第4話 遭遇、エンカウント

文字数 2,893文字

 頼まれていたモノを早々に買い終え、俺とつなは寄り道をしていた。

こらっ、走りまわるな

 公園に入るなり、走り出したつなに注意をする。

 そして追いつくなり、その頭に手を置く。

それ……なんか、やだ
動きまわるからだ
うー、頭はやだよ
大人しくするなら、離してやる

手っ! 

掴むならこっちのがいいっ! 

 つなは小さな手を差し出してくる。

 俺はそれを暫く凝視し……ってなに、意識してんだか。

……ほらっ

 キャラじゃないけど、仕方ない。

 ってか、これくらいは妹相手によくやっていたんだ。

えへへ
 その笑顔に妹を思い出そうとするも、上手くいかなかった。
 手の感触も違う。俺が大きくなったのもあるが……小さすぎる。
 きっと簡単に握り潰せてしまいそうなほど――この手は脆い。
……しーくん?

 不穏な空気を機微を察して、つなが心配そうに見上げてくる。

(ほんと子供のくせして……生意気だ)
 その〝歪さ〟が目に余るから、俺は下らない妄想を掻き立ててしまう。
……なんでもない

 慎重に力を加え、大丈夫だと伝える。

 たぶんきっと、優しく笑えているよな?

あっ! クレープ!
 つなが指をさした先には、移動式のクレープ屋があった。
食べていくか
わーいっ! しーくん大好き!

 こういうところは素直な子供である。

 俺はつなのペースに合わせてゆっくりと歩き――

うっしゃ! オレ様一番ナンバーワン!
 ――忙しない男が走ってきて、店頭に並んだ。
別に競争していないんだけど?
その割に閣下も早いっすよ
(マジかよ? あの制服、ウチの生徒じゃねぇか……)

 このまま回れ右をしたくなるも、つなの喜びようを見る限りそうもいかない。

 俺は気配を消して並び、そいつらに背中を向ける。

オレ様バナナチョコバナナ。

オレ様のチョコっとバナナ? 

ってオレのバナナはちょこっとじゃねぇ!

ジジのバナナは食べたくないなぁ。

けど、色々あるんだね。

ねここはお好み焼き?

えっ? あっ? 

いや、なんでこの暑い日に惣菜系に走るっすか?

(……なんだ、このくそ迷惑な奴らは? つか、ジジにねここに閣下って誰だよ?)
ね、しーくん。なにがあるの?
 前の客に釣られてか、つなが訊いてくる。
何って……
 意外にメニューが多かったので、俺はつなを持ち上げて看板を見せてやる。
あっ! いちごがある、いちごぉ!
この時期は絶対に国産じゃないから、他のにしとけ
えー? じゃぁね、じゃぁ……チョコバナナっ!
 甲高い子供の声に引かれてか、前に並んでいた三人が一斉に振り返る。
ふっ……。幼女に食われるのなら、オレ様のバナナも本望だぜ

捕まりたいの? 初対面の幼女にそんなこと言うなんてさ。

バカなのは知ってたけど、ここまでとは。

そういうのは保護者のいない隙に言わないと

閣下、それフォローになってないっす。

むしろ、犯罪臭が増してるっすよ

 運よく、つなを抱えていたので俺の顔は隠せていた。

 が、いつまでもこうしているわけにもいかず、俺は恐る恐るつなを下ろす。

誤解しているようだから言っておくが、オレのは巧妙なひっかけだぜ? 

この二人が健全な関係性かどうかを確かめたんだ

なるほど。

昨今のニュースを聞く限り、男子高校生と幼女の組み合わせは危ないという訳だね

危ないと思う、その思考が危ないと思うんすけどぉ? 

普通に兄妹じゃないっすか?

つまり、兄弟じゃなかったらアウト、犯罪だな! 

……おい、どう見ても似てないと思うんだが?

ジジ、失礼だよ。

でも、本当に似てないね。

まさか、本当に犯罪だったりする?

