第6話 少女に恋して――

文字数 3,925文字

失礼します
……いない、ようだぞ
 保健室には誰もいなかった。
どうでもいい時はいるくせして、なんで肝心な時にいないかな~

(なんて身勝手な奴なんだ)

……ベッドに寝かしておくか?

そうだね。

ジジ、おろすよ

うぅ、お願いだから優しくして……って! 

いてーよ、優しくしろよマジで!

だったら、ふざけない。

それと肩くらいならいいけど、手を貸すのはどうもね

まだ、抵抗があるみたい

 ――全校朝礼を始めます。生徒の皆さんは体育館に集合してください

 怪我人を寝かせ、保険医を待っていると放送が流れた。

 が、揃って動こうとしない。

 ベッドを挟んで、俺と芳野は視線を交わす。

いいのか?
面倒くさいしね。それにジジも心配だし
真っ先に、オレを理由にあげろよ
そういうアキバ君は?
興味ない
てめーこそオレを理由に

でも、なにをしてたの? 

あんまり穏やかな状況じゃなかったけど

 芳野は友人のうわ言を無視して、俺に質問する。
……見てたのかよ?
そりゃ、目だってたし
だったら止めろよ!
声をかけるのも尻込みするほど、緊迫してたからさ
……そうかい
けど、なんでああなったの?

 俺は無視を選ぶ。

 このまま会話のキャッチボールが続くのが怖くて、放棄する。

 

昨日の件……まぁ、初名ちゃんのことをからかったらいきなりキレやがってよ

……おまえがウザかっただけだ

 なのに、喧嘩を売られると無視できない。

 舐められたくなくて、つい相手をしてしまう。

 自分の意思と力で沈黙を勝ち取るのならいい。

 けど、言われっぱなしは御免だった。

それは仕様だよ。ウザくないジジはもうジジじゃない
ガーン、オレってウザかったのか?

 だから、俺は冷たい言葉を選ぶ。

 けど、こいつらには微塵も通用しなかった。

ところで、気になったんだけどさ。

アキバ君と初名ちゃんってどんな関係なの?

ちっ……普通に知り合いの娘だ

 その答えは適切ではないだろう。

 だって俺は和佳子さんよりも先に、つなに会っているんだから。
 でも、他に思い浮かんだのはあまりに滑稽で言えやしない。


この年で知り合いの娘って言葉が出てくるなんてすごいね
なにが言いたい?

 追求を避けようと威圧的に吐き出すも、受け流される。

 まるで、言葉以外は届いていない錯覚を覚える。

 睨みつけたところで、芳野は微塵も動揺しない。

いやいや、アキバ君があんな風に笑うなんて知らなかったからさ。

いつも、不機嫌な顔してるじゃんか

……なんで知ってるんだよ?

だって有名だよ?
……は? 俺が?
うん。だって、保健室とか職員室でよく会うじゃないか

 それは間違いない。

 けど……俺と芳野は違う。

 こいつは間違いなく特別な人間だ。普通ではいられない、奇人変人の類に違いない。

……んなとこで、へらへら笑うわけないだろうが

 でも、俺は違う。

 

 俺はただ、普通でいたくないだけの平凡な人間だ。

 

 なのに、普通の輪に馴染めなかったから――言い訳をしているに過ぎない。

 

 仲間外れ、疎外、のけ者、一人ぼっち、孤独。

 ――否、孤高なんだって訴えようと我慢や無理をしているだけだ。


それもそうだけどさ、僕としてはこう思ったんだ。

もしかしたら、アキバ君って初名ちゃんのこと好きなのかな~って

なんで……そうなる?
 そんなわけ、ないだろ? 俺が惹かれているのは……〝歪さ〟だ。
 あの目に見える歪み。あからさまに覗かれる闇。
 まるで、物語に登場するような少女だから――
だって、そうだったら面白いじゃんか
――はぁ?
 その、あっけらかんとした響きが刺さった。
 頭の中で、必死に行われていた自己弁護が死んだ。
燃える展開だな
 もう一人の声がとどめを刺した。
(面白い……? なにが? 俺が初名のことを好きだったら面白いって? ってかこれは怒り? 俺は怒ってんのか? なんで? 俺が抱いている感情は非難されるべきものだろ? だったら、責められて当然じゃないか? いや、責め……面白い? それは責められてるのか?)
うん、もしそうならリアルも捨てたもんじゃないって思うよね
違いねぇ

 目の前の二人は笑っていた。


 ……なにが、そんなにも可笑しいんだ?

 

(俺が――
         ――好きだったら
                   ――そんなに楽しいか?)


 泣きそうになった時と同じ熱さが、顔面に込みあげてくる。

 涙だったら意地でも堪えてみせたが、紛れもない怒りだったので俺は我慢を放棄した。 

――ざけんなっッ!!
 目の前のベッドを蹴り飛ばし――
ぶぎゃっ
おっと
 寝ていた奴はぶっ飛んだが、芳野は跳んでかわしやがった。
――ッ!

 もう、訳がわからなかった。

 俺は獣のように叫んで、癇癪を起したガキのように地団太を踏む。

……
――んなにッ!

 それでもなお、芳野は澄まし顔を浮かべていた。

 まるで、虫や動物を観察をするように――

そんなに可笑しいかよっ!

