二十三 長身の男

文字数 1,722文字

 五月二十九日、火曜、夜。
 午後八時前。佐介たちは本町一丁目の田村家に着いた。田村家の駐車場に車を停め、玄関のドアをノックした。
「こんばんは、飛田です」
 ドアが開き、
「いらっしゃいませ。
 田村から聞いてます。もうすぐもどりますから。上がってお待ちください」
 明美は佐介たちを居間へ通した。
「夜におじゃましてすみません」
 座卓にお茶が出されると佐介は訊く。
「早速ですが、田村が帰るまで、いくつか質問していいですか?」
「ええ、どうぞ」
 薬のことを訊かれたらどうしよう。明美は何を質問されるか不安だった。

「二十五日の金曜の夜、田村は家にいましたか?」
 佐介の質問に明美はほっとした。
「ええ、いました。いつものように家庭教師から八時すぎに帰って入浴し、十一時にはベッドに入りました。それが何か?」
「大学はいつも忙しいんですか?」と真理。
「夕方六時から八時まで家庭教師があるから、月曜から土曜までそういう毎日です」
 田村は月曜から土曜の、午後六時から八時まで、三軒の家庭教師をしている。
「省吾、今日は帰りが遅いわ。バス停まで行ってみますね」
 明美がその場を立とうとした。
「いや、俺が行って来ます」と佐介。
「省吾がわかりますか?」
 明美が佐介を見つめている。
「だいじょうぶです。田村の見わけはつきますよ」
 そう言って佐介は家を出た。バス停まで歩いて十分くらいだ。途中で田村と出会うかも知れない。佐介はバス停へ歩いた。なぜか気がせく・・・。

 バス停に長身な男が立っていた。佐介は電柱の陰で立ち止まって男を見た。なんとなく自分の姿を見ているような気がする。男は手に何かを持っていた。缶だ・・・。
 バスが停まった。田村が降りてきた。男は田村に近づいて何か話し、持っている缶のプルトップを引いて、缶を一つ田村に渡した。もう一つを自分の口へ持ってゆく。
 田村が何か話しながら飲み物を口へ近づけた。

「飲むな!田村!」
 佐介は大声で言い、二人に走り寄った。二人は驚いて佐介を見た。その時、田村が佐介に気づき、
「もう来てたんですか」
 と言って、いっきに飲み物を飲んだ。
「なんで飲むんだ!」
 佐介は驚いたまま田村を見つめた。長身の男も缶の飲み物を飲んでいる。
「どうしたんです?」
 田村が驚いている。
「その缶の中身は何だ?薬が入ってるんじゃないのか?」
「ブラックコーヒーしか入ってませんよ」
 男は佐介を見て笑った。。
「プルトップを引いたのは一回だけだったぞ」
 佐介が見たかぎり、男は二個の缶コーヒーを左手に持ったまま、一度しかプルトップを引かなかった。一個の缶は最初から開いていた可能性がある。

「ああ、そんなことですか。手が大きいんで、一度に二つ、プルトップを引けるんです」
 男は左手に田村から缶を受けとり、二個の缶を左手で持ち、右手の人差指と中指で、二個のプルトップを一度に開ける仕草をした。
「僕は戸田雄一と言います。大学では田村の実験パートナーです。新聞記者が来ると言うから、例の薬の件を説明するのに呼び出だされたんです。
 バスケットボールをしてます。手が大きいんです」 
「そうか・・・。すまなかった・・・。
 明美さんが、田村の帰りが遅いと心配してたから、見に来たんだ」
 佐介は勘違いをわびた。
「佐介さんのあわてぶりで、何となく事件の様子が見えてきました・・・」
 田村は歩きながら、戸田雄一を見て説明した。
「戸田は青山和志と身長も体型も似てるんで、良くかんちがいされるんです。青山も同じ合成化学科だから、なおさら、まちがわれる機会が多いです」

「単刀直入に訊くぞ。筋弛緩剤を作って、それを完全に廃棄したんだな?」と佐介。
「警察で聞いたんですね。天野さんの元妻と話し合いをする前に、化学実験材料管理官に話して、材料と生成物の質量を確認してもらい、処分しました。そのこともあって実験のパートナーの戸田に来てもらったんです」
 田村の話に嘘はなさそうだと佐介は思った。田村の家が見えてきた。
「青山和志はラグビーをしてるのか?」
「三年までしてました。四年だから、もうしてません。
 明美!ただいま!」
 田村は玄関のドアを開け、
「どうぞ中へ入ってください」
 佐介と戸田雄一を居間へ招いた。
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