第6話 少女に恋して――
文字数 3,925文字
怪我人を寝かせ、保険医を待っていると放送が流れた。
が、揃って動こうとしない。
ベッドを挟んで、俺と芳野は視線を交わす。
俺は無視を選ぶ。
このまま会話のキャッチボールが続くのが怖くて、放棄する。
なのに、喧嘩を売られると無視できない。
舐められたくなくて、つい相手をしてしまう。
自分の意思と力で沈黙を勝ち取るのならいい。
けど、言われっぱなしは御免だった。
だから、俺は冷たい言葉を選ぶ。
けど、こいつらには微塵も通用しなかった。
その答えは適切ではないだろう。
だって俺は和佳子さんよりも先に、つなに会っているんだから。
でも、他に思い浮かんだのはあまりに滑稽で言えやしない。
追求を避けようと威圧的に吐き出すも、受け流される。
まるで、言葉以外は届いていない錯覚を覚える。
睨みつけたところで、芳野は微塵も動揺しない。
それは間違いない。
けど……俺と芳野は違う。
こいつは間違いなく特別な人間だ。普通ではいられない、奇人変人の類に違いない。
でも、俺は違う。
俺はただ、普通でいたくないだけの平凡な人間だ。
なのに、普通の輪に馴染めなかったから――言い訳をしているに過ぎない。
仲間外れ、疎外、のけ者、一人ぼっち、孤独。
――否、孤高なんだって訴えようと我慢や無理をしているだけだ。
あの目に見える歪み。あからさまに覗かれる闇。
まるで、物語に登場するような少女だから――
頭の中で、必死に行われていた自己弁護が死んだ。
目の前の二人は笑っていた。
……なにが、そんなにも可笑しいんだ?
泣きそうになった時と同じ熱さが、顔面に込みあげてくる。
涙だったら意地でも堪えてみせたが、紛れもない怒りだったので俺は我慢を放棄した。
もう、訳がわからなかった。
俺は獣のように叫んで、癇癪を起したガキのように地団太を踏む。
それでもなお、芳野は澄まし顔を浮かべていた。
まるで、虫や動物を観察をするように――
立場が違うと言わんばかりの態度に――俺は訴える。
馬鹿みたいに吠えて……気づく。
なんだかんだ理由をつけているが、好きなんじゃないのか?
きっかけは最低だけど、俺はあの子が――
自覚するなり、俺は笑う。
それは可笑しいだろって。笑われて当然だって思い始める。
笑われる前に、笑うしかない!
じゃないと、自分を保てない。
強くないと、強がっていないと――独りじゃ、やっていけない!
だから、笑うんだ。わらってやる! 哂う、嗤う、笑う……!
予想に反して、誰も笑っていなかった。
芳野は今まで見たこともない、真剣な顔で俺を見ていた。
信じられず、全身全霊で否定する。
そんなわけあるかと、騙すつもりなのかと拒絶する。
ベッドからはじき飛ばされたもう一人も言う。
見るからに痛くて辛そうなのに……
俺なんかに、話しかけてくる。
だから、はっきりさせたかった。
自分はどっちなのかと。どっちつかずは一人ぼっちだから。
普通に近づこうとしたけど、無理だった。
共有できなくて、居心地が悪くて、それでも突き放すこともできなくて……傷つけた。
異質に近づこうとしたけど、無理だった。
踏ん切りがつかなくて、背中を押してくれる誰かを探していて、そんな自分が堪らなく嫌になってしまった。
そんな、ちっぽけな世界に引きこもっていた。
俺は顔を背けた。
ただ、間違いなく嬉しさがあった。
こいつらは認めてくれた。笑わなかった。
自分ですら、笑って当然だと思っていたことを否定してくれた。
しんどくて、俺は床に座り込む。
もう、立っていられなかった。
少なくとも、ついさっきまで自分がいた世界には――