十九 交渉
文字数 1,553文字
五月二十八日、月曜、夕刻。
末広町ホテルの会議室で、鼠のような顔の元妻・みどりは、
「天野の葬儀は私には無関係よ。
天野にも、子どもにも、未練は無い。あとは好きなようにしてね。
天野に何かあったときは、天野の兄夫婦が子どもを養子にすることになってた。
とりあえず、子どもが二十歳になるまで養育費を子どもの所へ送ってもらえればいい。
二十歳すぎたら、子どもが相続について考えるわよ。
その事、書面にしてあるわよね?」
「あります」と弁護士。
「後見人は兄夫婦なのね」
ノリコは、みどりの説明で緊張の糸が解けたようにほっとしている。
「その事は先ほど調べました。了承も得てきました。二十歳までの養育費は今ままでどおりにします。それ以後は実子が二十歳をすぎてからですね。
ではこの書類にサインしてください」
みどりは実子の親権を申し立てる気はなく、天野四郎の相続人でもない。弁護士は店の相続については話さず、数枚の書類を提示した。
みどりはそそくさと書類にサインし、その場から出ていこうとした。
「天野さんが亡くなる前、みどりさんの所へ訪ねて行きませんでしたか?」
弁護士はさりげなく訊いた。
「来ないわよ。来れるわけないでしょ・・・」
みどりは弁護士を見つめてそう言い、
「あとはよろしくね」
そそくさとその場から去って行った。
「何だ、あの女・・・」
みどりの体型は顔に似て痩せぎすだ。ノリコの体型はパンダに似てでっぷりしている。そして内縁の妻だったセツコはポッチャリしている。愛人のかほるもセツコのようなポッチャリ型だ。どうも、元妻は天野の好みではなかったらしい。なぜ、天野はみどりと結婚したのだろう・・・。木村は、みどりが天野四郎の妻だった頃を思いだして黙り込んだ。
「佐介さん。元妻に何も訊かなかったですね」
田村は佐介にそう言った。田村が佐介に会うのは三年ぶりだ。
「ああ、彼女が天野さんに薬を飲ませるメリットは何もないよ・・・」
さて、わからなくなってきたぞと佐介は思った。とにかくこの場は解散だ。田村と話したいが、仕事で来ているから今は無理だ・・・。
「田村、事件が解決したら、ゆっくり話そう」
佐介は椅子から立ちあがって、田村の肩を軽く叩いた。
「はい。今日はD市の実家へ行くんですか?」
D市はここR市の隣だ。
「いや、しばらくこのホテルだね」
佐介はフロアを指さした。
「何か取材でわかりましたか?」
田村が佐介にほほえんでいる。
こんな時に、田村はなぜほほえんでいるんだろうと佐介は妙な気分になった。
「何もわからんね・・・」
「何かわかったら、さしつかえない範囲で教えてください」
田村は妙におちついていた。佐介はそれがふしぎだった。
「わかった・・。ところで、木村さん・・・」
佐介は木村に、天野四郎が木村電気店に居た二日間、何を話したか確認した。
「大した話はしてません。店も繁盛してたし、金には困ってなかった。天野が死ぬ理由がないです・・・」
木村は困りはてている。
「そうですか・・・」
佐介は何を訊いてよいか、思いあたらなくなった。
佐介の思いを感じたらしく、弁護士が椅子から腰を上げた。
「では、これで失礼しましょう」
ノリコと田村と木村が椅子から立った。佐介夫婦にあいさつして会議室を出ていった。
「元妻は容疑者リストから消えた・・・」
四人が出てゆくと真理が椅子から立った。佐介と真理は会議室を出て上層階の客室へむかった。
部屋にもどった佐介は、もう一度、取材内容を思い起こした。
天野四郎が木村電気店を出たのは二十一日の朝だ。それ以降、天野四郎の行方は不明だ。
「みんなが忘れてることがある。尾田ノリコは三軒の店のオーナーになったんだ」
佐介が真理に缶ビールを渡しながらそう言った。