 立場が違うと言わんばかりの態度に――俺は訴える。

俺が! あの子のことを好きだったら変か? 

てめーらには関係ないだろ!

 馬鹿みたいに吠えて……気づく。


 なんだかんだ理由をつけているが、好きなんじゃないのか? 

 

 きっかけは最低だけど、俺はあの子が――

はっ! はははっ!

 自覚するなり、俺は笑う。

 それは可笑しいだろって。笑われて当然だって思い始める。
 


はっ! はははははっ!
 ――だから、笑う。

はっ、はははははは……

 笑われる前に、笑うしかない! 


 じゃないと、自分を保てない。

 強くないと、強がっていないと――独りじゃ、やっていけない!
 

 だから、笑うんだ。わらってやる! 哂う、嗤う、笑う……! 

いや、そんなことはないよ

 予想に反して、誰も笑っていなかった。

 芳野は今まで見たこともない、真剣な顔で俺を見ていた。

恥ずかしいことなんてない。むしろ誇るべきだ

嘘だ! んなわけあるかっ! 

俺は、俺は……っ!

 信じられず、全身全霊で否定する。

 そんなわけあるかと、騙すつもりなのかと拒絶する。

そうだぜ

 ベッドからはじき飛ばされたもう一人も言う。

おまえに、いい言葉を……教えてやるよ

 見るからに痛くて辛そうなのに……

 俺なんかに、話しかけてくる。

たまたま、だ。

好きになった子が、たまたま幼かっただけだ

僕たちにはその台詞を言う資格はないけど、きみになら言えるよ
……んな、ふざけた言い訳が

年の差はたかが十やそこらだろ? 

そんなの今時、珍しくもない。

だけど、おまえはそうやって開き直らないで本気で向き合っている!

ペドとかロリコンを恥ずかしげもなく、面白おかしく豪語している人たちとは全然違うよ!

他人なんて関係ねぇ、常識がなんだ? 

そんなのは、多数決の勝者でしかない

その敗者だって、多数に認められれば勝者になる。

そんないい加減な世界に否定されたって気にするな

そうだよ。

それに知ってるかい?

精神医学的にも、一人は除外されるんだ

病気でも特殊な嗜好でもない。

純愛だってね

(こいつらはなんで……こんな真剣な顔で俺を騙そうとするんだ? どう考えたって俺がおかしいのに……なんで肯定しようとしやがるんだ?)
てめーの感情くらい、自分だけの世界とルールに基づいて決めろ――

妄執世界なら駄目だけど、きみは違うだろ? 

ちゃんと、自分以外の大切な人たちがいるよね?

なんで、少女に恋をしたら駄目なんだ?
だったら、どうして少女に恋をしたら駄目なんだい?
(俺は――)
 普通でも、変わってもいない。
 だから、はっきりさせたかった。
 自分はどっちなのかと。どっちつかずは一人ぼっちだから。
 
(――憧れた)

 普通に近づこうとしたけど、無理だった。
 共有できなくて、居心地が悪くて、それでも突き放すこともできなくて……傷つけた。
 

 異質に近づこうとしたけど、無理だった。
 踏ん切りがつかなくて、背中を押してくれる誰かを探していて、そんな自分が堪らなく嫌になってしまった。

(――だから、一人)
 もう傷つきたくないから、独りでいた。
 そんな、ちっぽけな世界に引きこもっていた。
そうかい……

 俺は顔を背けた。

 ただ、間違いなく嬉しさがあった。
 こいつらは認めてくれた。笑わなかった。

 自分ですら、笑って当然だと思っていたことを否定してくれた。

しかし、一度は言ってみたいよな。

好きになった子がたまたま少女だっただけだって

う~ん。

僕たちの場合、前提がアレだからねぇ 

 二人は言いたいことを言い尽くしたのか、好き勝手に雑談を始める。

一緒にすんな。

オレは将来的に十歳以上年下の幼な妻が欲しいだけだ! 

ただ、相手の幼少期は知っておきたい。

つまり、現状はロリコンに見えるかもしれないが実は違うんだよ

オレは、そのコの成長を楽しみにしているわけだし

うわぁ……ガチ過ぎて逆に怖いよ。

けど、ジジに結婚願望なんてあったんだ?

なんだよ。閣下にはないのか?

もちろん、あるさ。

だって、僕は子供が好きだからね

望む相手は?

もちろん、若くて可愛いコ! 

欧州系の美人だとなおよし!

(……っんとに、どういう神経してんでこいつらは?)

わかる! わかるぞ、その気持ち! 

ちなみに、おまえはどうだ?

 ごく自然に振られたので、俺は答えてやる。
おまえら二人とも――最低最悪死ねばいいのに
そうだよなそうだよな――って、ちょっと待てこらぁ!

話の流れ的にそれはないよ。

それに男しかいない場面で紳士ぶるなんてっ!

普通に考えて未熟、判断基準が乏しい、道徳に反するから――

少女に恋して、いいわけねぇだろ?

それは手を出したら駄目な理由だよ
そうだ! プラトニックなら問題ねぇ
ったく、ほんと馬鹿だな……

 しんどくて、俺は床に座り込む。

 もう、立っていられなかった。

 少なくとも、ついさっきまで自分がいた世界には――

 

そもそも……普通じゃねぇだろ、俺たちは
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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