第24話 魔王セラヌの回想 眠り姫の回想
文字数 3,883文字
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland
ウィンザー
Windsor
森と小川に囲まれた屋敷
A house surrounded by woods and streams
【魔王セラヌの回想 Reminiscences of the Devil's Serane】
「セラヌおじさん、大切なお話があるの!」
ニューヨークでジャックと共に過ごすようになってからは、めっきりと訪問回数が減った僕の研究施設に、君は突然現れた。
「ウインザーの屋敷に居るシエナ から連絡があったの! 施設で別れた姉の養父母から電話が来たって。姉は重い病気になっているみたい。直ぐにイギリス に連れて行って!」
君は息を切らして駆け付けてきた。
程なく私の下にも、ウインザー屋敷の管理者シャーウッド 夫妻からの連絡が入れられた。『アクエリアスの双生の姉が重い病 で病床 に伏している』との事であった。
あの日、養護施設の退所手続きを済ませ、幼いアクエリアスを屋敷に連れ帰った僕は… アクエリアスの生活が落ち着くのを待つと直ぐに、施設で別れた君の双生の姉の消息を探し始めた。出来れば、姉妹二人が共にこの屋敷で暮らして行けるようにと僕は願っていた。
程なくして、アクエリアスの姉の消息がつかめた。アクエリアスの姉は、アイルランドの豊かな農夫の家に養子縁組がなされていた。心温かな夫婦、しかし広い大地で町から離れた暮らしをしている彼らは、他者とのかかわりを多く望んでは居なかったのだ。
アクエリアスの姉が養子縁組した農夫婦にお会いしたが、私の申し出はすぐさま拒絶された。そして更に彼らは、私の次の面会をも強く拒 み続ける。そこには養子縁組を忘れて、新しい家族とすこやかな家庭を築いてゆく彼らの強い意志が示されていた。
せめてもの縁つなぎに、こちらの連絡先を先方に手渡す事が精いっぱいで… 僕と幼いアクエリアスは、彼らの考えに従わざるを得なかったのだ。
「おじさん。私、怖いの。嫌な予感がする。胸騒ぎがするの…」
幼い時に分かれた双生の… 姉の重い病状を気遣うアクエリアスが落ち着きをなくしていた。
僕とアクエリアスは、研究施設内のヘリポートからヘリに乗り、プライベートジェットの待つ空港へと急いだ。そしてイギリス へと渡った。
着いた先の病院で僕らが見たのは、僅かな余命 を宣告されベットに横たわる君の双子の姉さんの姿。その傍 らには幼い兄弟の姿があった。
幼い兄弟は今にも泣き出しそうな表情をして立ちすくんでいた。妻に寄り添う、純朴 な夫も、若い妻の手を握り締めるしか他に為 す術 がなかった。
その隣に、嘗て頑 なであった農夫婦の立つ姿が見られた。夫婦の頭髪は時間の流れにさらされ明らかな変化を遂げていた。二人は僕のほうを見て、とても驚いた表情を見せる。僕の容姿が15年を超える時間を経ても、まるで変わらないことに夫婦は驚いていたのだ。
しかし、それよりも君の姉さんの幼い子供達が、君達二人の姿を見て驚いていたよね。アクエリアス、それは君と君の姉さんがまるで瓜二 つの姿形をしていたからだね… 幼い兄弟は君らの事を見比べて言葉を失っていた。
その後、二人だけになった君達姉妹に、どんな会話がなされたのか… その事は誰も知らないけれど、帰りに君が見せた悲しげな眼差 しが総てを物語っていた。
自分が死ぬ事よりも、母を亡くした子供達にもたらされる悲しみを憂 い必死に耐えている姉さんの姿を見て、君は姉の為に自己を犠牲 にしようと決めたのだ。
【眠り姫の回想 The recollection of the Sleeping beauty】
イギリス から急ぎニューヨークに戻った私は、遺伝子操作を加え細胞分裂を始めた私の卵子を自分の子宮に着床 させて貰えるようおじさんにお願いをした。
そして自分の胎芽を子宮に宿した私は、おじさんを伴い、再びイギリス の地へと渡った。
