二十 疑惑一

文字数 1,593文字

 五月二十八日、月曜、夜。
 夕食後。
 入浴しながら明美は、天野四郎が誰から筋弛緩剤を入手したか考えた。元妻とノリコの交渉からもどった田村の話から、みどりは容疑者から消えた。そして、また田村の行動に疑問が湧いた。
 省吾は薬を二錠、新たに作った薬と比較するために使ったと言ったけど、検査機器で使う試料は微量だ。一錠で足りる。検査機器の調子を見るなら、新たに作った薬を使って機器の様子を見て薬のデータをとり、そして処方された微量の薬と比較すれば、処方された薬は一錠ですむ。二錠使う必要はない。明らかに省吾は理屈に合わない説明をしている。
 そして、省吾の作った薬が処方された薬と同じなら、作った薬を天野四郎に飲ませた可能性がある。
 だけど、省吾が天野四郎に薬を飲ませる理由はないはずだ。天野四郎に頼まれて薬を与えたのだろうか・・・。そう思いながら、明美は浴槽から出た。

「とんだ休日だったね?どうした?」
 田村が、パジャマ姿で座卓にむかっている明美の前にお茶を置いた。
「なんで天野さんは薬を飲んだんだろう・・・」
 明美の頭の中は田村に対する疑問だけで他のことは思いつかなかった。
「みんな、肝心なことを忘れてる」
 お茶を飲みながら田村がそう言った。
「何なの?」
 明美は、田村の頭の中を見れたら苦労しないだろうなと思いながら田村を見つめた。
「最も得をしたのは尾田ノリコだろう・・・」

 天野四郎の二人の実子の親権は、天野四郎の兄と尾田ノリコが持っている。
 すでに弁護士が天野四郎の兄と交渉して、天野四郎と元妻との実子が二十歳までの、残り十四年間の養育費を支払い、その後は二十歳になった実子が店の相続をどう判断するかで店の経営権について折合いがついている。
 それが天野四郎の遺言だと田村は弁護士から聞いている。現在、実質的には尾田ノリコが店のオーナーだ。

「容疑者はノリコなの?」
 明美は田村を見た。省吾は事件と無関係か・・・。
「わからない。でも、最も得をしたのはノリコだ・・・」
 田村は何か考えている。
「そうだね・・・。
 九時すぎたね。早いけど、いろいろあったからもう寝るね」
 天野四郎に薬を飲ませたのがノリコなら、ノリコはどこから薬を手に入れたのだろう。元妻の再婚相手か?ノリコは元妻を知らない。再婚相手はありえない。セツコの兄か?ノリコとセツコの接点はないからこれもありえない。
 残るのはノリコと接点がある省吾だ。ノリコが省吾から薬を手に入れた可能性はおおいにある・・・。そう思う明美は田村と話したくなかった。何かする気にもなれなかった。冷えたおを飲み、トイレをすませてベッドに入った。
「おやすみなさい」
「おやすみ・・・。
 明日の準備があるから、俺は風呂に入ってからしばらく起きてるよ」
 田村は着換えを持って浴室へ行った。寝室の襖はいつものように開いたままだ。寝室に明りが射しこんでも気にならない。特に今は明るい方が省吾が何をしているかわかって気が楽だ。そう思いながら明美は眠りに落ちた。

 田村の話し声で明美の目が覚めた。もうすぐ二時になる。
「いや、そんなこと聞いたことないですね・・・。
 はい・・・。四錠残ってますよ・・・・。
 あれは実験で確かめただけです。生成物は廃棄しました。係官が確認してますよ・・・。
 なんだ。確認してるんですね。人が悪いですよ。それではおやすみなさい・・・」
「どうしたの?」
 明美はベッドから田村に訊いた。
「警察が筋弛緩剤の確認をしてきた。大学で合成した薬もだ。あのビンの中身は廃棄処分した。大学の係官も確認している。なにも心配ない」
 田村は机に座ったまま明美に背をむけて棚の上を示した。明美は棚の上を見た。蓋が開いた箱がのっている。
「そうなの・・・。おやすみなさい・・・」
 ふたたび、明美は眠りに落ちた・・・。何かが入れ代っていた。何だろう・・・。
 明美は夢を見ていた。
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