二十七 物的証拠

文字数 2,403文字

 五月三十日、水曜、夕刻。
 佐介たちはR署の小会議室で、ボイスレコーダーとキャップを野本刑事へ渡した。
「協力感謝します。でも、なぜここまで・・・」
 野本刑事はそう言って口を閉ざした。
「野本さん、小畑セツコを知ってますね」
 真理は意を決して言った。もうR署はセツコの存在も兄の職業も捜査ずみのはずだ。
「ええ、天野四郎の内縁の妻だった人ですね。調べはついてます。事件に無関係でした」
「彼女、私の幼なじみだ。天野さんのことを気にしてたから、少しでも協力できればと思って・・・」
 真理は里帰りのついでに取材していると言った。真理や佐介たちの地元でも、大麻に関係した筋弛緩剤を使った犯行が、佐伯刑事の迅速な判断で未然に防がれたことを話し、佐伯刑事との関係も明かした。

「ああ、あの事件のことですね。みなさん、佐伯特務官の親戚でしたか。
 民間の協力者というのはあなたたちでしたか」
 野本刑事は佐伯刑事のことを知っていた。佐伯特務官はここR署でも有名らしい。
「そのあたりは想像にまかせます。
 それでは、俺たちはスナック・スターゲートへ行って、ノリコの関係者に薬関係がいないか訊いてみます。店は開いていますか?」
 そう言って佐介は、R署が尾田ノリコの関係者を捜査しているか確かめた。
「店を切り盛りしてるのは尾田ノリコの知人だから、葬儀後に開店しているでしょう」
「野本さんのほうで、何かわかりましたか?」
「今のところ、薬に関係する者は浮かんでいません。尾田ノリコの関係者には、過去にドラッグに手を出した者がいますから、非合法な流れで薬を手に入れた可能性もあります。くれぐれも気づかれないようにしてください」
 佐介は長身だ。どこに居てもめだっている。野本刑事は佐介の体型を気にしたあと、声をひそめて言った。
「オフレコですよ。シュガーに聞いたと言って訊きだしてください」
「私が訊いてみるさ」
 真理がそう言った。

 夕刻。
 本町二丁目の駐車場に車を入れた。派手めな化粧の真理を連れて佐介は車を降りた。
 二人は本町通りに面したスナック・スターゲートのドアを開けた。明るく洒落た店の雰囲気に不釣り合いなドアベルがカウベルのような音をたてている。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの中から響く若い女の声に笑顔を返して真理と佐介はカウンターに座った。
「なあ、佐介、ハッパはだめだ。蛇行運転はすぐにバレんぞ」
 真理はそれらしく佐介に言った。
「ちっとくれえどうってことねえ。タバコとおんなじさ」
 佐介は声を低めて言った。
「何になさいますか?」
 女は真理に顔をむけたまま、真理と佐介を品定めするように目だけ動かしている。
「アメリカン二つ・・・」
 カウンターの女は大きめのカップにコーヒーを入れている。ブレンドをただ薄めているだけだろう・・・。
「最後のを使っちまってな・・・。ここに来たら、手に入るって聞いた。ホントか?」
「何のことですか?」
 真理の言葉にそう言い返した女の顔に笑いが浮かんでいる。
「シュガーから聞いたって言えばいいって聞いて来た・・・」
 やれやれ、ガセネタだったか、と真理がつぶやいた。
「マア、いろんなことを言う人がいますからね・・・」
 カウンターの中から女が真理に笑顔をむけている。
「他に何かご注文はありませんか?」
「晩飯前だ・・・。ビールくれ。摘まみはいらね」
 真理はつっけんどに言った。
 カウンターにビールとグラスが出ると真理は、
「アンタ、運転手。飲むんじゃないよ!ほれ、飲め!」
 と言って、自分のアメリカンを佐介の前へ押した。

 その後、ビールを二本を飲み、しばらくとりとめない話をし、
「さあ、けえるべ。会計、頼む」
 真理はこの程度の店としてはごく当たり前の料金を支払い、レシートを受けとった。
「良心的な値段だな・・・・」
「地域の信頼がモットーですから。ご用の節はご連絡ください」
 女はレジでレシートを示してそう言った。レシートの裏に何かメモがあった。真理はその場で見ずに佐介とともに店を出た。

 駐車場にもどると、レシートのメモを見て、佐介が言った。
「これ、URLだ・・・」
 薬物の非合法な販売組織のサイトかもしれない。今ここでアドレスのサイトを開くわけにはゆかない。サイト側は法の目から逃れるため、閲覧者を監視しているはずだ。
「野本刑事に渡そう。ここから先は私たちでは無理だべ」
 すぐさま佐介はR署へ向けて車を発進した。

 夜。
「これは医師や看護師や後援者が設立したNPO団体のものですね。麻薬などの依存症から抜けるためのグループホームです。
 そして、こっちは、依頼された鑑識と調査の結果です」
 R署刑事課で鑑識の係員は、野本刑事が佐介から受けとったアドレスのサイト情報と、サスケたちが見つけたボトルのキャップの鑑識結果と、調査結果を野本刑事に報告した。
 アドレスのサイトは裏サイトではなく、正式なサイトだった。
「そうか。ありがとう・・・」
 野本刑事は鑑識係員に礼を言い、鑑識結果に目を通した。
 バーボンのキャップとお茶のペットボトルのキャップに、天野四郎の指紋が残っており、お茶のキャップには天野四郎の体内から見つかった筋弛緩剤が残っていた。どちらのキャップにも、尾田ノリコの指紋はなかった。
 そして、ホームページで薬の製法を流出した某製薬会社の薬はここR市では使われていなかった。

 飛田佐介のボイスレコーダーの内容から推測し、二十五日金曜から二十六日土曜にかけて、天野四郎は小梅町の尾田ノリコの家から近い河川敷公園で筋弛緩剤の入ったお茶を飲んだ。その後、天野四郎はS川へ遺棄された・・・。あるいは自分でS川へ入った・・・。あるいは事故でS川へ落ちた・・・。
 田所の証言から、お茶を渡したのは尾田ノリコだ。しかし、尾田ノリコが薬をどこから手に入れたか、手がかりがなくなった・・・。
 野本刑事はそう思いながら飛田佐介に連絡した。
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