イギリスに渡る前日、ジャックと私はいつものようにアパートの床に座り二人過ごしていた。只、私は彼には何も話せずにいた。
私には突然に訪れたこの運命の事柄を、貴方にうまく説明する自信もなかったし、貴方を説得する為の十分な時間も無いと感じていた。
だから私は、貴方に抽象的 な表現で言葉を告げるしか方法が無かった。
『ジャック、貴方はタフよ! きっとどんな困難も乗り越えてくれる。私たちの愛は総ての障害を乗り越えるの。ジャック、愛している。待っていて、私達が永遠に生きる為に…』
それが貴方に告げた私の最後の言葉となった。
だけど信じている。どんなに長い時間が掛っても、タフな貴方なら、必ず私の帰りを持ち続けていてくれる。そうでしょう!? ジャック。
再びイギリス に渡ったセラヌおじさんと私は、夜が更 けるのを待って姉の入院する病院に忍び込んだ。真夜中の病室で横たわる姉の隣には、既に死神が張り付いていた。
死神以外には誰も居ない病室で、私は姉の隣で横になった。
「おじさんを信じているわ!」
私はセラヌおじさんにそう告げた。
おじさんは優しく頷いてくれる。
そしておじさんは、私の肉体から私の霊と魂を離脱 させた。眼下には、ベットに横たわる私達姉妹の姿がはっきりと見えた。
「少し怖いわ」
私の心は怯える。
「大丈夫! アクエリアス、君には僕が付いている。いいかい、これから君の姉さんの霊魂を、姉さんの肉体から離脱させ、君の肉体に侵入させる。そこで見ていて御覧」
おじさんがそう言うと、姉の霊魂は肉体から離脱して私の隣に漂 った。そして次の瞬間、私の肉体に重なるようにして、その中に入り込んだ。
「死神よ! 立ち去るのだ。お前の狙 った霊魂は生きる肉体に宿った。この霊魂の事は完全に諦 める事だ!」
おじさんは強いパワーで戸惑 う死神を追い払う。
「いいかい、アクエリアス。これから君の霊と魂を、君の子宮で育つ胎芽に送り込む。けれど、このまま侵入させれば人間の精神などはいとも簡単に崩壊してしまうことであろう。そこで僕は、アクエリアス、君の記憶を眠らせることにする」
「記憶を眠らせる? おじさん。眠らせるだけね⁉ 決して、失うでは… 嫌よ!?」
私はセラヌおじさんに強くお願いをした。
「アクエリアス、勿論だとも。君の霊魂の宿る胎芽は成長し胎児となり、この世界に再び誕生する。成長し、麗しい女性となった君を、僕がジャックのもとに連れて戻る。その時までの時間を… 君は眠りに就くのだ!」
「随分と気の長い話ね!」
今更 ながら、私は泣きそうになった。
「アクエリアス。眠りに就く君にとって、この時間の経過は、ほんの一瞬の瞬 きをする刹那 にしかすぎない。但 しジャックにとってそれは、余りにも長く辛い時間となり、彼を酷く苦しめる事となるのだ」
「おじさん… ジャックの事をよく知っているのね!? ジャックの足長おじさんとは、セラヌおじさんの事なのでしょう!?」
アクエリアスが自身の疑問をセラヌにぶつける。
「どうして解ったの?」
セラヌがアクエリアスに尋ねる。
「あんな優しい香りのするマッシュポテトはおじさんにしか作れない。けれどジャックは完璧に、おじさんのマッシュポテトを作り上げてくれたの… それでも最初は解らなかった。でもね、二人は孤独の星の下に生まれてきているのに、いつも強がりばかり。とても良く似ているの。だから解ったわ。おじさん、ジャックをお願い。ジャックは私が突然居なくなるときっと悲しみに暮れてしまう。だからおじさんが、ジャックの事を支えてあげて… 絶対によ!」
私の言葉を聞き届けると、セラヌおじさんは一瞬で私の霊魂を、私のからだに息吹 いた胎芽に侵入させた。
(ジャック、次にあなたに会うまでの時間を、私は眠り続ける。グリム童話の茨姫 のようでしょう。浮気はしないでね… ジャック、貴方を信じてるから)
【魔王セラヌの回想 Reminiscences of the Devil's Serane】
真夜中の病室に、霊と魂が抜け出た姉の肉体が残された。既に肉体を維持する植物的な力も、姉の肉体からは消え失せようとしていた。
