六 母の病室

文字数 1,790文字

 九月半ばすぎ、土曜日、午後。
 田村と明美は、明美が務める県立病院の母親の病室にいた。

「再来年の春、卒業したら、明美と結婚する。就職は地元にするよ」
 田村は明美の母・昌江の手をさすりながら伝えた。
「省ちゃん、まじめね。あなたが決めた日ならいつでもいいよ」
 昌江は笑顔で明美と田村を見ている。昌江の容姿は明美と似ている。ちょっ垂れた大きな目で鼻筋が通り、口元がかわいい。姿勢が良く、笑うとかわいいアルパカが笑っているようだ。昌江と明美はよく似ている・・・。
「自分の好きなようにしてるだけだよ・・・」
 俺は自分のしたいようにしているだけだと田村は思った。守りたい者を守り、助けたい者を助ける。無理はしない。自分ができる範囲で行動している。守りたい者の中心に明美がいる。そして母の昌江がいる。実家の両親には兄夫婦がついている。田村はそう思っている。明美は田村のそうした考えを理解している。

 田村は話を変えた。
「あの炉端焼き・里子の雇われ経営者が、来月十月半ば、結婚することになったんだ。披露宴に出てほしいと言われてる」
 そう言いながら、どうせ偽装結婚式だと田村は思った。
 天野四郎は尾田ノリコと結婚する気はない。ノリコも形だけの式を挙げ、
『結婚後に離婚して、子どもを生んだ』
 と言う気だろう。表向きは離婚のシングルマザー。実体は未婚の母だ・・・。

「明美がアルバイトしてた成田不動産の系列の店ね。二人で出るの?」
 昌江が目を細め窓辺の明美を見ている。陽が西へ傾いて陽射しが眩しそうだ。田村は昌江が眩しくないようにレースのカーテンを引いた。
 明美が笑顔で言う。
「私は出ないの。看護師の仕事って変則勤務でしょう。日程が合わないんだよね」
 金の亡者や、冗談ばかりの人や、人を使う欲だけの人々とは馬が合わない。バイト先だった人たちとは顔を合わせたくない・・・。何のための結婚式かわかっている。事実を隠していること自体を許せない・・・。明美はそう判断していた。明美らしい判断に田村も納得している。

「青山さんが開いた店は繁盛してるの?」
 昌江がブルーマウンテンのことを訊いた。
「最近、景気が落ちこんできたでしょう。客が減ってきて・・・・」
 明美は、聞きかじりだけど、と言いながら説明した。

「成田不動産の資金繰りがあやしくなってきたらしいよ。青山さん、銀行から借金して不動産投資して、成田不動産の援助で店をオープンしたんだよ。成田不動産の子会社のようなもんよ。
 成田不動産も銀行から借金して土地を買い上げて転売するから、売れなければ借入金を返せない。借入金の金利は請求される。
 成田不動産に投資してた青山さんも、銀行へ金利を払えなくなったらしいよ。自宅とブルーマウンテンが、借金の担保なんだって」
 明美は青山和宣がどうなるのか気になった。

 田村は嫌な予感がした。客に対してブルマンは瞬時に冗談を返すがほとんど閃きだ。彼に土地取引や金融取引に関する知識があるとは思えない。土地取引や金融取引に関する知識を身につけるほど彼が理知的かと問われたら、そうではないと答える。欲だけは山師で知識欲については怠惰が青山和宣の実体だ・・・。田村はそう感じていた。
 明美も田村から青山の性格は聞かされている。
「先が見えてくるね・・・」
 明美は、担保物権を銀行に押さえられて路頭に迷う青山を想像している。
 昌江はブルーマウンテンの店そのものに興味があるだけで、成田不動産との関係には関心なさそうだった。

 田村は話を変えた。
「このあと、お寺へ行って、久しぶりに明美と映画を見に行くんだ。
 どっちも夕方からだから時間はあるよ」
 明美の父、原田壮一の菩提寺に原田家の墓がある。
「ありがとうね。お父さんも喜ぶわ。
 いろいろ気づかいも大切だけど、二人の時間を大切にするのよ。
 昨日、省ちゃんのご両親が来たわ。省ちゃんをよろしくと頼まれた。
 両親のこと、最初に話そうと思ったのに、明美のバイト先の話になって・・・。
 二人ともあなたに会わないで帰ると言ってた。信頼してるからって。
 あなた、田村のご両親に似たのね・・・」
 昌江はしみじみとそう言い、田村を気遣ってそ、れ以上、田村の両親の話をせずにいた。

 やはり明美の性格は、母親の昌江に似たんだ・・・。歳をとれば、明美は母親のようになるのだろう・・・。田村は昌江の気遣いに気づいていた。
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