どの人も天野四郎の体内から出た薬を入手できなかったと考えられます・・・・」
 野本刑事は薬を作った田村省吾を容疑者に考えている様子だった。

「田村省吾は、薬を一人で作ったと言ってるんか?」
 青山和宣の弟・青山和志が田村省吾とともに薬を合成していれば、生成物を他の物質とすりかえて廃棄処分を偽れる。そうなれば合成した筋弛緩剤を大量に使える・・・。
「そうです。大学の関係者からもそのことを確認しました。
 飛田さんが話した金曜の夜の男は、青山和志みたいですね。彼も長身です。飛田さんに似た体型です・・・」
 二十五日金曜に、青山和志が尾田ノリコの家へ行ったなら、目的は何かと野本刑事は考えた。
「死ぬ前の一週間、天野四郎に誰かが連絡した様子は?」と真理。
「何もありません」と野本刑事。
「わかりました。忙しいところ、すみませんでした。これで俺らは帰ります。
 新しいことがわかったら連絡します」
 これ以上話しても無駄と判断し、佐介と真理は礼を言って椅子から立った。

 R署を出た。車の助手席に乗りこんで真理が言う。
「夜まで時間があるぞ。佐介の実家へ行くか?私の実家へ行くか?」
 佐介の実家はここR市の西隣のD市だ。真理の実家はR市の南隣のT市だ。
「いや、ホテルへもどってしばらく休みたい・・・」
 佐介は運転席で考えこんでいる。
「田村省吾を気にしてるんか?」
「ああ、気にしてる・・・」
「田村は薬を作れたんだから、青山和志も作れたはずだ。
 青山和志が天野四郎の死に関係してるなら、天野と青山和志の関係を知っている田村に危険がおよぶ」
「青山和志を見張るんか?」
「顔がわからない。わかるのは田村だけだ」
「田村が帰るのを待つか。よっしゃ。ホテルへもどれ!」
「了解」
 佐介は車を発進した。
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