僕は姉さんの霊魂が宿るアクエリアスの肉体を連れて病室を後にした。その子宮には、アクエリアスの霊魂が宿るアクエリアスのクローン胎芽が息吹いている。
異変を察知し急いで駆け付けた看護師が医師を呼び、医師が姉の家族に姉の臨終 を宣言した。
イギリス で行われた姉さんの肉体の葬儀が済むと、気の弱い夫は後を追うように自らで命を絶った。それは或 いは、あの死神が帳尻 を合わせる為に仕組んだ事なのかも知れない。
僕は遺 された幼い兄弟を連れ、ウィンザーの屋敷に三人を住まわせたのだ。
泣いていた幼い兄弟と、アクエリアスの肉体を持つ彼等の母親との対面は、涙なくしては語れない。アクエリアスの崇高 な精神が世界に奇跡を起こしたのだ。
ジャック、君だけが知らない。
だが、僕はこれを君に話すことはしないと決めていた。
これを知らせる事が、君の人生にとって最善ではないことを僕は知っているからだ。
ジャック、君ならばこの苦しみを乗り越える。
君ならばと、僕は信じていた。
そして、この心に約束をする。
命を削 られるほどの苦しみを乗り越えた君に
誰もが知り得ない至福 の輝きを送り届ける事を。
そして今、その時が来た。
君の、美しい眠り姫を起こそう。
ジャック、君のもとに僕が運んでゆく。
United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland
ウィンザー
Windsor
森と小川に囲まれた屋敷
A house surrounded by woods and streams
【魔王セラヌの回想 Reminiscences of the Devil's Serane】
「セラヌおじさん、大切なお話があるの!」
ニューヨークでジャックと共に過ごすようになってからは、めっきりと訪問回数が減った僕の研究施設に、君は突然現れた。
「ウインザーの屋敷に居る
君は息を切らして駆け付けてきた。
程なく私の下にも、ウインザー屋敷の管理者
あの日、養護施設の退所手続きを済ませ、幼いアクエリアスを屋敷に連れ帰った僕は… アクエリアスの生活が落ち着くのを待つと直ぐに、施設で別れた君の双生の姉の消息を探し始めた。出来れば、姉妹二人が共にこの屋敷で暮らして行けるようにと僕は願っていた。
程なくして、アクエリアスの姉の消息がつかめた。アクエリアスの姉は、アイルランドの豊かな農夫の家に養子縁組がなされていた。心温かな夫婦、しかし広い大地で町から離れた暮らしをしている彼らは、他者とのかかわりを多く望んでは居なかったのだ。
アクエリアスの姉が養子縁組した農夫婦にお会いしたが、私の申し出はすぐさま拒絶された。そして更に彼らは、私の次の面会をも強く
せめてもの縁つなぎに、こちらの連絡先を先方に手渡す事が精いっぱいで… 僕と幼いアクエリアスは、彼らの考えに従わざるを得なかったのだ。
「おじさん。私、怖いの。嫌な予感がする。胸騒ぎがするの…」
幼い時に分かれた双生の… 姉の重い病状を気遣うアクエリアスが落ち着きをなくしていた。
僕とアクエリアスは、研究施設内のヘリポートからヘリに乗り、プライベートジェットの待つ空港へと急いだ。そして
着いた先の病院で僕らが見たのは、僅かな
幼い兄弟は今にも泣き出しそうな表情をして立ちすくんでいた。妻に寄り添う、
その隣に、嘗て
しかし、それよりも君の姉さんの幼い子供達が、君達二人の姿を見て驚いていたよね。アクエリアス、それは君と君の姉さんがまるで
その後、二人だけになった君達姉妹に、どんな会話がなされたのか… その事は誰も知らないけれど、帰りに君が見せた悲しげな
自分が死ぬ事よりも、母を亡くした子供達にもたらされる悲しみを
【眠り姫の回想 The recollection of the Sleeping beauty】
そして自分の胎芽を子宮に宿した私は、おじさんを伴い、再び
イギリスに渡る前日、ジャックと私はいつものようにアパートの床に座り二人過ごしていた。只、私は彼には何も話せずにいた。
