十五 佐介
文字数 2,246文字
午後。
少し開けた窓の隙間からヒバリの鳴き声が聞える。R市は田舎だが毎年のように宅地が増えて耕作地が減少し野鳥が少なくなっている。ヒバリの鳴き声が聞えるのは珍しい。
ヒバリはおもしろい野鳥だ。巣にもどるときは巣から離れたところに着地し、天敵に見つからないよう隠れて巣へもどる。しかし、飛びたつときは巣から直接離陸する。天敵を警戒するのは着陸の時だけだ。こんな手抜かりをすると、いつか巣を襲われる・・・。
田村は寝ころんだままそんなことを思い、ヒバリの鳴き声がする空を見つめた。
「ヒバリだね・・・」
鳴き声に気づき、座卓にお茶を置いた明美は、窓の隙間から青空を見た。
何年も空を見たことがなかったが、省吾と暮すようになって、青空や夕焼けや星空、月などよく空を見るようになった。省吾は、空を見るといろんなことを想像できると言った。たしかに空を見ると日頃気づかないことに気づいたり、思わぬ閃きがある。省吾もそうした閃きから、あの薬を作ったのだろうか・・・。
明美の疑問に気づいたらしく、
「薬を作ったのは、ネットの内容が事実かどうか、確かめたかっただけだ・・・」
田村がそうつぶやいた。
「うまく作れたけど、処分に困ったということなの?」
田村がそう思っていることを願って、明美は田村の言葉を推測し、そう話した。
「うん。捨てるのは惜しい。かといって今は使う必要が無い。だから保管した」
そう言いながら田村は寝転んだまま空を見ている。
「病院で処方された薬はどうしたの?」
明美は、寝転んでいる田村の顔をのぞきこんだ。
「いつも持ってるよ。お守り代わりさ」
田村が起きあがった。キッチンテーブルの椅子にかけてあるジャケットの内ポケットから四錠の薬が入っているピルケースを取りだした。明美が与えたケースだった。
「最後の診察を受けた日に一錠飲んだから、全部で八錠飲んだ。
作った薬とこれをガスクロで比較するのに二錠使ったよ・・・」
田村は本棚の上の箱とピルケースを示し、ピルケースを座卓に置いてお茶の茶碗を取っている。
「危ないことしないでね。あなたに何かあったら、私、生きてゆけない・・・」
明美の口から思わぬ言葉が出た。この気持は本当だろうか。私はつい先ほどまで天野四郎の死に省吾が関係していると疑っていた。省吾の話を聞いてそれが少し薄らいだだけだ。今はこれ以上のことを訊けない・・・。
「天野さんの事件、ニュースでやってるかな・・・」
田村がテレビのスイッチを入れた。午後のニュース番組を見ると、R署の記者会見が報道されている。
「あれ、この人、佐介さんだ・・・・」
田村は報道陣の中に、高校のラグビー部のOB、飛田佐介を見つけた。
たしか佐介さんはN県N市のS大を出て、新聞記者になったと聞いてる。なんでR市の事件を追っているんだろう・・・。
「どうしたの?知り合いがいたの?」
明美はテレビから田村へ視線を移した。
「ああ、高校のOBだ。新聞記者だ」
田村がテレビを見たままつぶやいた。緊張しているみたいだ。
「天野さんのこと聞けるといいね」と明美
「でも、知らない方が考えこまなくてすむ場合もある・・・」
田村がそう話す間に、R署署員が遺体解剖結果について話しはじめた。
R署の会見場で担当署員が説明する。
「死亡推定時刻は二十五日金曜から二十六日土曜未明と思われます。
遺体解剖の結果、体内からアルコールと筋弛緩剤が見つかりました。
この薬と似た某製薬会社の薬の製法に関する情報が、先月、製薬会社のホームページ上から流出しましたが、ただちに消去されました。
また、携帯の着信履歴は二十五日の午後十一時まで有りますが発信履歴は二十一日以降ありません。本人の車は二十日から自宅の駐車場に停まったままです・・・」
「では、流出した情報によって薬が作られて使用されたと言うことですか?」
と記者が質問した。
「そうではありません。使われた薬について説明しているだけです」と署員。
「薬の流れを捜査する予定ですか?」
「そのつもりですが、医療機関には守秘義務があります。
また薬の流れが広範囲の場合もありますから、薬の流れを追うのは困難が伴うでしょう」
R署は、事件を自殺や単なる事故死として終わりにしたかったが、体内から薬物が出たため、仕方なく記者会見に臨んだように見受けられた。
「発表は以上です」と署員。
体内から薬物が出た。事故死でない可能性もある。R署の署員は困った様子で会見している。いったん消えたかかった不安が、明美の中でふたたび芽生えた。
やっぱり、省吾が使っていた薬が天野四郎の死に関係していた・・・。病院から処方された薬の数が合っていても、箱から薬を出して使ったら、なんとでも言い逃れできる。疑えば切りがない。でも、省吾の説明が真実なら何も問題はない。やっぱり、信じよう・・・。
明美がそう思っていると、田村の携帯が鳴った。
田村はその場で通話に出た。
「ああ、木村さん。どうしたんですか?」
明美は田村の表情が硬くなったような気がした。
「・・・わかりました」
困った様子で田村が通話を切った。
「天野さんの知り合いの電気店の木村さんからだ。天野さんのことで話したいから車で迎えに来ると言うんだ。おそらく葬儀のことだと思う。会ってくるよ。夕方までに帰るよ」
田村がそう言っている間に、駐車場に車が停まる音がした。ドアの閉じる音が聞え、玄関のドアが開き、
「田村君、いるかい?」
