二十六 目撃証言

文字数 2,029文字

 五月三十日、水曜、午後。
 佐介が運転する車が小梅町の尾田ノリコの家から近い、S川河川敷公園に着いた。車を駐車場に停めて辺りを見ると、釣り竿らしき物を持って公園から川原へ歩く人がいる。
「話してみる。ここにいてくれ」
 佐介は真理にそう言った。
「ああ、私はセツコに連絡する。気にしなくていい。あとは昼寝してるべ」と真理。
「わかった」
 佐介は車を降りて釣人らしい人を追った。

 男が公園から川辺へ行こうと灌木の間に入りかけた。
「すみませーん。釣りですか?」
 佐介は男に声をかけた。
「ああ、そうだよ・・・」
 男が立ち止まってこちらを見ている。佐介は男に身分証明書を見せて事情を話した。男は近所に住む釣りマニアで田所といった。

「先日あんな物を見つけちまったから、ゲンナオシさ。と言っても大漁なんて願っちゃいねえぜ。キャッチアンドリリースだからな」
 田所は佐介を新聞記者と知り、気さくに話した。
「日曜の事件ですね?いろいろ訊きたいのですが、録音していいですか?」
 佐介はていねいにそう言った。
「ああいいよ」
 佐介はポケットのボイスレコーダーのスイッチを押した。

「今思えば、あれだったんかな・・・」
 田所は記憶を確かめるように言った。
「何かあったんですか?」
「金曜の夜中、暑かったんで目が覚めちまって窓を開けた。もう土曜になってたかな。
 ここの公園に車が停まってて、しばらくしたら男が来た。
 ホレ、アンタの車の辺りだ・・・」
 田所はふりかえって駐車場に停まっている佐介の車を示した。駐車場の外灯にも周囲の外灯にも防犯カメラらしき物は無い。

「車から女が降りてきて、男に酒のビンらしいのを渡したら、男が直接そのビンから飲んでた。その後、ペットボトルらしいのも飲んでた」
「二人で?」
「酒らしいのは二人でだ。ペットボトルは男だけだった」
「夜なのに、よくわかりましたね」
「駐車場の外灯の下だったし、家からよく見える場所だからな。
 野鳥の観察が趣味でね・・・」
 男はまたふりかえってひときわ高い家を示し、双眼鏡を見る仕草をした。
「警察に話したんですか?」
「いや、話してねえよ。遺体を見つけたときはたまげてて、そんなことはすっかり忘れてたさ。今、訊かれて思いだしたんだ。それに、めんどうなことは嫌いでね」
「もし、このことを警察に話してほしいと言ったら」
「ゴメンだぜ。断るよ。新聞記者は情報源を他人に明かさないんだろう?」
 田所は自分の言葉を確かめるように佐介を見ている。
「ええ、そうですよ。
 もし、事件が殺人事件なら、田所さんがそれを解いたことになりますよ。
 表彰ものかも知れませんね」
 佐介はまじめにそう言った。
「そんなこと言って、おだててもだめだぜ・・・」
 田所は苦笑している。

「女の人はこの人でしたか?」
 佐介は携帯の画像を開いた。
「写真は見なくても特徴は憶えてる。パンダみてえな顔だったな。身体も尻がでかめでコロコロした感じかな。ああ、この人だ・・・」
 田所は佐介が見せた尾田ノリコの画像を目撃した女だと認めた。もう一枚の画像に、
「男はわからねえ。メガネが外灯を反射して顔が見えなかったんだ。背は女と同じくらいだった。小柄で小太りってヤツさ」
「どれくらい話してました」
「さあ、わからねえな。部屋の空気を入れ換えて窓を閉めたから、見てたのは十分くらいだったと思う。その間、男は酒らしいのとお茶らしいのを交互に飲んでた」
「立ち去るのは見てないんですか」
「ああ、二人がいる間に窓閉めて寝たよ」
「ありがとうございます。
 今の話、警察に話していいですね。あなたの名前は録音されてません」
 佐介の言葉に、田所は、録音中に佐介が田所の名を呼ばなかったことに気づいた。
「アンタ、気つかったな。俺の名が出なけりゃ、話していいぜ。
 そうさな。なんかあったら連絡してくれるかい。アンタを気に入ったぜ」
 田所は佐介に携帯の番号を伝えた。佐介も田所に番号を教えた。
「それでは、気をつけて釣ってください」
「アンタも気をつけてな。あのパンダが犯人だベ」
 田所はそう言って笑った。取材の礼を言っておじぎする佐介に、田所は手をふって川辺へ歩いた。

 車にもどった佐介は、真理に田所の話を説明した。
「貴重な情報だな・・・。物証があるかな」
 真理は車の窓越しに、周囲を見ている。二人がいたのはあの外灯のちかくだ・・・。
「探しててみるベ・・・二十五日から五日目だ。ここは公園だ。日々清掃されてる。何か証拠になる物が残っている可能性は薄いぞ・・・」
 そう言いながら、真理は車を降りた。

 二人は二時間ほど探した。
 外灯の支柱の根元の草むらの中から、多数のアルミのキャップとペットボトルのキャップを見つけた。
「ボイスレコーダーとこれらを野本刑事に渡して、指紋と薬物を調べてもらおう」
 佐介は運転席に乗りこんだ。助手席の真理はキャップが詰まった透明な袋を持ったまま、この中に指紋と薬物の痕跡があれば、確実に物的証拠になると思った。
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