第17話 ジェミニの休日(Gemini Holidays)p.m.
文字数 5,647文字
ニューヨーク マンハッタン
NY New York City Manhattan
酒場
Bar
「ジェミニ。お前、俺を誘っておいて、何で自分は炭酸水を飲んでいるんだよ!?」
セントラル パーク サウスで昼間から営業する酒場 、カウンターに肘をつき会話するボブとジェミニの姿がある。
「お前、21歳未満じゃないよな!?」
ボブがビールを飲みながら話す。
「はい。21歳になりました」
ジェミニは嬉しそうに答えた。
セントラル パークに設置されたベンチで、急に泣き伏したボブ。ジェミニは頃合いを見計 らってボブを軽食に誘ったのだ。それがボブの意向で酒場となった。
ボブなど放っておいて立ち去ればよかったのだとも思う、しかしこの男にはどこか憎めないところがあって、ジェミニはもう少しボブと付き合ってみたくなったのだ。
「おい。俺の話は一先ず置いといて… 今度はお前の話を聴かせろ」
ボブは二本目のビールを片手に話した。
「僕の話ですか?」
若いジェミニは困惑した表情を見せ答える。
「ボブさん。僕の話なんか聞いても面白くないですよ!」
「いいんだよ。聴いてやるから話せよ」
「僕に何の話を聴きたいんですか?」
「女の話だよ!」
「女性の!?」
「そうだよ。お前が童貞で彼女も居ないことは解った。だけどそんなお前にだって好きな女の一人や二人は居るだろう。それを聴かせろって言っているんだよ。今度はよ、俺がお前に代わって恋愛分析をしてやる」
ボブは酒に酔った赤い顔をして笑った。
「ボブさんは口が軽そうだし、僕はプライベートな事は余り人には話さない主義なんです」
ジェミニはそう答えた。
「何が主義だ。大丈夫だよ、こう見えても俺は口が堅い。それに童貞のお前には恋愛の指南を授けてやる必要がある。俺の心がそう言ってるんだよ!」
ジェミニは黙っている。
「それじゃあ飲め。なんだお前は、人にばかり飲ませて、しゃべらせて。そんな事じゃお前、友達も出来ないんだよ!」
ジェミニは黙っている。
「ははーん、図星か⁉ お前、友達もいないんだな⁉ だから休日に公園のベンチで本なんかを読んでいるんだ。一人自宅で本を読むのも寂しいものだから、公園に出て来る。いいか分析するぞ、お前は人恋しいんだよ。他者との交流を求めて公園に来る、それでも誰にも話し掛ける事が出来ずに又、一人で本を読む。いいか少しは心を開け。このボブさんがお前の友達になってやるよ。どうだ嬉しいだろう」
「はあ…っ」
ジェミニは曖昧 な返事をする。
「先ずは、飲むか話すかどちらかを選択しろ!」
ボブがジェミニに詰め寄る。
「お酒は飲めないんです。飲むと頭痛がして倒れそうになるんです」
若いジェミニはそう答えた。
「よし、それじゃあ話だ。話を聴かせろ!」
ボブがジェミニの背中を叩いて催促をする。
「解りました。解りましたよ。だけど良いですか、これは飽 くまでも僕の勝手な気持ちであって、勿論その女性には何ら関係のない話です」
「そんなことは分かってる、分かり切ってるって。心配するな!」
ボブは3本目のビールを注文した。
「ああ。こいつにも炭酸水のお代わりを頼む。これから咽が渇くからよ!」
ボブはバーテンに、若いジェミニのスパークリング ナチュラル ミネラルウォーターも頼んでくれた。
「まあそれでは聴いてください」
ジェミニはそう断りを入れた後に言葉を選びながら話を始めた。
固有名詞こそは出さなかったけれど、ジェミニは会社の上司であるマギーの事をボブに話してみた。大学を優秀な成績で飛び級して(ジェミニもそうであるのだけれど)社会に出た彼女の頭脳の聡明さを説明し、上司マギーの類い稀 な洞察力と電光石火の行動力を充分に説明した。その上で、マギーの美しい肢体の事や、豊かな表情、チャーミングな仕草など、ジェミニはそのすべてを余 すとこなくボブに話していた。
「ほう」
ボブはジェミニの言葉使いの巧みさに感嘆の声をあげた。
「お前、話が上手 いじゃねえか!」
「そうですか!?」
ジェミニは照れて頭を掻いた。
「ああ。その歳でこれだけ話せれば充分だ」
ボブは太鼓判を押した。
「しかし、好い女じゃねえか!! ジェミニ、お前も高望みな奴だな!?」
