第10話 歪な恋
文字数 3,376文字
お言葉に甘えて、俺はカウンターに座る。
と、和佳子さんは水出しの紅茶を出してくれた。
思案に耽っている自分の顔なんて見ようがないので、なんともいえない。
が、芳野の調査結果を信じるとすれば、その通りなのだろう。
以前よりはましになってはいるものの、どうしても出てしまう時がある。それでつなを怖がらせることもあるので治したいのが、容易くはなかった。
あっさり切り出された言葉に驚くも、和佳子さんはニヒルに笑っていた。
図星である。
現にその状況になっても自分からは踏み出せなかったので、語ってくれる時を待っていた。
子供だから、暴言に弱いのはわかる。
けど、それを受けて真っ先に出る言葉がごめんなさい、というのは一般的ではないだろう。
加え、こちらの表情や機嫌を窺う態度。
そして、夏なのに常に長袖を着ていたこと。
相槌を打つことも許されないと思った。
気易く分かる素振りをみせることさえ、ためらわれた。
和佳子さんは自嘲しきれていなかった。
未だに後悔して、自分を責めていた。
知らなかったから、許されるわけではない。
けど、それで罪が変わるのが現実なのだろう。
けど、久しぶりにつなを見て思い知った。
つなは体中痣だらけで、顔にまで傷があった。それでいて痩せ細って、人形みたいに表情もなかった。
警察からしてみれば、これで気づかないなんてふざけるなって感じだったのでしょうね
和佳子さんは紅茶をグラスに注ぎ喉を潤すも、俺はできなかった。
渇いているにもかかわらず、潤す行為を許せなかった。
興味本位で訊いた自分を、予想と答え合わせがしたかっただけの自分を呪った。
それからは仕事を辞めて、旦那とも縁を切って。
勝手だけど、つなの母親をやっていた。
ううん、正確には罪滅ぼしをしている気分になっていた。
本当につなのことを思うんだったら、私の両親を頼れば良かっただけだしね。
でも、私はしなかった。
離婚とか虐待の件で散々責められて、年甲斐もなく拗ねてたから
それが冬の話。
つまり、たった数年前にあった出来事を和佳子さんは話している。
俺は後悔していた。これは訊いていいことじゃなかった。
子供の興味本位で、好奇心で踏み込んではいけない領域だった。
さほど珍しくはないのかもしれないが、俺の世界では希少。
深く傷ついた女の子なんて、俺の周りには一人もいやしなかった。
つまり、究極のところ初名じゃなくてもいい。
もし、彼女以上に歪な異性が現れたら、俺はそっちに流れるだろう。隠しきれない影。幼少期のトラウマや複雑な家庭環境。
それでも、まともに生きていこうとしている強さ。
自分が特別じゃないから。
特別になれそうもないから。
それでも、特別な誰かの傍にいれば自分も特別になれるんじゃないかって思った。
俺の沈黙を勘違いして、和佳子さんはそんなことを訊いてきた。
――真に軽蔑されるべきは俺のほうだ。
そうして、沈黙が支配する。
和佳子さんも思うことがあるのか、破りはしない。
和佳子さんの声は、俺が入って来た時と一緒だった。
それを聞いて、少しだけ安心する。
俺は和佳子さんにジェスチャーを送る。
人差し指を立てて、お願いする。
さすがに店員相手にはふざけないようだった。
ジジは水を飲み干し、芳野はメニューとにらめっこ。
一応、感謝の気持ちである。
偶然だが、こいつらのおかげで気まずい空気を払拭できたのだ。
もっとも後日――
このことを和佳子さんにからかわれる羽目になるが、それもまたお愛嬌であろう。
友人かどうかはともかくとして、俺から見ても芳野とジジの二人は愉快な奴に違いなかった。