第1話 少女との出会い
文字数 3,865文字
子供がいた。
だからなんだって話なのだが、今回はそうもいかない。
なんせ、そいつはウチの店の前にいたのだから。
しかも、冬の寒空の下。
小学生にあがっているかどうかも怪しいサイズで一人きり。
俺は臨時休業の紙を手に零す。父さんに頼まれてこれを張りに来たのだが気まずい。
人と話すのは苦手だ。つい乱暴な言葉遣いになり、反感を買ったり怖がらせてしまうから。
ウチの妹とは大違いだ。
子供から、規則正しく白が溢れ出す。口元を両手で覆ったまま、絶えず息を吹きかけているのだろう。
コートのフードまで被った姿はさながら赤頭巾。
子供は一瞬怯えたように唇を噛んだが、きちんとした返事をした。
律儀にも、見下ろす俺に目まで合わせてくれる。
大きな瞳、真っ直ぐ切り揃えられた前髪、赤いほっぺた。子供らしい顔のパーツが、フードの中から覗かれる。
少しだけ悩むも、いつも通りの口調。
どう考えたって、赤ちゃん言葉みたいなのは俺には無理だった。
舌ったらず。要領を得ておらず、会話は繋がらない。
当然といえば当然の反応なんだが、苛立ってしまう。
またやってしまったと、俺は頭をかく。
このまま泣かれないかと不安が過り、俺は腰を下ろして目線を合わす
その表情が大丈夫そうだったので、俺の都合で進める。
子供相手にあんたはどうかと思うも、他に思い浮かばなかったので仕方ない。
嘘を付いている様子はない。
だとすれば、気になるのはここに子供を待たせたということ。
ここが目的地となると、ただのお客さんじゃないだろう。
俺は立ち上がり、ポケットから携帯を取り出そうとして止めた。
代わりに、握った鍵で扉を開ける。
子供は丁寧な言葉と共に窺いを立てる。
その年齢には不釣り合いな、卑屈な態度だった。
子供は言葉だけで驚いていた。
幼いくせして、瞳は俺の真意を確かめようとしているようで生意気。
けど、その〝歪さ〟は嫌いじゃない。
幼い声には似合わない単語。
そもそも、さん付けかよとツッコミ所があったものだから、つい乱暴な物言いになってしまった。
けど、それを褒められたと勘違いしたのか満面の笑顔。
その上、訊いてもいないことまで喋りはじめた。
とりあえずカウンターの電気だけつけて、暖房を入れ、お湯を沸かし始める。
素直に驚いたり表情を変える仕草は微笑ましいが、危なっかしいので俺は椅子を指す。
が、カウンターの椅子はどう見ても子供が一人で座れる高さではなかった。
俺は子供の脇に手をやって持ち上げる。
あまりの軽さに予想以上に高く上がり、子供が驚きの声をあげた。
椅子に運んでから、俺は今更な質問をする。
あんた、よりはまともな呼び方ができるようになるのだから大事なことだ。
子供は名乗ると、フードを外した。
予想以上に長い髪が広がり、子供とはいえ女だと思う。
当然の返しにどうしようかと悩んでいると、ふつふつとお湯が沸く音が聞こえてきた。
俺は不慣れな笑顔を作り、電子レンジからポットを取り出し、湯を捨てる。そこに茶葉を入れ、湧いたお湯を注ぐ。
だが、俺は自分の名前が嫌いだった。古風で今時あり得ない。しかも、融通の効かない先生のせいで『クンクン』という呼び名でからかわれた記憶もある。
俺は馬鹿みたいに、いつも通りの酷い口調。
はつなの表情がわかりやすく恐怖に染まり、俯く。
自問するも、答えは出てこない。
結局、蒸らす時間を全て沈黙に使ってしまった。
気まずさがでないよう、俺は優しい声音で置く。
――悪気はないんだ。
口に出さずに思うだけ。自己満足の自己弁護。
店と同じケーキセット。
紅茶の甘さは割増しだが、はつなは目を輝かせていた。さっきの件を引きずっていないようで安心する。
はつなは笑いだした俺を不思議そうに見上げていたが、長くは続かない。甘い香りに導かれ、目の前のケーキに口を付け始めた。
俺はその様子に満足して、外に出る。
あの子の言っていたことが確かなら、そろそろ母親が戻ってくる頃合だろうと。
あまりの寒さに戻ろうと扉に手をかけると、靴音が聞こえて来た。
振り返ると女性がいた。
手に二つの缶を持っていることからして、はつなの母親に違いない。
だが、その前にもう一つの心当たりを尋ねる。
その呼び名にムッとしてしまう。
が、そのお陰で母さんとも顔見知りだと確信する。
さすがに、母親の後輩に滅多な口は叩けない。
つまり、満足な会話が俺にはできなかった。
こちらは単に口をついただけだったのだが、やたら重たい言葉が返ってきた。
しまったと思うも、弁解する能力は俺にはない。
ドアの開く音、入り込んできた寒気のせいか、はつなはすぐに気付いて、口につけていたカップを置いた。
ぶっちゃけ、甘過ぎると父さんや妹からは不満の出る味。
母さんから教わったというか、さずかった甘党というべきか。
ただ、和佳子さんは微笑んでいる。視線は既に俺を捉えておらず遠い。思い出に浸っているみたいだったので、そっとしておく。
その間に距離を取り、携帯で家に連絡。
返事をする前に電話は切れた。
そして、十分も経たない内に母さんは店に駆けつけて――
それが中学三年の冬。
俺と四宮初名の出会いだった。