ボブはそう感想をもらした。
「解かりますか!?」
「解るよ。良く解る。だけどな… ジェミニ。それは、なんだかどこかで聞いた事があるような話だな?」
ボブは首を捻って考えている。
「どんな顔をした女なんだ? もう一度詳しく説明してくれ」
ジェミニにそう頼んだ。
「瞳は大きいです」
ジェミニは答える。
「落ちそうな位にか?」
「ええ。落ちそうな位にです」
「バッチリと眼力があって?」
「バッチリと眼力があります。こう横に大きく切れ長で… その瞳で見詰められると、僕は何時もドキドキします」
「それでまつ毛はどうだ? マスカラなんか塗っているのか?」
「いいえ。マスカラや付けまつ毛なんか、彼女には必要ありません」
「ふふーん。エクステ、マツエクだな!?」
「いいえ違います。総てが自然です。自然な状態で全てが完璧に創られているのです」
ジェミニはそう答えた。
「若い、若いぞジェミニ。幾 ら深い恋の罠に嵌まり込んで居るとしても、もう少し冷静になって、時には見直しをしてみるものだ。女なんてもんはな、どれだけ素 が良い女だろうと、化ける力も凄いものなんだ。詰まり化粧もじょうずって事だ。まあ、その内に解るって!」
ボブはそう言って、若いジェミニの肩を抱いた。
その後も二人はジェミニの想い人の特徴を話し続けた。
「うんうん、似てるよ。ジェミニ、似てるよ!」
ボブは頻 りに頷 いている。
「何がですか?」
「俺たちの女神がだよ。その特徴が正に瓜二つだ」
「ええっ。そうですか?」
ジェミニが嫌そうな表情で応える。
「お前、話していてそう思わないか?」
「全く、そうは感じません!」
「そうかな、似てると思うんだけどな。案外、俺たちの女の好みは同じだぜ!」
ボブはそう断言した。
「嫌ですよ!」
「俺だって嫌だよ!!」
二人は互いの顔を背 けて、暫し沈黙する。
「そうだ。ボブさん」
重苦しい沈黙を破ったのは若いジェミニの方であった。
「なんだ?」
ボブが返事をする。
「昨日、見ましたよね!? ニューヨーク総合私立大学物理学教授ジャック ヒィーリィオゥ ハリソンさんが、某国の諜報員に追われ、黒のスクーターでカーチェイスを繰り広げた映像を」
「ああ。今、ニューヨーク中の噂の…」
ボブは内心、『ドキリ』 とした。
「そうです。見たんですね!?」
「いや。実は昨日も昼から酒を飲んで寝ちまったんだ」
「昨日もですか?」
ジェミニがボブに含みのある視線を送る。
「いや、待てジェミニ。俺はアル中じゃないぜ!」
「大丈夫ですか?」
ジェミニが、ボブのアルコール依存を怪しむ。
「何を言っていやがる。俺の仕事は朝が早いんだよ、果物を扱 っているからよ。だから疲れがたまった時は、午後の店番は妹に任しちまうんだ。勿論、時々だぞ!」
「そうですか、解りました。信用します」
ジェミニはそう答えた。
「残念でしたね。生中継もやっていたんですよ!」
「そうね、噂には聞いているよ。俺も見たかったぜ! カッコよかったんだってな… 後ろに髪の長いべっぴんさんを乗せて、颯爽と黒塗りの中型スクーターを操る」
ボブはバイクのハンドルを操作するような動作をみせる。
「見てない割に巧ですね!?」
「そう。想像力に秀 でているんだよ俺は。好く言われるぜ!」
ボブは得意げに、バイクの操作のふりを続けている。
「ブン。ブン。それで、それがどうしたんだ?」
「ああ、そうです。そのジャック ヒィーリィオゥ ハリソン教授の後部座席に乗っていた女性が、僕の憧れの女性に良く似ていたんです」
ボブは再び『ドキリ』とする。パーカーの下で脇汗が流れ出ていた。
「ええっ。お前まじかよ!? もし本人だったら、どうするんだよ? 可哀想だがお前、若き俊才ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教授、独身貴族のジャック ヒィーリィオゥ ハリソン先生には、間違いなく敵わないぜ!」
今度はジェミニの心が強く傷んだ。
「変な事言わないでください。似ていただけで本人ではありませんよ。貴方に説明する上で、参考になればと思い話しただけです」
ジェミニの心臓の鼓動が止まらない。
「そうかい。それが案外本人で、二人は出来てたりして… そしたらどうするよ!? お前」
