第13話 仲間になりたそうにこちらを見ている

文字数 2,364文字

 文化祭まで、一週間を切った放課後。

(どこだ?)

 芳野の件が気になった俺は、あいつの教室へと足を運んでいた。

 といっても、クラスを把握していなかったので教室を一つ一つ覗いていく。

誰かに用?
 と、楽器を抱えた女子グループに声をかけられた。
……芳野いる?
よしのって、どのよしの?
男で変なの
あー
アキト君か

 一人が声をあげ、一人が親しみの籠った口調で俺の知らない名前を呼んだ。 

アキト君は五組よ。いないと思うけど

 そう告げると、去っていった。彼女のあとを追うように、他の二人が続く。

 ご丁寧に、俺なんかに頭を下げて通り過ぎる。

アキト君って?
ほら、最近音楽室でピアノ弾いてる
うっそ、あのイケメン? ちょっ、あんた知り合いだったの!?
他所で弾いて貰えるよう頼めない? アレは自信なくすわ
あー、わかる。マジでレベルが違い過ぎるって感じ
神童って呼ばれてたから

 そして、すぐに甲高い声が上がった。

 賑やかで、楽しそうな話し声。
 俺は彼女たちが見えなくなるまで見送ってみるも、誰も振り返りはしなかった。
 

(特別でも、なんでもないんだな)

 文化祭のこの時期、見知らぬ誰かに声をかけるのも、かけられるのも。

 それに対して、答えるのも答えられるのも――皆にとっては当たり前なんだ。
 今まではすぐに帰っていたから、気づきもしなかった。

(俺も行って――って、あそこは駄目だ)

 あの校舎には調理室もある。

 最悪を考慮すると、放課後に近づくわけにはいかない。


はぁ……

 なんとなくこのまま帰るのが嫌で、一応芳野のクラスに顔を出してみる。
 彼女の言う通り、あいつはなかった。
 

 けど、代わりに無理な買出しを頼まれているねここを発見した。
 

 教室には他にも生徒がいるが、誰も止めようとしない。

 むしろ、遠巻きに見て楽しんでいるふしさえ感じられる。

いやっすよ
 そんな状況でありながらも、ねここは断っていた。
てめー、暇だろうが? クラスの役にたってねぇんだから、そんぐらい行けよ!
芳野といいおまえといい、クラスのために少しは協力しろよな。皆困ってんだよ
都合のいい時だけ、頭数に入れないで欲しいっす
 ねここが強がっているだけなのは一目瞭然。
 だからこそ、男たちは更に脅しつけようとして手を振り上げ――
つまんねー真似してんじゃねぇよ

 俺は助けに入る。

 男二人の振る舞いは、どう見ても悪役でやられ役。

 どうして、自らその位置に立とうとするのだろうか理解に苦しむ。


なんだ、てめーは?

 そして、いつも口から。二人揃って、キャンキャン騒いでいる。強そうな言葉を吐くだけで、一向に動こうとしない。
 

 二対一。

 

 当然、俺は不利なので先に攻撃を仕掛ける。

 相手の顔を睨みつけ、視線が合わなかったほうの鳩尾へと蹴りを入れた。

な! てめー、なにしやがんだ!

 それでもなお、荒げるのは口だけ。

 つまらない。

 やはり、ジジの時みたいにはいかないようだ。


黙れ、殺すぞ?

 吐き捨てる男には攻撃せず、床に平伏せさせたほうの頭を踏みつける。ただの見せつけで、力はほとんど込めていないのだが効果覿面。

……
 勝手に残虐だと勘違いしてか、大人しくなった。
さすが、勇者っすね!
 ねここはやけに甲高い、かすれた声で褒め称える。やはり見た目的にこいつは普通だ。きょろきょろと、周りの視線や言葉を気にしている。
……行くぜ

 俺もこのまま晒されるのは辛かったので場所を変える。

 ねここは何も言わず、後ろに続く。
 

 けど、何処を歩いていても喧騒が耳に入る。

 賑やかな、響き。

 文化祭に向け、皆は本当に楽しそうだ。
 

 その音色に追いやられるように、俺たちは昇降口まで行く羽目になった。
 ねここはまだ帰らないのか、靴に履き替えはしない。

なんで、おまえは芳野やジジと一緒にいるんだ?

 ――きつくないか?

 本当に訊きたいことは呑み込んだが、こいつになら伝わるはず。

――仲間になりたそうにこちらを見ている

 しかし、開口一番意味不明。

 どこかで聞いたことのあるフレーズだが……

閣下が……芳野がおれに言ってきた台詞です。

それも一番最初。

それまで話したことすらなかったのに、いきなりそんな風に声をかけられた

そいつはまた……

昼休みになるとジジーー十文字が来て、芳野は凄く楽しそうで。

おれはそれを見てた。

今までみたいに、ただ見ていた

いつもなら気づかれないで終わってたのに、芳野は気づいて……おれに手を差し伸べてくれた

それは嬉しかったか?

微妙でした。

その時は見透かされている気恥ずかしさと反抗心のほうが強かったんで……おれは手を取れなかった

……だろうな

けど、あの二人にそんなのは関係なかった。

『仲間になりたそうにこちらを見ている』

その台詞が出た時の決定権はこちらにあるとか言って、強引に輪の中に入れられたんだ

なんつー身勝手な

そうでもない。

無理矢理じゃなかったら、おれは仲間に――『ねここ』になれなかった

変に意地を張って、体裁を気にして……ただの猫田のまま。

あとになって仲間に入れてなんて、絶対に言えなかった。

自分の感情を――素直に寂しいとか嬉しいとか認められなかった……っす

そうか……

あの二人は時に強引で特に放任っす。

けど、強引な時に限って良かったって思えるんすよ。

なんだかんだで、おれのことをわかってくれているんす


本人たちはレベル不足だからとか言って、はぐらかしていますけどね

(こいつは……頑張っている。あいつらと一緒にいるために、努力しているんだ。だから、強がる。たとえ一人でも、あんな奴らに屈服しない)

おれは勇者が羨ましいっす。二人にあんなにも認められて。

だから、早く決めて欲しいっす

決めるって何を?

 理解が及ばず、俺は尋ねた。

 すると、ねここは会心の笑みを浮かべて言いやがった。

おれたちを仲間にするかどうかっす。

決定権は勇者にあるんすから

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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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