十八 尾田ノリコ

文字数 1,323文字

 五月二十八日、月曜、午後。
 炉端焼き・里子で、尾田ノリコを取材している佐介の携帯が鳴った。
「飛田です・・・。
 はい・・・・。
 今、炉端焼き・里子にいます。ノリコさんに会ってます・・・・。
 わかりました・・・・。
 ノリコさん、木村さんが電話を代ってほしいと言ってます」
 木村から説明を聞き、佐介は携帯をノリコに渡した。

「ああ。ノリちゃん。そっちへ行ってる記者の飛田さんは、田村君の知り合いだ。信頼できる人だから、知ってることを全部話してくれ。
 特に元妻のことを知ってたら、話してくれ」
 ノリコが通話に出ると木村はそう言った。
「わかったよ。ちょっとまってね。
 飛田さんは田村君の知り合いなんですか?」
 ノリコは佐介を見つめた。
「実家がこっちです。田村は高校の後輩です」
「わかりました。
 木村さん、知ってること話すね。遺言状の時、同席してもらうのはどうだろう?」
 ノリコは思いついてそう言った。交渉は人数が多い方が精神的に有利だ・・・。
「そうしてもらったほうがいいね」と木村。
「じゃあ、そうするわ。また連絡するね。飛田さんに代るね」
 ノリコは携帯を佐介に返した。

「木村さん。ありがとうございます」
 佐介は木村に礼を言って通話を切った。佐介はノリコに笑顔を見せた。
「みなさんは田村の知り合いだったんですね。
 田村とはどう言う関係ですか?」と佐介。
「馴染みの店のお客です。学生たちの飲み会でずいぶん店を使ってもらいました」

「木村さんは、天野さんが元妻の所に居た可能性があると言ってました。
 元妻のことで何か聞いていますか?」
「正直言って、何も知らないです。
 天野の葬儀があるから、できるだけ早く元妻と話し合いの場を設定します。
 時間が決ったら連絡します。
 ふたりとも同席してください。必ず来てください。
 田村君も同席するはずです」
 ノリコは腹をくくった。
 元妻みどりにも天野の実子がいる。私の子が店を相続して、私が店の経営権を得るには、みどりの子に法定相続相応分の金額を支払わねばならない。どのように支払うかまだ不明だ。多額になるのが予想される。何とかして支払わなくてすむ方法はないものか・・・。

 真理はノリコが何かを決意してのを感じた。
「話し合いの日時の連絡待ってる。気を落すんじゃねえよ
「連絡します。同席してください」
 ノリコは炉端焼き・里子の客席から立ちあがって深々と頭をさげた。
 佐介たちは取材の礼を言い、炉端焼き・里子を出た。

 炉端焼き・里子の駐車場で車に乗った。
「ホテルへもどるべ・・・」
 真理がそう言い、佐介は車を末広町ホテルへ走らせた。ホテルの近くに天野四郎のスナック・ルナがある。
 車中、真理は、ノリコは容疑者ではない、と思った。相続を考えれば、天野が亡くなって子どもが相続する税金など、ノリコの負担が増えるだけだ。では衝動的に殺した可能性はあるか?それもない。ノリコに薬物関係の知り合いはいない。ノリコに筋弛緩剤の入手は困難だ。天野四郎の葬儀をしようと思っているノリコを考えても、ノリコは容疑者から外れるだろう。
「残るは元妻と、セツコの兄だな・・・」
 真理がつぶやいた。佐介と真理はセツコの兄が製薬会社の営業をしているのを知っている。
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