十六 取材

文字数 2,574文字

 五月二十八日、金曜、午後。
 R署の会見場で担当署員が説明する。
「死亡推定時刻は二十五日金曜から二十六日土曜未明と思われます。
 遺体解剖の結果、体内から筋弛緩剤が見つかりました。
 この薬と似た某製薬会社の薬の情報が、先月、製薬会社のホームページから流出しましたが、ただちに消去されました。
 また、携帯の着信履歴は二十五日の午後十一時まで有りますが発信履歴は二十一日以降ありません。本人の車は二十日から自宅の駐車場に停まったままです・・・」
「では、流出した情報によって薬が作られて使用されたと言うことですか?」
 と記者が質問した。
「そうではありません。使われた薬について説明しているだけです」と署員。
「薬の流れを捜査する予定ですか?」
「そのつもりですが、医療機関には守秘義務があります。
 また薬の流れが広範囲の場合もありますから、薬の流れを追うのは困難が伴うでしょう」
 R署は事件を、自殺や単なる事故死として終りにしたかったが、体内から薬物が出たため、仕方なく記者会見に臨んだように見受けられた。
「発表は以上です」と署員。

「なんだ・・・。これだけかよ・・・」
 会見場の報道関係者から不満な声が聞える。

 真理が納得顔で椅子から立ちあがってささいた。
「手がかりがなければこんなもんだべさ・・・。
 仏の足取り、探すべ・・・」
 飛田佐介と真理はR署の会見場を出た。

 佐介は寺前町の木村電気店へ車を走らせた。
 小畑セツコから、寺前町にある木村電気店の経営者は天野四郎の友人で長い付き合いの人物だと聞いている。佐介は事前に木村電気店に取材の連絡を入れていた。
 十分ほど車を走らせ、木村電気店の駐車場に車を停めた。店内から中肉中背の髪の長い女が出てきて親しくあいさつしている。車を降りた佐介は丁寧にあいさつした。
「飛田です。木村さんですね?」
「はい、木村の家内です。木村は急に用ができて打ち合せに出たんですよ。葬儀の打ち合せです・・・。私がお話しするよう言いつかってます。足らないところがあれば、また、おいでくださいと木村が話してました」
「車内にいるのは私の妻です。私ひとりの方がいいでしょう」
 佐介は車中からあいさつしている真理を示した。
「気をつかっていただいて、ありがとうございます」
 佐介は恐縮している奧さんにほほえんだ。

「奧さんは天野さんと親しかったんですか?」
「木村が親しいだけです。私は天野さんとあいさつする程度のつきあいです」
 奧さんは陽射しを避けるように額に手をかざし、佐介を見ている。
「天野さんは亡くなる前、どこに居たかわかりますか?」
「亡くなる一週間前、十九日と二十日の二日、うちに泊まってましたよ。木村といろいろ話してました。店のこととか、愛人に払うお金のこととか・・・」
 陽射しが眩しいこともあり、奧さんは額に手をかざしたままだ。天野四郎のことで表情が変るのを気にしているらしかった。
「愛人が何人もいたんですか?」
「母親違いの子どもが二人と愛人と内縁の妻。四家族を養っていたようなものよ」
 あきれたように奧さんが話した。
「お金に困ってたんですか?」
「そんなことは無かったと思うわ。店を三軒持ってたし、どこも繁盛してたみたいよ。従業員が良かったのよね・・・」
 奧さんは天野四郎より愛人たちに好意的だ。
「奧さんは天野さんの死をどう思いますか?」
「自殺なんかじゃないと思うわ。だって自殺する理由が無いもの・・・。
 人から恨みを買うとしたら、子どもたちの母親や愛人たちからでしょうが、殺したって損するだけでしょうね。だから事故でしょうね」
 奧さんはそう言い切った。

「今日のニュース見ました?」
「ええ見たわ。天野さんが薬飲んだのを見たことないのよ。だから事故だと思うわ」
 奧さんの顔は、何かが変だという表情に変っている。
「木村さんの所に二日間居て、その後、どこへ行ったかわかりますか?」
「奧さんが実家へ帰ったから、天野さんは奥さんの実家へ行くと言ってたわ。
 奧さんって二人目の奧さん。内縁だけど・・・。
 でも天野さんは奥さんの実家にも行かなかったらしいの、そう木村が言ってたわ」
 奧さんはあきれたような顔になった。
「木村さんの家を出てから、どこへ行ったかわからないんですね?」
「そうなんです」
 奧さんは何も知らないようだ。
「店はどこも二階で生活できるようになってたわ。
 スナック・ルナの上の階には愛人が住んでるわ。
 ここにも行ってなかったと木村が話してた」
「わかりました。ありがとうございます」
「何か、参考になりましたか?」
 奧さんは額に手をかざしたまま、佐介を見あげている。
「ええ、天野さんの十九日と二十日の足取りがわかりました。
 また、木村さんに話をうかがうことがあるかも知れません。
 また連絡します」
 佐介は礼を言って車に乗った。車内の真理がドアガラスをさげてあいさつしている。
「いつでもどうぞ」
 奥さんは愛想良く佐介たちにあいさつし、立ち去る佐介の車を見送った。

 寺前町から末広町のスナック・ルナへむかった。スナック・ルナの二階に愛人かほるが住んでいる。
 現在、天野四郎の最初の実子は天野の実家の兄夫婦に育てられ、元妻みどりは再婚している。二人目の実子と元愛人ノリコはD市の実家に住んで両親に子どもを預け、R市に通って炉端焼き・里子を切り盛りしている。天野四郎はスナック・スターゲートを切り盛りしていた。

 天野四郎は店を三軒経営していた。お金に困っていない。どう考えても、天野四郎の死ぬ理由が思いあたらない。佐介はふしぎだった。
「天野四郎の店はどうなるんだべ?三軒とも経営権は天野四郎の所有だよな」
 真理は天野四郎の資産が気になった。
「妻が居ないから実子が遺産を相続する。
 元妻のみどりの子どもと、元愛人のノリコの子どもが唯一の相続人だ」
 佐介は表情を変えずにそう言った。 
「かほるは天野四郎が亡くなって困るだけだな」
「実子が店を所有して、ノリコかみどりが三軒の店の経営権を手に入れる可能性がある」
「それだけでは殺さねえさ。最初に容疑を掛けられるんは本人もわかってるべ」と真理。
「そしたら、炉端焼き・里子が先だ。ノリコから三軒の店のことを聞こう」
 佐介はそう言って、寺前町から末広町の通りへ走った車を、炉端焼き・里子がある本町通りへ走らせた。
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