第22話 望まれた役、されど……

文字数 2,001文字

ゴール!

はい、オレの勝ち

はぁはぁ……着いた
十文字君!
 呼吸を整えていると、知らない女生徒がやってきた。
こっちよ!

 死人に鞭を打つかの如く、俺たちを更に走らせる。

 その強引さからして、先輩だろう。
 

 俺たちは急かされるまま、舞台裏へと連れていかれた。

十文字! よく来てくれた
(こいつが放送をかけやがった先生か?)
 俺は睨みつけるも、先生の視線はジジに釘付けだった。
なんの用すか?

代役を頼みたい

 演劇部の顧問なのだろうが、体育教師にしか見えない筋肉質。ジジの態度に注意もせず、いきなり台本を突きつけた。

なんでオレに? 

代わりなんて、幾らでもいるだろ?

 ジジは台本を受け取らず、質問した。

 詳しくは知らないが、うちの演劇部は全国大会常連だけあって部員数は多いはず。

 ただ、見渡す限り男子生徒は数えるほどしかいなかった。

文化祭のお遊戯なら女に男役をやらせてもいいし、役自体を女にしても問題ないだろ?
文化祭のお遊戯だからこそ、だ。全員が舞台に出られるように、配役してある

知ってんよ。こいつは前座だろ? 

いや、長時間の演目に耐えられないガキ向けか

 中等部を設けている関係から、うちの文化祭は小学生と保護者の客も多い。

 その為の演目かとジジは指摘し、先生は頷いた。

メインはオリジナルのファンタジー系。

思い出作りのためか、無駄に役が多かったな

そうだ。小道具や衣装も凝っていて、とてもじゃないが着替えたりする時間はない

 周囲を見渡してみると、ほとんどの部員が既に衣装に身を包んでいた。

 髪から化粧までびっしりと。

 確かに、これを一度崩して整えるのは時間がかかりそうだ。

……前座の端役なら、誰でもいいんじゃないのか? 

それこそ、思い出作りに裏方の人間を立たせてやればいい

本当にそう思っているのか? 十文字

……

 俺は蚊帳の外だった。
 先生がジジに期待している理由も、ジジが尻込みしている事情もわからない。
端役なら誰でもいいって、おまえはそう思っているのか?

 演劇のことなんて知らない。

 なにをそこまで熱くなっているんだかと、冷めた気持ちでこの場にいる。
 

 だからこそ、ジジの不自然さが目に付く。
 

 馬鹿にするような口調でありながらも、発せられるのは至極真っ当な代案。

 少なくとも、素人の俺にはそう聞こえる。

 

 いつもの、ふざけた言い分とは全然違う。

……オレの意見なんざ、関係ねぇだろ
 絞り出すような声から、答えは明白だった。

 ジジはこの場に適応している。

 俺みたいに、拒絶されていない――いや、拒絶していない。

だったら、やれよ
 それがちょっと羨ましかったから……俺は言ってしまった。
おまえの意見が関係ないなら、やれよ

 それが心地のいいものだと――

 求められ、応えるのは案外悪くないと先ほど体験していたからこそ、俺はジジの背中を押してやる。

そういう意味で言ったんじゃ……
先生は誰でもいいって思ってないんですよね?
 ジジの言い訳を無視して、俺は先生に尋ねる。
ジジ――こいつじゃないと、駄目だって思っているんですよね?

あぁ、十文字にやって貰いたい。

身勝手かもしれないが、十文字と一緒の舞台に立ちたいと思っている部員は多いんだ

だ、そうだが? 

どうすんだ、ジジ

どうって……

先生の意見を否定する気はないんだろ? 

さっきはそういう意味で関係ないって言ったんだよな?

なら、二択だ。やるか、やらないか。

それ以外、喋る必要ねぇだろ?

 酷かもしれないが、俺は突きつけた。

 これで、ジジには言い訳も弁明も許されない。 
 

……

 沈黙が降りた。

 ジジは悩んでいる。揺れているから、言葉を紡げない。

 唇を噛み締めるだけで、一向に開く気配を見せない。

(もう一押しか)
 そう思って告げた次の一言は――
自分じゃないと駄目だって場面は、そうないと思うぞ?
――!
 ジジを烈火の如く怒らせた。
……っ
 言われなくても、わかる。

 胸ぐらを掴まれ、間近で射抜かれたから――

……てめーに

 開かれた瞳孔、押し殺した荒い息、歯を噛み砕く音……俺は気圧されるだけで、なにもできなかった。
 いや、先生や他の部員も固唾を飲んでいる。
……てめぇにっ!
ちょっと、待ったぁ!
 そんな張り詰めた空気に場違いな声――いつからいたのか、アキトの援軍。

 ジジの腕を掴み、下ろさせる。

 俺とジジの間に入って、緩衝材になる。

勇者に悪気がなかったことくらい、わかるよね? マキナ
 アキトは華麗に振り返り、
悪気がなかったとはいえ、傷つけたことくらいはわかるよね? 勇者
……悪い、俺が軽率だった

よろしい。

どっちかという、マキナが悪いけどね

 アキトはジジの怒りを八つ当たりだと切り捨て――
それじゃ、僕たちは観客席にいるから
 俺を連れ、ジジを残していった。
……
 振り返ったみたジジの顔は俯いていて、よく見えなかった。
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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