第15話 偉大なる父親

文字数 1,293文字

 全速力で店まで走っていると、車にクラクションを鳴らされた。
はぁはぁ……父さん?

急いでいるんだろ? 

さっさと乗れ

さんきゅ……っ
 俺が車に乗り込むと、アクセルが踏まれて加速する。
状況はどうだ?
 俺の呼吸が整うのを待ってから、父さんは訊いてきた。

どうだろう。

まぁ、なんとかするよ

ぉ、一人でやる気か?
あー、なら一つ訊いていい?
 父さんは口元を緩ませていた。

 普段、頼ることをしないからか、こういう状況を不謹慎にも喜んでいるようだ。

失敗したジェノワーズがあるんだけど……混ぜ過ぎでだいぶ硬いやつ      

あちゃー、やっぱそれか
それをパン・ペルデュにしたいんだけど可能?
スパイスを効かせた、甘くないパン・ペルデュなら悪くない

あっ!


(焦げ防止とはいえ、牛乳に砂糖を入れさせるんじゃなかった……)

あーらら、おまえもミスった感じか?
うるせー……、あーくそっ
で、どうする? 諦めるか?
んなわけあるか。代案を立てる

といっても、残念時間切れだ。

もう着くぞ

 さすが車。

 あっという間に戻って来れた。

まぁ、なんだ。

それなら、アパレイユに漬け込む必要はない。さっと潜らせるだけで充分だ

 せっかくの助言なのに、俺はムッとしながら聞き入れる。

充分に甘さがあるなら、焼く時は有塩バターでカラメリゼまでな
 さすがプロ。

 俺の代案を活かしたまま、アドバイスをしてくれる。

そこにバナナも加えてやると、豪華に見えるかもな
あればやってみるよ
安心しろ。サービスだ
 校門前で停止。

 俺だけじゃなく、父さんまで車から降りて荷物を取りだす。

ほら、卵。

あとおまけの発酵バターとバナナとアイスクリーム

は? おまけって?

温かいと冷たいのコラボレーション。

加工するとはいえ失敗作を出すんだ。これくらいはつけてやらないと

 諸々の重さがずっしりと、俺の腕に伝わる。
ほろ苦いエスプレッソアイスだから、きっと合うぞ
……あれだけで読んでたのかよ?

日本人の場合、ケーキといえばショートケーキ。そこで失敗なんて、ジェノワーズ以外ありえん。

それに十台は仕込む気でいたところからして、自信はあったとみえる。

なのに全部しくったとなると、考えられる原因は生地を纏めて作ろうとしたくらいだ


 事実、俺も同じように推測した。

そして、大量の生地を扱う際にやらかす失敗は混ぜすぎと相場が決まっている。

それで焼き上がるのは硬くて膨らみの悪いジェノワーズ。

俺の教育上、廃棄の選択肢はないが、おまえの知識じゃ取れる手段は限られるからな

……父さんだったら、どうしてた?

俺ならタルト生地に散らすか、パンプディングを作る

 完全に盲点だった。

 共にジェノワーズの原型をなくす使い方。

 前者は削り、後者はミキサーにかける。

(――んなの、あの状況で思いつくか!)


……ありがとう。あとで清算するよ

あぁ。

わかってると思うが、ちゃんとしたもん出せよ?

 手を上げて応えようとするも、両手が塞がっていてできなかった。
あぁっ!

 だから、俺はらしくないが叫んだ。
 

 それで周囲から注目を浴びていたが、何故か恥ずかしいとは微塵も思わなかった。

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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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