「・・・」
真理が沈黙した。
末広町ホテルの会議室で、鼠のような顔の元妻・みどりは、
「天野の葬儀は私には無関係よ。
天野にも、子どもにも、未練は無い。あとは好きなようにしてね。
天野に何かあったときは、天野の兄夫婦が子どもを養子にすることになってた。
とりあえず、子どもが二十歳になるまで養育費を子どもの所へ送ってもらえればいい。
二十歳すぎたら、子どもが相続について考えるわよ。
その事、書面にしてあるわよね?」
「あります」と弁護士。
「後見人は兄夫婦なのね」
ノリコは、みどりの説明で緊張の糸が解けたようにほっとしている。
「その事は先ほど調べました。了承も得てきました。二十歳までの養育費は今ままでどおりにします。それ以後は実子が二十歳をすぎてからですね。
ではこの書類にサインしてください」
みどりは実子の親権を申し立てる気はなく、天野四郎の相続人でもない。弁護士は店の相続については話さず、数枚の書類を提示した。
みどりはそそくさと書類にサインし、その場から出ていこうとした。
「天野さんが亡くなる前、みどりさんの所へ訪ねて行きませんでしたか?」
弁護士はさりげなく訊いた。
「来ないわよ。来れるわけないでしょ・・・」
みどりは弁護士を見つめてそう言い、
「あとはよろしくね」
そそくさとその場から去って行った。
「何だ、あの女・・・」
みどりの体型は顔に似て痩せぎすだ。ノリコの体型はパンダに似てでっぷりしている。そして内縁の妻だったセツコはポッチャリしている。愛人のかほるもセツコのようなポッチャリ型だ。どうも、元妻は天野の好みではなかったらしい。なぜ、天野はみどりと結婚したのだろう・・・。木村は、みどりが天野四郎の妻だった頃を思いだして黙り込んだ。
「佐介さん。元妻に何も訊かなかったですね」
田村は佐介にそう言った。田村が佐介に会うのは三年ぶりだ。
「ああ、彼女が天野さんに薬を飲ませるメリットは何もないよ・・・」
さて、わからなくなってきたぞと佐介は思った。とにかくこの場は解散だ。田村と話したいが、仕事で来ているから今は無理だ・・・。
「田村、事件が解決したら、ゆっくり話そう」
佐介は椅子から立ちあがって、田村の肩を軽く叩いた。
「はい。今日はD市の実家へ行くんですか?」
D市はここR市の隣だ。
「いや、しばらくこのホテルだね」
佐介はフロアを指さした。
「何か取材でわかりましたか?」
田村が佐介にほほえんでいる。
こんな時に、田村はなぜほほえんでいるんだろうと佐介は妙な気分になった。
「何もわからんね・・・」
「何かわかったら、さしつかえない範囲で教えてください」
田村は妙におちついていた。佐介はそれがふしぎだった。
「わかった・・。ところで、木村さん・・・」
佐介は木村に、天野四郎が木村電気店に居た二日間、何を話したか確認した。
「大した話はしてません。店も繁盛してたし、金には困ってなかった。天野が死ぬ理由がないです・・・」
木村は困りはてている。
「そうですか・・・」
佐介は何を訊いてよいか、思いあたらなくなった。
佐介の思いを感じたらしく、弁護士が椅子から腰を上げた。
「では、これで失礼しましょう」
ノリコと田村と木村が椅子から立った。佐介夫婦にあいさつして会議室を出ていった。
「元妻は容疑者リストから消えた・・・」
四人が出てゆくと真理が椅子から立った。佐介と真理は会議室を出て上層階の客室へむかった。
部屋にもどった佐介は、もう一度、取材内容を思い起こした。
天野四郎が木村電気店を出たのは二十一日の朝だ。それ以降、天野四郎の行方は不明だ。
「みんなが忘れてることがある。尾田ノリコは三軒の店のオーナーになったんだ」
佐介が真理に缶ビールを渡しながらそう言った。
「・・・」
真理が沈黙した。