電気店の木村がずかずか室内に入ってきた。
少し開けた窓の隙間からヒバリの鳴き声が聞える。R市は田舎だが毎年のように宅地が増えて耕作地が減少し野鳥が少なくなっている。ヒバリの鳴き声が聞えるのは珍しい。
ヒバリはおもしろい野鳥だ。巣にもどるときは巣から離れたところに着地し、天敵に見つからないよう隠れて巣へもどる。しかし、飛びたつときは巣から直接離陸する。天敵を警戒するのは着陸の時だけだ。こんな手抜かりをすると、いつか巣を襲われる・・・。
田村は寝ころんだままそんなことを思い、ヒバリの鳴き声がする空を見つめた。
「ヒバリだね・・・」
鳴き声に気づき、座卓にお茶を置いた明美は、窓の隙間から青空を見た。
何年も空を見たことがなかったが、省吾と暮すようになって、青空や夕焼けや星空、月などよく空を見るようになった。省吾は、空を見るといろんなことを想像できると言った。たしかに空を見ると日頃気づかないことに気づいたり、思わぬ閃きがある。省吾もそうした閃きから、あの薬を作ったのだろうか・・・。
明美の疑問に気づいたらしく、
「薬を作ったのは、ネットの内容が事実かどうか、確かめたかっただけだ・・・」
田村がそうつぶやいた。
「うまく作れたけど、処分に困ったということなの?」
田村がそう思っていることを願って、明美は田村の言葉を推測し、そう話した。
「うん。捨てるのは惜しい。かといって今は使う必要が無い。だから保管した」
そう言いながら田村は寝転んだまま空を見ている。
「病院で処方された薬はどうしたの?」
明美は、寝転んでいる田村の顔をのぞきこんだ。
「いつも持ってるよ。お守り代わりさ」
田村が起きあがった。キッチンテーブルの椅子にかけてあるジャケットの内ポケットから四錠の薬が入っているピルケースを取りだした。明美が与えたケースだった。
「最後の診察を受けた日に一錠飲んだから、全部で八錠飲んだ。
作った薬とこれをガスクロで比較するのに二錠使ったよ・・・」
田村は本棚の上の箱とピルケースを示し、ピルケースを座卓に置いてお茶の茶碗を取っている。
「危ないことしないでね。あなたに何かあったら、私、生きてゆけない・・・」
明美の口から思わぬ言葉が出た。この気持は本当だろうか。私はつい先ほどまで天野四郎の死に省吾が関係していると疑っていた。省吾の話を聞いてそれが少し薄らいだだけだ。今はこれ以上のことを訊けない・・・。
「天野さんの事件、ニュースでやってるかな・・・」
田村がテレビのスイッチを入れた。午後のニュース番組を見ると、R署の記者会見が報道されている。
「あれ、この人、佐介さんだ・・・・」
田村は報道陣の中に、高校のラグビー部のOB、飛田佐介を見つけた。
たしか佐介さんはN県N市のS大を出て、新聞記者になったと聞いてる。なんでR市の事件を追っているんだろう・・・。
「どうしたの?知り合いがいたの?」
明美はテレビから田村へ視線を移した。
「ああ、高校のOBだ。新聞記者だ」
田村がテレビを見たままつぶやいた。緊張しているみたいだ。
「天野さんのこと聞けるといいね」と明美
「でも、知らない方が考えこまなくてすむ場合もある・・・」
田村がそう話す間に、R署署員が遺体解剖結果について話しはじめた。
R署の会見場で担当署員が説明する。
「死亡推定時刻は二十五日金曜から二十六日土曜未明と思われます。
遺体解剖の結果、体内からアルコールと筋弛緩剤が見つかりました。
この薬と似た某製薬会社の薬の製法に関する情報が、先月、製薬会社のホームページ上から流出しましたが、ただちに消去されました。
また、携帯の着信履歴は二十五日の午後十一時まで有りますが発信履歴は二十一日以降ありません。本人の車は二十日から自宅の駐車場に停まったままです・・・」
「では、流出した情報によって薬が作られて使用されたと言うことですか?」
と記者が質問した。
「そうではありません。使われた薬について説明しているだけです」と署員。
「薬の流れを捜査する予定ですか?」
「そのつもりですが、医療機関には守秘義務があります。
また薬の流れが広範囲の場合もありますから、薬の流れを追うのは困難が伴うでしょう」
R署は、事件を自殺や単なる事故死として終わりにしたかったが、体内から薬物が出たため、仕方なく記者会見に臨んだように見受けられた。
「発表は以上です」と署員。
体内から薬物が出た。事故死でない可能性もある。R署の署員は困った様子で会見している。いったん消えたかかった不安が、明美の中でふたたび芽生えた。
やっぱり、省吾が使っていた薬が天野四郎の死に関係していた・・・。病院から処方された薬の数が合っていても、箱から薬を出して使ったら、なんとでも言い逃れできる。疑えば切りがない。でも、省吾の説明が真実なら何も問題はない。やっぱり、信じよう・・・。
明美がそう思っていると、田村の携帯が鳴った。
田村はその場で通話に出た。
「ああ、木村さん。どうしたんですか?」
明美は田村の表情が硬くなったような気がした。
「・・・わかりました」
困った様子で田村が通話を切った。
「天野さんの知り合いの電気店の木村さんからだ。天野さんのことで話したいから車で迎えに来ると言うんだ。おそらく葬儀のことだと思う。会ってくるよ。夕方までに帰るよ」
田村がそう言っている間に、駐車場に車が停まる音がした。ドアの閉じる音が聞え、玄関のドアが開き、
「田村君、いるかい?」
電気店の木村がずかずか室内に入ってきた。