第20話 終わった恋

文字数 834文字

あ、秋葉君。

もう、ヘルプ大丈夫だから

そうですか?

うん、ありがとね。

適当に好きなの持って、ゆっくりしていって。

お友達も注文終えているから

 その気遣いに、感謝の言葉は出なかった。
今日は本当にありがとう
 涼子先輩は満面の笑みで言ってくれた。
どういたしまして

 だから……かな。

 俺は迷わずに、返せた。
 

 あの時は、なにも言えなかった返答を――

 ――ほんと、色々とありがとね

 最後の言葉。

 涙を溜め、必死で作った模造の笑顔。

――え? あ、はい……こちらこそありがとうございました

 的外れな返答。

 よそよそしい言葉と態度は、彼女を傷つけるだけだった。

(あの時は最後まで……俺は〝彼女〟になにも返してやれなかったんだ)

 それでも、今は笑ってくれている。

 そして、笑って見ていられた。

お勤め、ご苦労さんです

 ヘルプを終えて、喫茶室に姿を現した俺への第一声。

 ジジはわざわざ立ち上がり、勢いよく頭を下げやがった。

あん?
 俺はジジだけでなく、集まった他の客たちも睨みで退ける。
女の子相手にそれは酷いよ
てめーらのせいだ
 空けられていた席に俺は座る。

けど、女の園に男一人。

羨ましいねー、ハーレムじゃん!

別に。全員が可愛いわけじゃないだろ
勇者ってナチュラルに酷いよね
そうっすよ。そんな夢のないこと言わないで欲しいっす

 間違っていないはずなのに、何故か責められた。
 付き合いきれず、俺はケーキをむさぼる。


へー、勇者はそれにしたんだ
まぁ、な

 アキトたちは皆、俺のメニューを食べていた。

 そして、俺は涼子先輩が作った普通のケーキセットを選んだ。


ん、甘い
 一口食べ、当然の感想。
うん、甘くて苦い
まるで恋みたいだよな
 陳腐な表現。
温かいのと冷たいのが触れ合って、甘いのと苦いのが混ざり合う
 いつもなら軽口でも叩いて、笑いに昇華させるんだが……
そうだな

 俺は柄にもなく頷いていた。
 それでも、誰一人として質問してこなかった。

 いくらでも茶化せただろうに――

 らしくもなく、俺たちは穏やかなお茶会を楽しんだ。

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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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