第11話 アルペジオ

文字数 1,618文字

 文化祭まで一ヶ月を切った、ある日。
秋葉君、ちょっといいかしら?
はい?

 選択芸術の授業――音楽が終わったあと、何故か先生に呼び止められた。

あなた、芳野君と仲がいいのよね?

 勇者と呼ばれて以来、今日までずっと芳野たちは俺に付き纏っていた。

 昼休みと下校の間は一緒だったので、そう勘違いされるのも無理はない。


悪かないですが
なら、秋葉君からも頼んで貰えない?
なにをですか?
文化祭でピアノを弾いて貰うの
芳野にですか?

そう! 彼、天才なの! 

すごく、ピアノが上手なの

 先生の喋る速度が上がっていく。

 また授業中とは違う口調に、俺は戸惑ってしまう。


講堂を個人の展示スペースに設けているんだけど、毎年人気がなくて……
あぁ、そういえばありましたね

 学校ならではの救済処置。

 実力がなくとも、そこになら個人の作品やレポートを展示できる。

そこで芳野君にピアノを弾いて欲しいのよ。

そうすれば、お客さんも足を止めてくれるだろうし

(つまり、芳野に客寄せになれといいたいのか)

だから、お願い。

仲の良い秋葉君からも頼んでみて

 先生は勝手なお願いを言いきって、去っていった。

 芳野の気持ちはおろか、俺の返答すら無視して――

くだらねぇ
 口に出た悪態と共にチャイムが鳴った。
別に俺は悪くないよな?
 そう言い訳して保健室へ向かうと、

やぁ、勇者。

遅かったね

 ドアを開けて、真っ先に出迎えてくれたのが芳野。

 かけられる言葉が遅かったね。

(なんか、色々と間違っているような)
おまえもか、秋葉

音楽の先生に捕まっていて。

解放されたと思ったらチャイムが鳴ったんで

だったら急いで教室に戻りなさい
授業の途中で入るのって結構勇気いるんですよ
授業の途中で出ていく奴が言う台詞じゃないな
今思いましたけど、先生も芳野みたいに口が回りますね
ただ、ふざけている奴と一緒にするな
勇者、僕まで巻き込まないでくれ
いや、おまえも悪いからな
まったくあんたらは毎度毎度……
担任が許容していますんで
あまりどうこう言いたくないが、問題だよ

 授業態度が悪いにもかかわらず、さほど注意を受けない理由はこれである。

 俺は担任や学年主任の授業には真面目に参加し、優秀な成績を収めていた。 

 要は、さぼる授業をうまく選んでいる。


勇者はえぐいよね
そういう、おまえはどうなんだよ?
う~ん、どうなんですかね?
私に訊くな

 保険医はあからさまに目を逸らした。

 それどころか俺たちの注意を手放して、自分の仕事に戻っていった。


なにか知ってそうだけど、いっか

同感だ。

快適に過ごせるなら問題ない

 俺は慣れた手つきで緑茶を淹れて、芳野と保険医に渡す。

 保険医はなにか言いたそうな顔をするも、溜息一つで諦めた。

そいや、おまえ。

ピアノ、弾けるんだって?

……初菜ちゃんに訊いたの?

はぁ? なんで、そこでつながでるんだ? 

さっき、音楽の先生に捕まってたって言ったろ

あぁ、そっちか
先生は天才って言ってたけど、そうなのか?

まさか。

あの人は本物の天才を知らないだけだ。

そりゃ、人並みよりは上手いけどさ

 いつもの作った表情も抑揚もなく、淡々としていた。

 だから、紛れもなく芳野の本音なのだろう。

僕は天才なんかじゃない
(さて、どうしたものか)

 芳野からしたら、踏み込んで欲しくない問題なのは一目瞭然。

人より上手いんなら、今度聴かせてくれよ

 けど、こいつは俺の問題にずげずげと踏み込んできた。

 だからお返しってわけじゃないが、あえて突きつけてやった。


え? あぁ、うん。

機会があればね

 待っていたら、その機会は一生来ない気がした。

なら、文化祭だな。

なんか頼まれてんだろ?

 先生の言うことを真に受けたみたいになるのは癪だったが、俺自身こいつのピアノに興味があった。


うん、まぁ……そうだけど
じゃぁ、よろしく
う~ん、まぁ気分が乗ればね

 芳野はらしくもなく、俯いていた。

(……期待はできない、か)

 芳野は黙ったまま――

 

 俺は久しぶりに、保健室のベッドで静かに眠ることができた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色