十三 セツコ

文字数 1,617文字

 五月二十八日、月曜、午前。
「久しぶりだな。緊急と言うから跳んできたんだぞ」
 信州信濃通信新聞社の記者、飛田佐介と真理の夫婦は休暇を取って、T市の幼なじみ小畑セツコの実家に居る。
「遺体が見つかったんだってな?確認に行かなくっていいんか?」
 真理は小畑セツコの様子をうかがった。やつれた印象はセツコから感じられない。腫れぼったいまぶたはいつもセツコだ。
「今さら行ったってしたかないわ。籍を入れてたわけじゃないし」
 セツコは妙におちついている。居直っているみたいだ。
「そうなんか・・・」
 真理はセツコから離婚すると聞いていた。結婚したと思っていたが、セツコは天野四郎と同棲していただけだった。
「それで、どうしたいんだ?」
 真理はセツコを見た。
「天野は自殺なんかじゃないわ。殺されたのよ。犯人を捜して。お願い・・・」
 セツコの顔は泣きそうになっているが、声はハッキリしている。
「警察が探すべさ」と真理。
「酒の匂いをプンプンさせて事故現場に現れるような警察は、あてになんないわ・・・」
 記憶を確かめるようにセツコが言った。
「そんなこと、あったんか?」と真理。
「うん・・・」
 セツコはうつむいた。
「そしたら、これまでのことを知ってるかぎり話してな」
 真理はやさしい笑顔をセツコにむけた。
「わかったわ・・・」
 セツコは、これまでの天野四郎の行動を、知っているかぎり話した。

「そんなら店の女も元妻も天野さんを殺すメリットねえな。殺したら困ることばっかだベ」
 真理はそう言いながら、本当にそうだろうかと思った。天野四郎が死んだら困ると思っていても、何かのきっかけで怪我を負わせることがある。そして、その怪我が原因で死に至る場合もあるはずだ。メリットだけで殺害動機は語れない。
「日頃の天野さんの行動はどうだったん?」
 真理はセツコが語った天野四郎の行動を再確認した。セツコは天野四郎の日課を説明した。

 午前中。天野四郎はセツコが居る錦糸町の自宅を出て、末広町のスナック・ルナの上の階のかほるの家へ行く。現在、かほるは炉端焼き・里子からスナック・ルナへ移動し、スナック・ルナの店長だ。
 午後三時。かほるの家から下の階のスナック・ルナへかほるとともに出る。
 午後四時。本町三丁目の炉端焼き・里子へ行く。
 午後五時。本町二丁目のスナック・スターゲートで午後十一時まで仕事だ。
 午後十一時。店を閉め、まっすぐ錦糸町の自宅へ帰宅する。
 セツコが語った天野四郎は、毎日規則的に三軒の店を行き来していた。

「店の休みはいつだ?」と真理。
「年中無休。スタッフは定期的に休んでるけど、天野に休みがなかったわ」
「休み無しなら疲れるべ・・・」と真理。
 佐介は何も言わずに二人の会話を聞いていた。

 午前中のTVニュースで、天野四郎は解剖されると報道された。
 死因が何か、今は解剖結果を待つしかない。
 セツコが知っている天野四郎の足取りは四月半ばまでだ。ひと月以上前の状況では何も判断できないだろう。現場へ行くしかないがセツコに案内させるわけにはゆかない。セツコは天野四郎が死亡するひと月以上前に別れている。本人が天野四郎の関係筋に顔を出せば、セツコの存在が疑われる。
 セツコの説明を聞くかぎり、セツコが顔を合わせたのは、天野四郎の友人で電気店の木村と、天野四郎の実母と、前妻の間の実子だけだ。今回の事件で警察の捜査にセツコの存在は浮かんでいないらしい。

 正午のニュースで、天野四郎の事件が報道された。
 解剖の結果、死因は急性の心停止で体内から薬物とアルコールが見つかっていた。溺死ではなかった。M県R署は自殺と事件の両面で捜査する方針を述べている。
「ねっ、自殺なんかじゃないわ!」
 セツコが毅然として言った。しかし、天野四郎が薬物と酒を飲んで入水した可能性もある。無理に飲まされて川に遺棄された可能性もある。まだ死因について推測の域にとどまるだけで、何も語れないと佐介は思った。
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