第9話 放課後RPG

文字数 2,473文字

やぁ、勇者。

今、帰りかい?

 授業が終わって、昇降口。

 まだホームルームの時間帯なのに、どうしてこいつらはここにいるのだろうか?

早いな。

まだ、ホームルームは終わってないはずだぜ?

お互い様だろ
まったく、聞き込みどおりだな
 演技過剰な笑い方だが、ここまで豪快だとつい釣られてしまいそうだった。
 しかし、聞き捨てなら無い一言があったので俺は緩む頬を噛み殺す。
聞き込み?

昨日、勇者が帰ったあとに情報収集してみた。

閣下がだけど

教室の誰よりも遅く来て、早く帰る。

協調性が皆無なのか、全校集会の類はほぼサボり


目つきが悪いだけでも近寄りがたいのに、口と態度も悪く手も早い。

普段はやる気がまったく感じられないのに、喧嘩やイジメなどのトラブルがあると首を突っ込んでくる乱暴者

もしかして、好きな言葉は正当防衛ってか?

しかし、中等部から同じ奴らもいるはずなのに大した情報がねぇな

(本当に大した情報がなくて助かった)

……知るか

それとさっきの答えだが。

最近のホームルームは文化祭の話し合いに使われているからな

つまり、いても意味がないからサボって問題ないってこと

 奇しくも、同じ思考回路でサボっていたようだ。

そいや、もう一人は?
クラスが違うから知らん
ねここはまだレベル不足だから置いてきた
芳野と同じクラスってことか?

うん。ねここは真面目だからね。

サボるのに抵抗があるようだ

……おまえらはクラスが違うのに仲良いのな。

同じ中学か?

 微塵も記憶にないので、おそらく外部進学組。

 さすがに、こいつらを三年間も見逃すことはないだろう。

おうよ! しかも、幼馴染だ
そうか……

 そんな関係すら、俺は羨ましく思う。

おぃおぃ、もうちょいリアクションしろよな
寡黙でクールキャラ。新しいね
つか、寡黙とクールって被ってねぇ?

そう? 

どっちもジジの正反対に位置するって意味じゃ、被ってるかもしれないけど

ちげーよ。そういう意味じゃなくてだな
(人を放って好き勝手に騒ぎやがって……)
 付き合いきれず、俺は足早に去る。
おいおい、そんな急ぐなよ
勇者はこのあと、なにか予定でもあるの?
真っ直ぐ帰る
うわぁ、先手を打って来やがった
今日は、初菜ちゃんと会わないの?
……さぁな

 もし、このまま店にいけば会う可能性はある。

 かといってそれは絶対ではないので、俺の答えは間違いではない。

あれれー、おかしいぞ~? 

って言いたくなるくらい怪しいな

うん、怪しい

 だから、勘繰っている二人には悪いがそう簡単に顔に出やしない。


暇だし付いていくか
今日のクエストは勇者のストーキングに決定
 だが、嘘とか真実とかは関係なしにこいつらは動こうとしていた。
冗談、だよな?

 俺は引き攣った声で確認を取る。
 二人は申し合わせたようにお互いの顔を見て、にやりとした。


はぁ

 溜息一つ。

 俺は諦めたふりして相手の油断を誘い――

ちっ、逃げたぞ閣下
追うよ、ジジ

 走りだした俺を追いかけてくる二人。

 部活にこそ入っていないものの、持久力と筋力を除けば俺の運動能力は決して低くない。

って閣下! 

おまえ、遅すぎるぞっ

僕に構わず、先に行け!

 やけに芝居のかかった口調で芳野が叫ぶ。

 そう、叫ぶ。

 つまり、注目を浴びる。

(あんにゃろ……! 人の通学路で恥を晒しやがって!)

くっ、閣下! 

おまえの犠牲は無駄にはしない!

(死んでねぇし、犠牲もなにもないだろ!)

 そう、ツッコミたいのを必死で抑え込む。

 同じベクトルで騒いで、これ以上奇異の視線を向けられるのはまずい。

待て! 勇者――!

 ジジが叫ぶ。

 そう、叫ぶ。

 大声で勇者と口走る。

 つまり注目を浴びる。

勇者ってなにかしら。あの子のこと? 

高校生にもなって恥ずかしくないのかしら


 道行くオバサンたちの声が耳に届いて、俺は軽く落ち込む。

 が、ジジの脚が予想以上に早いので、いつまでも気にしているわけにはいかなかった。

全集中! 雷の呼吸! リズムに乗るぜ! 加速装置!

 ジジは金魚の糞のように付いてくる。

 無駄にでかい声をあげて――いったい、どういう肺活量をしているのか訳がわからないほど喧しくも早い。

どうした、勇者? 

おまえの力はこんなものなのか?

おまえ、少し黙れ

はっ! 

この程度で逃げおおせる気でいたとは甘い、甘すぎる。

おまえの考えはまるでチョコラテだな!

聞こえねぇのか……このジジイが!
そのネタは悪手だぜ!
テメー、少しは人の話を聞け!

まさか、知らなかったのか? 

大魔王からは逃げられないと!

 噛み合わない会話に俺はキレた。

上等だ! 

引き離してやんよクソがぁっ!

 無視すればいいのに、俺はできなかった。

 ついつい喧嘩を買ってしまい、同じベクトルで言い返す。

(脚力で負けていても、地の利はこちらにある。できるだけ直線を避け、ちょっとした抜け道を選択していけば――)
ちょこまかとおっ!

 住宅街には時折り、行き止まりがある。

 他にも私有地となっている道路や袋小路などなど。

おぃおぃおぃ! 

この先、行き止まりじゃねぇか! 

ぬかったか勇者よ!

 ジジの言う通り、行く先には店の外壁があった。

 だが、俺は気にせず駆け走り――壁を蹴り、跳び上がる。

ちょっ! おまえ、それはないだろ!
……ざまぁみろ

 パルクールにおける、ウォールランからのクライムアップ。

 三メートル程度とはいえ、垂直の壁をよじ登るには技術が必要である。

 披露する機会に恵まれない特技も見せつけることができて、俺は優越感に浸る。

他人様の敷地に勝手に入り込むなんて、恥をしれ恥を! 

勇者らしいと言えば勇者らしいが、現実にやると非常識どころか犯罪だぞ!

……てめーが常識を説くな!

 俺はそう言い残して、ジジとは反対側に飛び降りた。


待て、勇者! 

ここはいったい何処なんだぁ!

 ジジの絶叫が聞こえた。

 最後の最後まで、うるさい奴である。


非常識なのは、おまえだっての

 現にここは他人様の敷地ではなく、ウチの店だった。

 つまり、不法侵入ではなくショートカット。

 もっとも、両親にバレたら怒られるので俺は隠密に表口へと向かう。


 つまり、ジジはゴールまであと一歩のところに来ていたのだった。

 

 

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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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