ボブは肘で若いジェミニの腕を小突いた。ふざけながらも心の中でボブは泣いている。
「止めてください。こんな話するんじゃなかった」
ジェミニは頬を膨らませた。
「まあいいさ。俺たちの女神が似てるって事と、ジャック ヒィーリィオゥ ハリソン教授の事は横に置いておこう」
「はい」
まだ夕暮れにも早い酒場の店内、それでも昼間から酒を飲む客は数多く存在した。会話とワインを楽しむ女性客の姿も多く、店は繁盛していた。
二人は酒場のカウンター中央で、何時尽きるともしれない話しを熱心に続けていた。
「そうか、そんなにきつくお前に当たるのか? その上司の女は!」
同情したボブが、ジェミニの肩に手を置く。
「そうなんですよ、ボブさん。あんなに奇麗なのに、急に豹変するんです。突然厳しい口調になって、非情とも呼べる態度を僕に示すんです。もう訳が分からないですよ!」
「ふうーん。お前から聞いた話を俺が分析すると、案外その女、お前に脈があるぜ!」
ボブは4本目のビールをラッパ飲みにしながら話した。
「ほ、本当ですか!?」
若いジェミニの瞳がキラキラと輝く。
「そうよ、その女、案外お前に気があるぜ!」
ジェミニには気づけないようだが、ボブは完全に酔っ払いの目をしている。
「ボブさん。僕の話のどんな所から、ボブさんはそう感じてくれたんですか?」
ジェミニはボブに、まだおさない顔を近づける。
「ゲフッ!!」
ボブがジェミニの鼻先でビール臭 いげっぷを吐いた。ジェミニは手のひらで鼻先を払い臭 いをかき消す。
「いいか。俺の冷静な分析によると」
「はい」
ジェミニの瞳は涙で潤んでいた。
「その女は、お前が自分よりも年下であるという事に、こだわりを感じているようだ」
「こだわり?」
ジェミニはその言葉を反芻する。
「そうだ。その女が何故、お前のような若くて可愛い従順な男に冷たく当たるのか? そこに謎解きのカギがある」
「謎解きのカギ。ボブさん深いです!」
「そうだろう。俺をなめるんじゃねえぞ!?」
「なめてませんよ!!」
ジェミニは必死に弁解する。
「あたぼうよ。俺はこれでも皇帝と呼ばれていたんだぜ!」
「皇帝ですか? 凄いですね」
「そうよ。信じるか?」
「はい。信じます」
「女心を語らせたら右に出る者はいない。そう言う意味でよ!」
「はい」
ジェミニが再び頷く。
実はボブは、家族や仲間からは幻想皇帝と呼ばれているのだが、ジェミニはそれを知らない。
「ボブさん。話の続きを早く聴かせてください」
ジェミニがボブに詰め寄る。
「いいか。その女がお前に冷たく当たるのは、カモフラージ って訳よ。つまり、年下のお前に自分が気があるのを悟らせたくない。それが、女心ってもんよ!」
ボブは胸を張って答えた。
「本当ですか!? ボブさん」
「おおう。お前の話と俺の経験を照らし合わせた結果が100%これよ。まず間違いはない」
ボブは自慢げに答えた。
「そうだったのか!!」
ジェミニは心を弾ませる。
「僕もとても不思議だったんです。こんなに尽くしている僕に、部長がどうして辛く当たるのか? 辛く当たられる理由など何もなかったのですから、本当に悩みました。だけどボブさんのお陰で、目の前から霧が晴れて行く思いです」
「いいか、ジェミニ。年下を意識させない為には、常にお前が彼女を引っ張っていく事だぞ!」
「僕が、部長をですか?」
「そうだ。お前がその女を強気でリードして行くのさ!」
ボブが5本目のビールを飲みながら話した…
二人が酒場を出たのは、既に街並みに夜の街灯が灯る時刻であった。自転車を押し歩くボブの隣には、ステンカラーコートの襟を立てて歩く、若いジェミニの姿があった。
「ボブさん。今日はすっかりご馳走になってしまって」
ジェミニは勘定を全て払ってくれたボブに感謝の意を示した。
ボブは二人で食べたフライドチキンやピザの代金も全て、薄い財布を丸ごと馴染みのバーテンに預ける形で支払ってくれていた。
「今度は僕が奢ります」
「いんだよ。いんだよ」
ボブは同じ言葉を繰り返す。
ジェミニの心は弾んでいた。
このむさ苦しい男が、思いもよらず自分と同じ感性を有しており、更には自分の悩みまで聴いてくれる友人となっていた。こんなにも短時間で友人が出来た事に驚き、初めて出来た友人に感謝をした。しかもこの友人は、ジェミニに素晴らしいアドバイスを与えてくれたのだ。
