第12話 魔物の棲む文化祭

文字数 1,641文字

おぃ、起きろ勇者

 乱暴な声と揺れに、意識が引っ張られる。

(……ぁん?)

朝ー、朝だよ? 

朝ごはん食べて学校行くよー

 そして、目を開けて最初に映るのがジジの顔。

 しかも、無駄に上手い裏声付き。

(最悪の目覚めだ)

……んだよ?

なんだよって、昼休みだぞ?
ぁ、そう

親切に教えてやったっつーのに、なんだその態度は。

オレは、おまえをそんな子に育てた覚えはないぞ!

育てられた覚えもねぇよ

勇者にしては普通のツッコミだな。

まだ、眠ってんのか?

かもな
こういう時は、なにか食えば脳も覚醒するだろう
 そう言って、ジジが手渡してきたのは弁当だった。
なんで、俺の弁当をおまえが持ってんだ?
持ってきてやったんだ
勝手に漁んな

自分は好き勝手に漁るくせして、仲間には駄目って言うのかよ?


誰がいつ漁った?

この不審者が

安心しろ。

生徒手帳を擬人化させたような、くそ真面目な女しか気にしてなかったから

……あぁ。お節介委員長か

さすが勇者。周りに良いキャラが揃っていやがる。

下ネタで追い払ってやったんだが、あの反応からしてムッツリスケベだぜ、あいつ

くだらねぇ。

ってか、何言ってんのか意味わかんねぇよ。

それより、芳野は?

そう、それだ!

 ジジは人差し指を突きつけてきた。

 相変わらず、いちいち動作が大きくて鬱陶しい。

おまえ、閣下になにか言っただろう?
なにかって、なんだよ?
ピアノ関連、だな
文化祭で弾いてくれって頼んだだけだよ

 俺は言い訳するように答える。

 幼馴染のジジが確信を持って言いあてたところからして、芳野とピアノの問題は思っていたよりもずっと大きいようだ。

やっぱ、そうか。

なるほど。そういうことかぁ

一人でなに納得してんだよ

いや、気にするな。

おまえは悪くないぞ、勇者。

だから、そんな泣きそうな顔をするんじゃない

はぁ? ふざけんなよ

 と、言いつつも目がしらに触れ、その温度を確かめる。

 うん、涙は出る気配すらない。

 顔をあげると、ジジが口元を手で覆っていた。

 しかし、にやけ顔が隠し切れていない。


なんだよ? あいつにピアノってタブーだったのか?
いや、そうでもない
はぁ? だったらなんだよ

少なくとも、オレはいい機会だと思っている。

だから、そんなに自分を責めるなよ

 ジジはころころと表情を変えていく。

 その口調までもが変化するから、わかりやすく伝わってくる。

文化祭が楽しみだな
……結局、おまえらはどうするんだ?
 だから、俺はあからさまな話題逸らしに乗っかってやった。
中等部の敷地にいると思うぞ
はぁ? なんで?
そりゃぁ、触れ合うなら若い子のほうがいいに決まってんだろ
(この阿呆は……。こりゃ、妹の予定を聞いといたほうがいいな)

 間違っても、妹には会って欲しくない。

 こんな奴らと仲良くしていると誤解されたら、兄としての沽券に関る。

そういう勇者はどうするんだ
決めてねぇ
よしっ! なら朝の六時に学校集合で!
――は? ちょっと待てこら……
勇者は知らないかもしれないが、文化祭には魔物が棲んでいる

 俺の言葉を遮って吐き出された台詞は、疑問点にかすりもしない。

どれだけ熟考を重ね、経験を積んでいようとも――何故かトラブルが起こってしまうんだ

 それでどこからツッコンでいいか悩んでいる間にジジのペース。

 加え、嫌なことを思い出してしまった。

そのトラブルにオレたちは駆けつける。

すなわち、フラグをたてに行く!

……は?

 ジジは言い切った感まるだしの表情をしているものの、意味がわからない。


そうっす! 

女子中学生たちに、頼れる年上の魅力を教えてあげるっすよ!

 なのに、沸いて出たねここは見事に乗っかった。
ジジ、閣下みつかったすよ

おぅ、そうか。それじゃ勇者、しばしの別れだ! 

だが、案ずるな。

おまえのピンチには、絶対に駆けつけてやるからよ!

 ジジとねここは爽やか過ぎる笑顔で去っていった。

 俺の返事など、聞く耳も持たずに――

はぁ……

 溜息が沈黙によく響く。

 こんな静かな昼休みは久しぶりだった。

中等部なら……大丈夫だよな
 そして、気づけば前向きに検討していた。
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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