私には突然に訪れたこの運命の事柄を、貴方にうまく説明する自信もなかったし、貴方を説得する為の十分な時間も無いと感じていた。
だから私は、貴方に
『ジャック、貴方はタフよ! きっとどんな困難も乗り越えてくれる。私たちの愛は総ての障害を乗り越えるの。ジャック、愛している。待っていて、私達が永遠に生きる為に…』
それが貴方に告げた私の最後の言葉となった。
だけど信じている。どんなに長い時間が掛っても、タフな貴方なら、必ず私の帰りを持ち続けていてくれる。そうでしょう!? ジャック。
再び
死神以外には誰も居ない病室で、私は姉の隣で横になった。
「おじさんを信じているわ!」
私はセラヌおじさんにそう告げた。
おじさんは優しく頷いてくれる。
そしておじさんは、私の肉体から私の霊と魂を
「少し怖いわ」
私の心は怯える。
「大丈夫! アクエリアス、君には僕が付いている。いいかい、これから君の姉さんの霊魂を、姉さんの肉体から離脱させ、君の肉体に侵入させる。そこで見ていて御覧」
おじさんがそう言うと、姉の霊魂は肉体から離脱して私の隣に
「死神よ! 立ち去るのだ。お前の
おじさんは強いパワーで
「いいかい、アクエリアス。これから君の霊と魂を、君の子宮で育つ胎芽に送り込む。けれど、このまま侵入させれば人間の精神などはいとも簡単に崩壊してしまうことであろう。そこで僕は、アクエリアス、君の記憶を眠らせることにする」
「記憶を眠らせる? おじさん。眠らせるだけね⁉ 決して、失うでは… 嫌よ!?」
私はセラヌおじさんに強くお願いをした。
「アクエリアス、勿論だとも。君の霊魂の宿る胎芽は成長し胎児となり、この世界に再び誕生する。成長し、麗しい女性となった君を、僕がジャックのもとに連れて戻る。その時までの時間を… 君は眠りに就くのだ!」
「随分と気の長い話ね!」
「アクエリアス。眠りに就く君にとって、この時間の経過は、ほんの一瞬の
「おじさん… ジャックの事をよく知っているのね!? ジャックの足長おじさんとは、セラヌおじさんの事なのでしょう!?」
アクエリアスが自身の疑問をセラヌにぶつける。
「どうして解ったの?」
セラヌがアクエリアスに尋ねる。
「あんな優しい香りのするマッシュポテトはおじさんにしか作れない。けれどジャックは完璧に、おじさんのマッシュポテトを作り上げてくれたの… それでも最初は解らなかった。でもね、二人は孤独の星の下に生まれてきているのに、いつも強がりばかり。とても良く似ているの。だから解ったわ。おじさん、ジャックをお願い。ジャックは私が突然居なくなるときっと悲しみに暮れてしまう。だからおじさんが、ジャックの事を支えてあげて… 絶対によ!」
私の言葉を聞き届けると、セラヌおじさんは一瞬で私の霊魂を、私のからだに
(ジャック、次にあなたに会うまでの時間を、私は眠り続ける。グリム童話の
【魔王セラヌの回想 Reminiscences of the Devil's Serane】
真夜中の病室に、霊と魂が抜け出た姉の肉体が残された。既に肉体を維持する植物的な力も、姉の肉体からは消え失せようとしていた。
僕は姉さんの霊魂が宿るアクエリアスの肉体を連れて病室を後にした。その子宮には、アクエリアスの霊魂が宿るアクエリアスのクローン胎芽が息吹いている。
異変を察知し急いで駆け付けた看護師が医師を呼び、医師が姉の家族に姉の
僕は
泣いていた幼い兄弟と、アクエリアスの肉体を持つ彼等の母親との対面は、涙なくしては語れない。アクエリアスの
ジャック、君だけが知らない。
だが、僕はこれを君に話すことはしないと決めていた。
これを知らせる事が、君の人生にとって最善ではないことを僕は知っているからだ。
ジャック、君ならばこの苦しみを乗り越える。
君ならばと、僕は信じていた。
そして、この心に約束をする。
命を
誰もが知り得ない
そして今、その時が来た。
君の、美しい眠り姫を起こそう。
ジャック、君のもとに僕が運んでゆく。