第22話 望まれた役、されど……
文字数 2,001文字
死人に鞭を打つかの如く、俺たちを更に走らせる。
その強引さからして、先輩だろう。
俺たちは急かされるまま、舞台裏へと連れていかれた。
俺は睨みつけるも、先生の視線はジジに釘付けだった。
演劇部の顧問なのだろうが、体育教師にしか見えない筋肉質。ジジの態度に注意もせず、いきなり台本を突きつけた。
ジジは台本を受け取らず、質問した。
詳しくは知らないが、うちの演劇部は全国大会常連だけあって部員数は多いはず。
ただ、見渡す限り男子生徒は数えるほどしかいなかった。
文化祭のお遊戯なら女に男役をやらせてもいいし、役自体を女にしても問題ないだろ?
文化祭のお遊戯だからこそ、だ。全員が舞台に出られるように、配役してある
知ってんよ。こいつは前座だろ?
いや、長時間の演目に耐えられないガキ向けか
中等部を設けている関係から、うちの文化祭は小学生と保護者の客も多い。
その為の演目かとジジは指摘し、先生は頷いた。
メインはオリジナルのファンタジー系。
思い出作りのためか、無駄に役が多かったな
そうだ。小道具や衣装も凝っていて、とてもじゃないが着替えたりする時間はない
周囲を見渡してみると、ほとんどの部員が既に衣装に身を包んでいた。
髪から化粧までびっしりと。
確かに、これを一度崩して整えるのは時間がかかりそうだ。
……前座の端役なら、誰でもいいんじゃないのか?
それこそ、思い出作りに裏方の人間を立たせてやればいい
俺は蚊帳の外だった。
先生がジジに期待している理由も、ジジが尻込みしている事情もわからない。
端役なら誰でもいいって、おまえはそう思っているのか?
演劇のことなんて知らない。
なにをそこまで熱くなっているんだかと、冷めた気持ちでこの場にいる。
だからこそ、ジジの不自然さが目に付く。
馬鹿にするような口調でありながらも、発せられるのは至極真っ当な代案。
少なくとも、素人の俺にはそう聞こえる。
いつもの、ふざけた言い分とは全然違う。
絞り出すような声から、答えは明白だった。
ジジはこの場に適応している。
俺みたいに、拒絶されていない――いや、拒絶していない。
それがちょっと羨ましかったから……俺は言ってしまった。
それが心地のいいものだと――
求められ、応えるのは案外悪くないと先ほど体験していたからこそ、俺はジジの背中を押してやる。
ジジ――こいつじゃないと、駄目だって思っているんですよね?
あぁ、十文字にやって貰いたい。
身勝手かもしれないが、十文字と一緒の舞台に立ちたいと思っている部員は多いんだ
先生の意見を否定する気はないんだろ?
さっきはそういう意味で関係ないって言ったんだよな?
なら、二択だ。やるか、やらないか。
それ以外、喋る必要ねぇだろ?
酷かもしれないが、俺は突きつけた。
これで、ジジには言い訳も弁明も許されない。
沈黙が降りた。
ジジは悩んでいる。揺れているから、言葉を紡げない。
唇を噛み締めるだけで、一向に開く気配を見せない。
自分じゃないと駄目だって場面は、そうないと思うぞ?
言われなくても、わかる。
胸ぐらを掴まれ、間近で射抜かれたから――
開かれた瞳孔、押し殺した荒い息、歯を噛み砕く音……俺は気圧されるだけで、なにもできなかった。
いや、先生や他の部員も固唾を飲んでいる。
そんな張り詰めた空気に場違いな声――いつからいたのか、アキトの援軍。
ジジの腕を掴み、下ろさせる。
俺とジジの間に入って、緩衝材になる。
勇者に悪気がなかったことくらい、わかるよね? マキナ
悪気がなかったとはいえ、傷つけたことくらいはわかるよね? 勇者
振り返ったみたジジの顔は俯いていて、よく見えなかった。
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