第5話 再会、今度は戦闘

文字数 1,889文字

 人間は忘れやすい生物である。
よぉ、アキバじゃねぇか

 通学途中。

 発音が某所みたいでイラつくが、呼び止められた。

誰だ?
うわ、ひっでー

 男は芝居がかった動きで俺を指さす。

 見た目はいわゆる不良。茶色い長髪にきちんと着れていないシャツ。

昨日、会っただろ?

……芳野の連れの一人か

やっぱ、閣下がリーダー格に認識されてんのか
(単に他の奴らの名前を知らないだけなんだが)

リーダーなんていねぇよ。

皆平等で対等だ。

てことで自己紹介、オレ様は『ジジ』よろしくな

(っ!? ……こいつ)

 通りすがる生徒たちの視線など気にも留めていない。通学路の真ん中で平然と握手を求めるなんて、どうかしてる。


うわぁ、シカトすんの?
(相手にしたら駄目だ。こいつは他の奴らと違って……別の意味で堪える)

おーやー、オレは無視ですか。

もしかして、少女以外は眼中にないってか? 

初菜ちゃんや祥子ちゃんみたいなのが好みのロリコンさんって奴ですかぁ?

 人は忘れやすい生物であると同時に自分勝手である。

 前言撤回。


黙れよ。殺すぞ?
 関わりたくはないが、馬鹿にされたままじゃ捨て置けない。
あまり強い言葉をつかうなよ、弱く見えるぞ?
 面倒なことに、相手は動じなかった。
 それどころか、漫画の台詞を真似るくらいの余裕。へらへらとしていた顔つきが一瞬で引き締まり、まるで別人のよう。
 
(面白い。手加減は必要ない、か)

 背は俺より低いものの、体格はあちらのほうが引き締まっている。

 けど、靴の踵を踏んでいるので、機動性はこちらが上のはず。
 更に強く睨みつけるも、怯む様子はない。

 むしろ、張り詰めていく。今までにない展開に、不思議と口元が緩んでしまう。
 

そうか――死ね
上等だ! 来やがれ!

 俺は一気に踏み込んだ。

 視界に肌色がチラつき、反射的に目を閉じるも止まらない。体が密着。顔面に微かな衝撃があったが、気にせず手を伸ばす。

 この状態からでは、首は動かせない。掴んだ! と思ったら腹部に圧迫感――構わず、押し切る!


 相手の首を殴る勢いで掴み、そのまま押し倒す――首刈り。

ごほっ……あー、生きてるか?

 後頭部から落とすと本気で殺しかねないので、途中で支えなければならいのだが――

 予期せぬ反撃を食らい、俺は一緒に倒れこんでしまった。

 結果、俺は相手の膝に鳩尾からダイブする形になり、相手は後頭部からアスファルトに落ちた。

まじで……殺しに……来るやつがいるかよっ……おまえ、狂ってんな!

 意外にも返事があった。

 こちらは嘔吐感が残っているものの、動けないほどではない。立ち上がり、見下ろす。

なんだ、大丈夫みたいだな
俺はつまらない優越感に浸り、嘲笑する。

んなわけあるか! 

腹筋に力入れてなかったら死んでるって、これ……

 どうやら、後頭部からの直接落下は避けていたらしい。

 その代わり、背中を強打したか。
 しかし、あのタイミングで膝蹴りだけでなく防御までするなんて、大した奴である。

まさか、通学中に男を押し倒す図に遭遇するとはね

 いつの間にか、芳野がいた。

 更には女子たちが携帯のカメラを向け、無配慮に撮影している。


けど、今のは本当に危ないように見えたけど大丈夫? 

もしかして、おはようじゃなくておやすみだったりする?

おやすみってほどじゃねぇよ。

けど、閣下悪い。肩を貸してくれ。

膝に矢を受けてしまったようだ

なんか余裕じゃない。

けど、乗った。

まさか、男に肩を貸す日が来るとはね

悪い……これ、結構マジだ。

背中やら腰が痛くて……まともに歩けそうにねぇぞ。

生まれたての小鹿――いや、処女を喪失した生娘並みに足ががくがくしやがる

 周囲から、怒涛のシャッター音。

 なのに、二人は微塵も気にしていなかった。

ほら、ぼさっとしてないでアキバ君も肩を貸す
あん?
 こいつも、こんな風に囲まれて晒されているというのに――!
 俺の気にしていないふりとは……違う。
反対側。一人じゃしんどい

 今回はやり過ぎたと思うので、素直に従う。
 遅い歩み。後ろから、沢山の生徒が追い越す。

 校門までつくと、今まで以上に注目を浴びる。ひそひそと声も聞こえる。

(うるさい……不快だ)
はぁ、これが女の子だったらなぁ
ジジ、それはこっちの台詞
ほんと、フラグが立つイベントなのにな~
通学路で戦う美少女なんて希少すぎるけどね

馬鹿いえ! 重要なのはそこじゃない。

貧血でも事故でも苛めでも通り魔でもなんだっていいんだよ。

ようは肩を貸せれば……いや、おんぶ? お姫様抱っこか!

ジジ、元気だね。もう、一人で歩けるんじゃない?
(くそっ! 俺は周囲の反応が気になって仕方がないのに、なんでこいつらは平然としてんだよ)
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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