第7話 親子で恋バナ

文字数 1,951文字

――!

……
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……

 当然のように、俺たちは戻ってきた保健室の主にこっぴどく怒られた。

 ただ、小言を受けたのは芳野だけ。

 俺ともう一人は、そのまま早退を言い渡された。

大丈夫、しーくん?
 そうして、自室で寝ていたら母さんが帰ってきた。
あぁ、ごめん迷惑かけて

ほんと、早退とか初めてだよね。

遅刻やサボりは多いけど

……ほんと、ごめん

どしたの? 今日は素直じゃん。

あまのじゃくで負けず嫌いな、しーくんらしくない

別に、そんなんじゃ……。

というか、俺は大丈夫だから。戻っていいよ

戻るっていっても、お父さんの手伝いしてただけだし。

それに今のしーくんを置いていったら、怒られちゃうよ

父さんが怒ってるとこなんて、見たことないけど?

あれでも元教師だから、怒るのはお手のものだよ。

けど、性格的に向いていないから、怒った後に胃を痛めるの

難儀だな

そのことを皆、知っていたから。

お父さんが怒った後は、クラス全員で反省してた

いい、教師だったんだ

本当にいい教師は、教え子に手ださないと思うけどね。

卒業後だから、セーフかもだけど

あれ? そうなの?

 初耳だった。

 俺が知っているのは、両親の友人や親族が笑いながら言っていたことだけ。
 

 父は生徒だった母に手を出したと。
 
 相手に悪意がないのは子供ながらにわかっていたけど、どうしてそんな風に言うんだって俺は納得がいかなかった。まるで父が悪く言われているみたいで、凄く嫌だったことを憶えている。

そう、私が卒業して、専門学校にいって、就職して……三年くらいたった頃かな? 

テレビでお父さんが出ててね。それも肩書きは教師じゃなくて彫刻家

それで私は連絡取ったんだ。
ちょうど、ピエスモンテっていう工芸菓子に挑戦しようとしていたからさ。

色々と教えて貰おうと思ってね

 母さんは少女のようだった。

 元々、性格や口調はそれに近いのだが、今は顔つきまでもが幼い。

それがきっかけ。

でも、私はずっと『先生』って呼んでたからやっぱりアウトかな?

周りには色々言われた?

んー、まね。

でも、お互い大人だったし……。

ぁ、お父さんのほうは結構、非難されてたみたいだけど

年齢のことだけじゃなくて、仕事のこともあったし。

彫刻家としてそれなりに注目されてたけど、安定とは無縁の職業だったから

 その話は知っていた。
 俺ができたのを機にあっさりと転職。


単に、私の我侭だったんだ。

私にとってパティシエは夢だったし、しーくんを産んだあとも続けたかったの

けど、この業界って馬鹿みたいに過酷でさ。

それでも、やりたいって言ったら『俺が店を出すから、それまで待て』ってね

 だから、母さんと同じパティシエになった。
まったくの素人だったんだろ?

でも、器用さとセンスは抜群だったから。

それにフランス語もぺらぺらだったし。向こうに勉強しに行く人って結構いるんだけど、ほとんどが言葉を知らないまま行くの

だから、お父さんみたいに会話ができる人って歓迎されたんだって。

たとえ、若くない新人だとしてもね

 父さんの友人には、フランス人も何人かいる。毎年必ず、誰かが店にやってくる。
 こんな小さな街まで、わざわざ――


やっぱり、言葉って大事なんだよ。

会話ができないと、技術や知識は身についても気持ちまではわからないからね。

お父さんの作るケーキに人の名前のがあるでしょ? 

あぁ。

モデルにされた身からすると、恥ずかしいけどな

あれは、向こうの人たちと会話していたからできることなんだよ。

日本でやっていた私には無理。

恥ずかしいっていうのもあるけどね、友達とか好きな人をイメージして作るなんて

 俺の名前の由来は竹の異名らしい。

 古臭くて個人的には嫌いなのだが、父さんが作ってくれたその名を冠するお菓子は好きだった。

 飴がけのエクレール。

 シュー生地の上部にかかった飴を噛み砕く、パリっとした歯ごたえが堪らなく美味しいのだ。 

だから、しーくんもきちんと会話しなさいよ? 

友達とかクラスメイトとか、彼女とか……ね

なにが好きかとかじゃなくて、なぜ好きなのか。

そこで共感できれば、趣味嗜好が違う人でも仲良くやっていけるから

 的を射た指摘に息を呑む。

 家族には話していないのに……偶然か、それとも確信があってのことか。
 恐る恐る、母さんと目を合わせてみると満面の笑み――


きゃー、しーくんと恋バナしちゃった! 

千代やお父さんに自慢しちゃおっ

 勘繰るのが馬鹿らしくなるくらい、はしゃぎだした。

……恋バナじゃないし。

あと、千代見にだけは言わないでくれ

 中学生の妹に知られると面倒だったので、そこだけは頼んでおく。

 

 もっとも、その心配は杞憂に終わった。

 千代も父さんも心配こそしてくれたが、いつも通り。
 

 ただ、母さんのテンションが割り増しになっていて、早退したにもかかわらずあまり休めなかった。

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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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