……てめーら、調子に乗るのも大概にしろよ?
 あまりの勢いと展開に呑まれてしまったが、ここまで言われて黙っていられるほど俺は優しくない。

でもよぉ。

このくっそ暑い日に長袖を着せるなんて可哀そうだろ?

てめーのちんけな物差しではかんじゃねぇ

アキバ君。

自分たちのことを全力で棚に上げて言うけど、そーいう態度は子供の前では止めたほうがいいと思うよ

……ごめん、なさい

……っ!? 悪い……

 気づけば、つなは俺の脚を掴んでいた。

 その上、自分が悪いと思い込んでか目が合うなり謝った。

子供は敏感だからね
なんかエロイな
そう思うのは、おれたちの心が汚れているからっす

で、そのコはアキバ君の妹? 義妹? 近所の妹分? 

それとも、お菓子か何かで釣り上げた子?

(こいつも大概だな)

……つか、なんで俺の名前を知ってんだ?

だって、よく保健室とか職員室で会うじゃんか

 正論だった。

 同じ理由で、俺もこいつが芳野だと知っている。

……前、進めよ。注文できんぞ

 これで数秒は持つ……いや、持たせてどうする? 

 さっさと終わらせないと――

初菜ちゃん?
あ、祥子おねーちゃん

 俺が悩んでいると、新たな客がやって来てつなと親し気に話し出す。

 つなに姉はいないから、集団登校か何かで一緒の上級生だろう。

 小学生にしては発育が良いようで、背も胸も中学生の妹より大きい。また、長い髪に涼しげなワンピースと、女性らしい要素に満ちている。

えーと、お兄さんですか?
 無配慮に見ていると、警戒心を露わに訊かれてしまった。

いや、違う……

(くっそ、芳野たちの所為で言い辛いじゃねぇか)

しーくんはね、しーくんなの!

 言葉を探していると、つなが説明になっていない供述をしてくれた。

へ~そうなんだぁ

 それでも、親しい間柄なのはわかってくれたのか祥子とやらは笑顔を浮かべる。
いやぁ、小学生って最高っすね

 微笑ましい空気をぶち壊す発言。

 威嚇も兼ねて俺が前を睨むと、

……え? 閣下? ジジ?
 一人しか、目が合わなかった。
 芳野ともう一人は無視して、クレープを受け取っている。

ちょっ! なんでおれが言う時だけ無視するんすか? 

せっかく、勇気を出して先陣を切ったのに酷いじゃないっすかぁーって、閣下、ジジ!? 

先に行かないでくださいよ。おれまだクレープ……

 高学年の女子に対してはシャレにならないと判断したのか、芳野たちは去って行った。

 取り残された一人もそれを追いかけ、平穏な空気。

さっきの人たち……しーくんさんのお知り合いですか?
それに『さん』はいらないだろ
でも、年上ですし……

 真面目だが、融通の効かないタイプか。

 やけに長い指を絡ませながら、祥子は言い分を述べた。

別に構わないさ。

それと、さっきの三人は知り合いじゃない。

名前も芳野しか知らないし

芳野……? 

下の名前は知らないんですか?

あぁ、知らない
そう、ですか……

 やけに残念そうだが、マセている女の子なら興味を持っても不思議はない。

 見た目だけなら、芳野は文句なしのイケメンである。

で、あんたはどれにする?
はぃ?
奢るよ
 この子のおかげで助かったのだから、これくらいのお礼は当然であろう。
え? でも……
ガキが気にすんな

 口にしてから、俺は後悔する。

 小学生とはいえ、高学年の女子をガキ扱いするのはマズかったかもしれないと。

それじゃぁ、カスタードでお願いします!
 案の定、祥子は拗ねるような物言いだった。
チョコバナナ、カスタード、小豆クリームで

 とはいえ、所詮は小学生。

 注文したクレープを食べる頃には無邪気に笑っていた。

美味しいね、つなちゃん
うんっ! おいしいね!
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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