二十一 夜の訪問者

文字数 2,658文字

 五月二十九日、火曜、午前。
「久々に天野さん夫婦が掃除に帰ってきたと思ったら、ご主人大変だったよね。
 奧さん、まだ実家に居るんだね」
 田中祥代が真理の質問にそう答えた。佐介たちは田中祥代の家の座敷に通されている。ここから尾田ノリコの家のレースのカーテンがよく見える。尾田ノリコの家はS川に近い小梅町にある。
「奧さんは家にいなかったんですか」
 真理は田中祥代に質問した。
「結婚して出産してからずっと実家でしょう。週に一回くらい夫婦で掃除に来てたわよね」
 田中祥代は座卓にむかってお茶を飲み、ノリコの家を指さした。
 尾田ノリコの実家はD市にある。尾田ノリコは現在、実家の両親に子どもを預け、D市の実家からここR市に通い、炉端焼き・里子を切り盛りしている。

「二十日すぎは、天野さんは家に居たんですか?」
 佐介はノリコの家を指さした。居間のレースのカーテンが見えるが中は見えない。
「二十一日の夜、電気がついてたわね。亡くなる土曜までずっとよ。
 二十一日は奧さんも居たみたい・・・・」と田中祥代。 
「家の灯りを点けっぱなしにしてたとは考えられないですか?」
 佐介は、実際に天野四郎が家に居たかどうか気になった。
「それはないわ。室内の天野さんがここから見えたもの。奧さんも」
 メガネをかけている田中祥代は目がいいと言いたいらしい。
「奧さんがどれくらい居たかわかりますか?」と真理。
「最初の日だけね。あとは天野さんの影しか見えなかったわ。
 ほら、居間のカーテン、レースだから夜はよく見えるのよ。遮光カーテンを閉めないみたい」
 田中祥代は下がってきたメガネを押し上げながらノリコの家を見ている。
「くわしいんですね」と佐介。
「越してきたとき、奧さんが会食会を開いたから中に入ったわ。きれいにしてた」
 田中祥代は何か思いたしたらしくメガネを外して涙ぐんだ。

「誰か訪ねてきた様子はありましたか」
 佐介の質問に、
「亡くなる二日前、二十五日金曜だったかしら。車が来て、しばらくして出てったわ。
 夜よ。そのとき、天野さんの家の電気は点かなかったわ」
 田中祥代は涙を拭いてメガネをかけた。
「二十一日に天野さん夫婦がもどってきたとき、駐車場に車があったんですか?」
 と真理。天野四郎の車は、天野が行方不明になる前から、天野の自宅の駐車場に停まったままだ。
「ええ、夜に車が来て、翌日はなかったわ。朝、出かけてたんでしょうね。
 それ以後、車を確認してないわ」
 田中祥代は、天野四郎が車のセールスをしているとノリコから説明されていた。
「私たちの他に、誰か天野さんのことを訊きに来ましたか?」と佐介。
「ええ、昨日、警察の人が来たわ。今、話したことと同じことを訊かれたので話したわ」
 佐介は、田中祥代が何か重要なことを記憶しているように感じた。

「金曜の夜に車が来たとき、降りてきた人は、ふたたび乗りこんだ人と同じでしたか?」
「ああ、そうね。警察には話さなかったけど、ええ、同じでしたよ。
 暗くて顔はわからなかったわ。でも若い感じの男の人でした」と田中祥代。
「どうして若い人が降りて、ふたたびその人が車に乗ったことがわかったんですか?
 防犯カメラがあったんですか?」
 と真理。
「あの家にそんな気の利いた物なんかないわよ。
 あなたを見てたら、あの時の人は天野さんと体型がちがうって、今、気づいたのよ。
 それに、天野さんより背が高かったような気がするわ。
 あなたよりは低いけど、体型があなたに似てるのよ・・・」
 田中祥代は佐介の身体を上から下まで見つめている。佐介の身体はラクビーで鍛えた体型だ。佐介のような長身なラガーマン体型の持主はあまりいない。
「わかりました。他に気づいたことは?」
 佐介は田中祥代にほほえんだ。
「他には・・・、ないわね・・・」
 ゴメンねと言いながら、田中祥代は座卓のお茶をいれかえた。
 佐介は困ったなと思った。ラガーマン体型の、佐介より背が低くて若い男で、天野四郎の知り合いは一人しかいない。田村だ・・・。

「突然おじゃまして、すみませんでした。
 この辺は静かですね・・・」
 真理が話題を変えた。
「ええ、でも、最近は宅地化が進んで、どんどん知らない人たちが増えてねえ。
 天野さんたちのように、引っ越しのあいさつに見える人は少なくなりましたね・・・。
 天野さん、事故だったんでしょう?」
 田中祥代がまた涙ぐんでいる。
「おそらくそうだと思いますよ」
 真理がさりげなく言い、
「それではおいとましましょう。
 いろいろ、ありがとうございました」
 ていねいに頭をさげた。

 外まで出て車を見送る田中祥代に手をふり、佐介は車を発進した。
「まいったな・・・」
 車が田中祥代の家の敷地から車道へ出ると、佐介はそうつぶやいた。田中祥代の目撃証言から田村省吾が容疑者に浮かんだのである。
「仕方ねえべさ。R署へ行くんか?」
 助手席で真理が佐介を見ている。
「その前に田村に確認をした方がいいな」
 佐介は小梅町のコンビニの駐車場に車を停めた。田村が授業中の可能性もある。通話はできない。佐介は田村の携帯に、
『いろいろ話したい。会える時間を教えて欲しい』
 とメールした。すぐさま田村から返信があり、
『婚約者の明美に話しておくから、家庭教師が終る、午後八時以降に自宅に来てほしい』
 と自宅の住所を知らせてきた。昨日も田村は、『天野の元妻との話し合いの後に家庭教師先へ行った』とメールしてきている。

 佐介は田村に了解した旨を連絡し助手席の真理を見た。
「天野四郎が自分で薬を飲んだと思うか?」
 天野四郎が亡くなってメリットがあるのはノリコだ。天野四郎が薬物を飲んだ経緯は何だったんだろうと真理は思った。
「木村さんの話からはそんなこと考えられない。
 もしかしたら、天野四郎は、他の誰かに恨まれてたんじゃないのか?」
 我々は思い違いしているかも知れないと佐介は思った。天野四郎が誰かに恨まれていれば、誰も知らないところで薬を飲まされた可能性がある・・・。誰がそんなことをするだろう・・・。
「天野四郎はどうやって店を手に入れたんだろう」と真理。
「木村さんに訊いてみる」
 佐介は木村の携帯に連絡した。
「飛田です。昨日はありがとうございます。忙しいところすみません。
 天野さんが店を経営するにあたり、何か変ったことはありませんでしたか?」
「昨夜、俺もそのことが気になって、眠れなかったんだよ。
 もしよければ、これから、店に来てくれるかい?」
「わかりました」
 佐介は通話を切って車を発進した。
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