第14話 料理部の魔物
文字数 2,898文字
約束どおり、俺は朝の六時に登校した。
誰かと待ち合わせなんて久しぶり過ぎて、肝心なことを忘れていた。
せめて連絡先でも交換していればよかったものの、迂闊すぎる。
どうせ、あいつらの周りは騒がしいに決まっている。
しかし、今日はどこもかしこも賑やかだった。
早くも喧騒が馴染んでしまい、怒鳴り声すら気にならなくなる。
時計を見て、足を進める。
この時間帯なら、大丈夫なはず。
仕込みに忙しく、鉢合わせる可能性は低い。
ジジの所為でつい、気になってしまう。
――文化祭には魔物が棲んでいる。
確かに出くわしたことはあるものの、ここ二年耳にした記憶はない。
どういう風の吹き回しかは自分でもわからない。
ただ、あいつらの所為なのは間違いないだろう。
誰よりも遅く来て、早く帰っていたのも――
集会などの集まりに参加しなかったのも――
徐々に俺の歩みは遅くなっていた。
それでも、確実に調理室へと向かっていた。
そして、既視感に襲われる。
あの時もこの臭いに導かれて、俺は調理室にやって来た。
けど、今日は少しだけ違う。
扉の前で、俺は立ち止まってしまった。
中一の時にできていたことが、高一になってできなくなるなんて……。
俺は成長しないどころか、退化してしまったのだろうか?
あの時は何も考えず、衝動のままこの扉を開けることができたのに――
誰かの輪の中に割って入ることができたのに――
あの時は知らなかったから、勇敢でいられた。
でも、知ってしまった今ではこのていたらくだ。
文化祭に棲む魔物に立ち向かうことすらできず、こうして立ち竦んでいる。
下心満載だったようだが、困っている誰かがいたらきっと手を差し伸べるに違いない。
ただ、楽しそう、面白そうという理由だけであいつらは平気で首を突っ込む。
そんな真似、俺には無理だった。
誰かの輪の中に割って入るなんて、気づけばできなくなっていた。
俺は扉を開け放つ。
けど、返ってきた呼びかけは違う。
誰? じゃない。
瞳にも表情にも、困惑以外を宿している。
なんて、皮肉だ。
月日は流れ、また一年と三年として出会うなんて。
それも、あの時と似たような状況で。
沢山の泣きそうな女子たちの中、彼女は気丈に振舞っている。
料理部の部長。
年上を感じさせる、凛とした雰囲気で俺の目の前までやってくる。
けど、これ以上のリプレイは必要ない。
思い出と同じように彼女の張り詰めた瞳が緩みかけるも、踏み止まった。
成長を誇示するみたいに、冷静に被害を報告。
俺は惨状を目にして、その一つをつまむ。
まだ温かいにもかかわらず、硬い。
シロップでどうこうできる程度を超えている。
素人レベルの失敗。
考えられる原因はどうやら正解だったようだ。
理論はこれくらい。
この状況で責めても泣かれるだけだ。
俺も成長しているんだ。
言ってやりたいことはまだまだあるが、我慢する。
俺にはもう、誰かの輪の中に割って入る真似はできやしない。
だから、お願いする。
その中に入れて欲しい、と。
たった一言。
簡単なことだったかもしれないけど、俺の心臓は早鐘のように鳴っていた。
歓迎されてなお、そう易々と収まりそうにない。
目に入るシュー生地。卵はアレのクリームで一杯一杯だ。
余った卵白もムースに回すとなると、ビスキュイ生地に変えたとしてもまかなえはしない。
涼子先輩が不安げに漏らし、嫌な記憶を触発する。
それは文化祭じゃなくて、卒業式。
俺は答えることができなかった。
――任せます、と投げ捨てた。
最低だ。
受け入れたくせして……!
俺は携帯を取り出す。
あの時と違って、彼女はただの先輩じゃなくて大事な先輩だ。
だから――できる限りのことはやってやる!
牛乳だけなら一リットル。もし生クリームが余ってるなら、半分それに置き換えて。
シナモンは二本。あと、カスタードで使った奴でいいからバニラの鞘もぶちこんで、焦げ防止に砂糖を百グラム。
失敗したジェノワーズはデタイエーー型抜きしたいんだけどサイズは……
俺の意見を聞き入れ、涼子先輩は素早く指示を飛ばす。
どうやらトラブル防止班は最低限で、継続作業に人数を割いていくようだ。
俺は動き出した教室を見て、走りだす。
全員が本気だった。
それを手伝おうっていうんだ。
俺も本気になるしかない。
じゃないと、彼女たちに対して失礼に当たる。
走っていると、ジジに追いかけられた日を思い出して俺は笑う。
けど、振り返っても誰もいない。
今日は一人きり。
それでも――