第17話 アインザッツ

文字数 1,053文字

 トラブルはあったものの、料理部のカフェは無事に開店された。

 俺は忙しない部員たちの姿に胸を撫で下ろす。
 

(ありがとうございました)
 そして、涼子先輩の背中に頭を下げて調理室を後にした。

おろっ? 

もう、料理部のほうはいいのか?

 ぶらついていると、ジジが現れた。

 焼き鳥を始め、串に刺さった食べ物を手にしている。


あぁ、無事に開けたからな
なら、暇ってことだな?
あぁ、暇だ

 肯定すると、ジジは串に刺さった唐揚げを頬張った。

 それを咀嚼し、飲み込むまでの時間を沈黙に使い――


なら、アキトのとこ行くぞ
別に構わないが、何処にいんだ?
講堂
なんでまた?

うわっ、ひくわー。

勇者。おまえが言ったんだろ?

ピアノを弾いてくれって

あっ

(やべ、素で忘れてた)

ねここなんて、開始と同時にいるってのに
知らなかったんだから、仕方ないだろう

いや。

知っていても、おまえは来なかっただろう?

……だな。

たとえおまえたちの誰かが瀕死の状態だったとしても、俺は行かなかった

いったい料理部と……。

いや、あの部長さんとどういう関係なのか興味はあるが、今はアキトのピアノのほうが優先だから見逃してやる

 本心なのか、ジジは歩き出した。

 俺は小走りで追いかける。

一本貰うぞ

 並ぶと、紙袋からはみ出ている串を抜き取る。

 タコさんウインナーが五匹突き刺さっていた。


なんだ、これは?

サイズ的にオレのじゃねぇな――って冗談。

剣道部がやってる、刺し物屋で買ったんだ

刺し物屋ってなんだよ

なんか、いろいろ刺して置いてあったぞ? 

ハムとか漫画肉みたいになってたぜ

 俺はタコさんを一匹噛みちぎる。

 安っぽい味だが、何故か二匹目と止まらなかった。

(お祭り効果か)
ぉ、やってるみたいだな

 耳を澄ますと、ピアノの音が聴こえてきた。

 つまり、騒がしかった喧騒が前方からは聞こえてこない。


久しぶりって割には相変わらずだぜ

 ジジは懐かしいと、頬を緩ませていた。足取りも軽くなっているようだ。
 徐々に、音が旋律として耳に届く。

 聴いたことのない曲。

 だけど、いい曲だと思う。

しかし、本末転倒だな

 講堂に貼られた様々な展示物。

 俺たちを含め、誰もそんな物には目もくれずに芳野のピアノに集中していた。

すげーな

 手が、指が意思を持っているかのように動いている。

 あんな狭い鍵盤の上で飛んだり、跳ねたりと、様々な動作が行われていた。

~♪

 芳野が首を振る。それが合図だったのか、傍にいるねここが楽譜をめくる。
 

 俺が来てから三十分間。


 鳴りやまぬピアノは様々なメロディーを奏で、多くの人々を魅了していた。

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登場人物紹介

主人公、秋葉(あきば)

諸事情により名前は黙秘。作中でさえ語られないものの推理は可能。

ちなみに母親などから「しーくん」と呼ばれている。

両親がパティシエなこともあり、お菓子作りが得意。

高校1年生だが友達はおらず、クラスで孤立している。


芳野アキト。友人たちからは何故だか「閣下」と呼ばれている。

人を食ったような性格で、何を考えているのかわからない。

ピアノの腕前は天才と称されるほどだが、とある事情から距離を置いている。

秋葉と同じ高校1年生で、彼とは別の意味で浮いた存在。

十文字マキナ。友人たちからは「ジジ」の愛称で親しまれている。

見た目はチャラいものの、発言の多くが著作権に触れかねないほどのオタク。

元天才子役だが、とある事情から舞台を去っている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは幼馴染の関係。

猫田。下の名前は誰も知らない。友人たちからは「ねここ」と呼ばれている。

アキトやマキナと共にいるのが不思議なほど、特徴のない少年。それを自覚してか、語尾で頑張ってキャラ付けをしている。

秋葉と同じ高校1年生で、アキトとは同じクラス。

四宮初菜(しのみやはつな)、小学1年生。

秋葉の母親の後輩である、和佳子の娘。

年齢に見合わない仕草や影があり、見る人が見れば歪な少女。

江本祥子、小学6年生。初菜にとって、おねーさん的存在。

アキトたちと面識がある様子だが、その関係性は不明。

年齢の割に大人びていて、手が大きい。

四宮和佳子。初菜の母親で年齢は内緒。

秋葉父の教え子であり、秋葉母の後輩。現在は秋葉両親が営むカフェの従業員。

曰く、元キャリアウーマンらしい。旦那とは離婚している。

秋葉の母。女性の菓子職人パティシエール。

夫とは年が離れているからか、年齢の割に少女の面影を強く残している。

秋葉の父。元教師、元彫刻家。現在はパティシエ。

妻との出会いは学校の教師と生徒だが、関係を持ったのは卒業後。

涼子先輩。料理部の部長で高校3年生。

中高一貫なので、中学時代から秋葉のことを知っている。

だが、高校生になってからは一度も会っていない。


 秋葉のクラスの委員長。

 孤立している秋葉を気にかけている。

保険医。サボり癖のある秋葉とアキトが一番お世話になっている先生。

なのに、2人からは名前すら憶えて貰っていない


増田先生。

数学を教えている高校教師で、生徒からは嫌われている。

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