第21話 浅い闇落ち、根深い溝

文字数 1,628文字

 料理部をあとにした俺たちは、中等部の敷地をぶらついていた。
 ちなみに妹――千代見にはメールで高等部に誘導しているので出会う心配はない。
 

 展示物を拝見しながら、三人が中学生の良さを語っていると放送がかかった。

高等部一年六組、十文字マキナ。

至急、演劇ホールまで来るように。繰り返す――

ジジ、呼ばれてるっすけど?
 誰が呼ばれているのかと思ったら、ジジであった。
(女名だったのか)

 それが理由で今まで自己紹介をしなかったと考えると、親近感が湧いた。

どうすんだ?
……誰だ……クソが……

 ジジは……怒っていた? よくわからないが、感情的になっていた。

 今までの振る舞いが演技だったかのように、声すら違う。

……?
……
 誰も口を開かない。ねここはおろおろと、アキトは真剣な面持ちでジジを見つめている。
 すると、また放送が鳴り響いた。

高等部一年五組、芳野アキト。

もしくは、高等部一年一組、秋葉――

あぁぁぁぁっ!!
至急、十文字マキナを演劇ホールまで連れてくるように。繰り返す――
繰り返すんじゃねぇよボケがぁ!

 俺の雄叫びが、放送の一部をかき消した。

くそっ、誰だ? 人の名前を放送しやがった奴は!
 せっかく、俺の名前は読めない奴が多くて助かってるってのに。名前がイジメに繋がる可能性を考慮しやがれ!
ジジ、演劇ホールに行くぞ!

 現状、俺たちは目立っていた。

 理由は言わずもがな――今回に限っては俺が悪い。


はぁ、てめーなにを受信しやがった? 

急に叫んだと思ったら、勝手に……

いいから行くぞ!

 俺は有無を言わさずに、ジジの腕を掴む。

ちょっ、放せ! 痛いっつーの! 

誰かの手を掴んで走るのが好きなのはわかるが、勇者の趣味にオレを巻き込むんじゃねぇよっ!

うるせー! 

早くしないと、また俺の名前が放送されるだろうが!

はぁ? なんだよ、その理由は? 

ふざけんじゃ……

勇者の名前ってそこまでキラキラしてたっけ?
知らないっすけど、しーくんって呼ばれてたっすよね

 走りながらもジジが抵抗を示すので、スタミナゼロのアキトにすら追いつかれていた。


おい、ジジ! 

アキトとねここ如きに追いつかれてるぞ!

……勇者って、ナチュラルに酷いよね。

まさかの鬼畜系?

……そうっすね。

やっぱ、おれよりも閣下とかジジに近いっす

 聞き捨てならない一言があったが、今はそれどころではない。
 ジジが、俺の鳩尾に拳を伸ばしてきやがった。

 手首を叩き、どうにか軌道を逸らさせると左胸に衝撃――


って、まんまじゃねぇか!

(……生徒手帳?)

って、てめー返しやがれ!

 俺のだと気付くも、手帳はジジの手からアキトの元へ。
最初の字なんて読むの、この?
これ、じゃないっすか?
返せ!

 どうやら二人には読めなかったようだ。

 助かった。

ジジ、絶対に言うなよ!

調べりゃ、すぐにわかることだろうがよ。

な、クンクン!

っ!? てめー!
やっぱ嫌な理由ってそれか?
 ジジはヘラヘラと、俺のトラウマを指摘しやがった。

ガキの考えそうなことだ。

融通の効かない教師がいりゃ、すぐに思いつくだろうよ

 図星過ぎて、言い返せない。

 が、これ以上なにかを言わせる気はない。

おぃ……勇者。洒落に……なってないぞ?

 俺はジジの首根っこを掴んでいた。

 それはもう全力で――頚動脈に爪を立てていた。

走れ。さもないと……す

だぁ! わかったわかった! 

走るから、その手を放せ! 

つか、闇落ちにしても暴走にしても浅すぎるぞっ!

 脅しに屈したジジは、あっというまにアキトとねここに差をつける。

 かく言う俺も、置いていかれないだけで精一杯だった。


はぁ、はぁ……くそっ!

 そろそろ、スタミナの限界だ。

 食べたモノが胃にのしかかってくるも、急かした俺が根を上げるわけにはいかず、意地で食らいつく。

おっ! もう、限界か? 勇者

 それなのに、ジジはまだ余裕を見せている。

 いったい、どんな肺活量をしているんだか……。

(くっそ、負けてたまるかっ!)

 そうして、俺とジジは演劇ホールまで走り続けるのだった。
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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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