第8話 日常の崩壊

文字数 2,700文字

 早退した翌日。

やあ、勇者。

一緒に昼食でもどうだい?

 登校していた俺の下に芳野たちがやって来た。

 昼休みに限らず、今日まで俺は一人で過ごしていたのでクラス中の視線が集まる。

あん?

 勇者? 俺のことか? 

 そういう気持ちを二文字に込めて睨みつける。

目つき悪いっすけど?
ヤクをやってるわけじゃねぇから、安心しろ
そうそう。お邪魔します

 俺の同意も得ずに、芳野たちは無人の机とイスを移動し始める。

 

 心配の言葉はない。

 まるで、先日のことなどなかったかのようだ。
 

 だったら、俺から言うべきこともないだろう。

まずは自己紹介から始めようか?

必要ねぇよ


相互理解は大事だよ

閣下は今いいことを言った
勝手にしろ

 上手くあしらう方法がみつからなかったので、渋々付き合う。

 こいつらは俺の恋を笑わなかったんだから、それくらい別にいいだろううと。

誰からやるっすか?
(例外もいるがどうせ同類だろう)
閣下こと、僕から始めようか
そもそも、その閣下ってなんだよ?

閣下は閣下だよ。

だって、こいつ偉そうだろ?

わからなくはないが……

 だからといって、閣下はないだろ閣下は。

 しかし、誰かにあだ名を付けた経験がないので難癖は付けられない。

そして、勇者は勇者
……勇者って、やっぱ俺のことか?

 当然だろ? と言わんばかりに三人が頷く。

 どいつもこいつも、俺までふざけた方程式にはめこみやがって……

んじゃ、次はオレか。ジジだ
ねここっす

 誰一人として、まともな自己紹介をしやがらない。

 結果、呼称は固定される。

芳野とジジとねここ、ね
閣下でいいのに

 一応、芳野だけ知っていて助かった。

 閣下なんて、恥ずかしくて言えるはずがない。


嫌だ。

あと、俺の勇者ってのはやめろ

なんで? 勇者は勇者なのに
意味がわかんねぇよ
説明するとね
しなくていい

 どうせ、つながでてくるに違いない。

 こんな場所で声を大にして説明されたらかなわないので、俺は釘をさす。

なら代案として……そいえば、勇者の下の名前は?
あん?
なにをそんなに怒ってんだ?

 事実、今までの中で一番まともな質問である。

……別に
 ただ、俺は自分の名前を言いたくなかった。
なら、勇者で決定
 黙秘権を行使していると、名誉ある呼称でありながらも、不名誉感が漂うあだ名を付けられてしまった。
さて、自己紹介も終わったところで
誰一人終わってないと思うが?
本題に入ろうか

(こいつら……!)

本題なんてあったのかよ

ちなみに文化祭の予定は?
文化祭?

 クラスでなにか話し合っていたのは知っている。

 が、ここんとこホームルームに出ていないので把握していなかった。

基本的にはクラス単位、部活単位、生徒会などの役員単位で出し物は行われるんだけど。

僕たちはクラスからハブられたんで、どうしようか悩んでいるんだ

 中々に悲惨な状況のようだ。

 クレープ屋の遭遇を踏まえると部活はやっていないだろうし、役員はあり得ない。


それで、だ。

僕たちでなにかをやらないか?

どうやって? 

個人的なグループでの活動は許されてないはずだ。

例外はあるらしいが、教師、生徒会、実行委員会の許可が必要だろ?

簡単だよ。

僕たちで同好会を作る

パス

(そこまで付き合いきれるか)

なら、ゲリラ的にやるか?
そもそも、なにをする気だ?

 協力するにも、目的がわからないとやる気が出ない。

 一緒になにかをやり遂げるだけでも意味はあるのかもしれないけど、俺には無理だ。


高校の文化祭っていえば、メイド喫茶に決まってんだろ?
は? 意味わかんねぇし
なら、ツンデレ喫茶っす

ねここ、それは古い! 

時代は従順乙女ってことで、奴隷喫茶を僕は推す!

(乙女と奴隷は矛盾してねぇか?)

……おまえら、面子を考えろ

 我慢しきれず出たツッコミに三人は顔を見合せて――
つまり、女装!
男の娘喫茶!
LGBT問題を盾に理論武装すればいけそうっすね!
 ――阿吽の呼吸で同じ着地点へと辿りついた。

(――何故だ?)

……俺はやらないからな、絶対

安心しろ。

元々勇者はウエイター候補じゃねぇ

あん? どういう意味だよ
なぁに、勇者が料理やお菓子作りが得意って聞いてね
……誰から聞いた?

家庭科の先生。

それとクラスにいる、料理部の子たちが話していたかな?

 料理部が? と、思うも心当たりはある。

 ただ、良く言われていることに若干、刺さる。


オレらは全員、料理はできねぇからな

悪いがパスだ。

そもそも許可下りねぇだろ?

許可いる?
飲食物を提供するなら当然だろうが?
じゃぁ、たとえ教室を奪っても駄目ってことか?
えー、なら無理じゃない?
おまえら、乗っ取り前提だったのかよ?
一番、楽だしな
でも、それだけじゃ無理そうっすね
じゃぁ、諦めよっか
そうだな
おまえらは、俺をからかっているのか…?

 全員が好き勝手に口を開いたと思ったら、完結させやがって!

なんだ? 勇者やりたかったのか?
なら、来年にしよっか?
それじゃ、今の内に同好会でも作っておくっす
てめーら……!

 ツッコンでもきりがない。

 放置していたら、容赦なく引き込んでくる。

失せろ!
閣下、ジジ……どうするっすか?
 怒鳴ったところで、効果があるのは一人だけ。

いやぁ、中々に迫力のある声だね。

どう思うジジ?

さすが勇者。

ツッコミの才能に恵まれてやがる!

だよね? 

勇者の前だと、なんか気持ちよく調子に乗れるんだ

わかるぜ、その気持ち。

オレも一緒だからな

おまえらは、なにがしたいんだ?

 耐え切れず、訊いてしまった。


なにをって、楽しんでいるだけだよ
はぁ? つまり、からかってんのか?

ちげーよ。

オレたちは、全力で現実を楽しもうとしているだけだ

僕たちはね。

物語よりもキャラが先だと思っているんだ

つーか、物語が先だとどうしようもねぇしな
……意味わかんねぇよ

大丈夫っすよ、勇者。

おれもわからないっすから

 ねここも俺と同じ立場っぽいが、頼りないことこの上ない。

僕たちは勇者をからかってないし、遊んでるわけでもない。

ただ、楽しんでいるだけさ

だから、細かいことなんて気にならないんだ。

楽しければそれで充分だからね

かのニーチェも言ってるぜ。

いいことないかなって思ってる内は絶対にいいことは起こらない。ミラクルを期待しても、自分の能力以上のことは起こらないってな

だから、オレはオレに期待している。

ゆえに無敵だ。

どのような状況だろうと、オレにはオレが付いているわけだからな

よくわかんないっすけど、そうっすね!

 二人の弁舌に、ねここは簡単に丸めこまれた。疑問点を解決する気を完全に失っている。

 かくいう俺も、どうでもいいって思い始めていた。

……勝手にしやがれ
 ただ、こんなに騒がしい昼休みを過ごしたのは入学以来初めてだな――と、どうでもいいことに気づいた。
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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