(マギー部長が自分に冷たく当たるのは、年下の僕に気があるのを隠すためのカモフラージュ)
それを100%信じる事は出来ないとしても、若いジェミニの心に希望の火が灯されたのは事実であった。
「ああっ。あれは部長!!」
ジェミニが突然声を上げる。街角で、反対車線の歩道を足早に歩き去るマギーの姿を見付けたのだ。
(なんという偶然)
ジェミニは酩酊 状態で歩行が定まらないボブにベンチに腰掛け待つように話すと、反対車線の歩道へと飛び出して行った。
ボブはインテリアショップの前に置かれたベンチに座ると眠り込んでしまう。
ニューヨーク マンハッタンの街角を足早に歩くマギー。
道路を横断したジェミニは、その後を追い掛けて行く。
高級紳士服が陳列するブティックの前で、マギーの足が止まった。マギーの視線は、ショーウインドに飾られたチェックシャツに注がれていた。
「可愛らしいチェックシャツね。ワイドスプリットの襟が素敵だわ。ジャックにはきっと好く似合うわね」
そう呟くと、マギーは嬉しそうに紳士服専門店へと入って行った。
NY New York City Manhattan
酒場
Bar
「ジェミニ。お前、俺を誘っておいて、何で自分は炭酸水を飲んでいるんだよ!?」
セントラル パーク サウスで昼間から営業する
「お前、21歳未満じゃないよな!?」
ボブがビールを飲みながら話す。
「はい。21歳になりました」
ジェミニは嬉しそうに答えた。
セントラル パークに設置されたベンチで、急に泣き伏したボブ。ジェミニは頃合いを
ボブなど放っておいて立ち去ればよかったのだとも思う、しかしこの男にはどこか憎めないところがあって、ジェミニはもう少しボブと付き合ってみたくなったのだ。
「おい。俺の話は一先ず置いといて… 今度はお前の話を聴かせろ」
ボブは二本目のビールを片手に話した。
「僕の話ですか?」
若いジェミニは困惑した表情を見せ答える。
「ボブさん。僕の話なんか聞いても面白くないですよ!」
「いいんだよ。聴いてやるから話せよ」
「僕に何の話を聴きたいんですか?」
「女の話だよ!」
「女性の!?」
「そうだよ。お前が童貞で彼女も居ないことは解った。だけどそんなお前にだって好きな女の一人や二人は居るだろう。それを聴かせろって言っているんだよ。今度はよ、俺がお前に代わって恋愛分析をしてやる」
ボブは酒に酔った赤い顔をして笑った。
「ボブさんは口が軽そうだし、僕はプライベートな事は余り人には話さない主義なんです」
ジェミニはそう答えた。
「何が主義だ。大丈夫だよ、こう見えても俺は口が堅い。それに童貞のお前には恋愛の指南を授けてやる必要がある。俺の心がそう言ってるんだよ!」
ジェミニは黙っている。
「それじゃあ飲め。なんだお前は、人にばかり飲ませて、しゃべらせて。そんな事じゃお前、友達も出来ないんだよ!」
ジェミニは黙っている。
「ははーん、図星か⁉ お前、友達もいないんだな⁉ だから休日に公園のベンチで本なんかを読んでいるんだ。一人自宅で本を読むのも寂しいものだから、公園に出て来る。いいか分析するぞ、お前は人恋しいんだよ。他者との交流を求めて公園に来る、それでも誰にも話し掛ける事が出来ずに又、一人で本を読む。いいか少しは心を開け。このボブさんがお前の友達になってやるよ。どうだ嬉しいだろう」
「はあ…っ」
ジェミニは
「先ずは、飲むか話すかどちらかを選択しろ!」
ボブがジェミニに詰め寄る。
「お酒は飲めないんです。飲むと頭痛がして倒れそうになるんです」
若いジェミニはそう答えた。
「よし、それじゃあ話だ。話を聴かせろ!」
ボブがジェミニの背中を叩いて催促をする。
「解りました。解りましたよ。だけど良いですか、これは
「そんなことは分かってる、分かり切ってるって。心配するな!」
ボブは3本目のビールを注文した。
「ああ。こいつにも炭酸水のお代わりを頼む。これから咽が渇くからよ!」
ボブはバーテンに、若いジェミニのスパークリング ナチュラル ミネラルウォーターも頼んでくれた。
「まあそれでは聴いてください」
ジェミニはそう断りを入れた後に言葉を選びながら話を始めた。
固有名詞こそは出さなかったけれど、ジェミニは会社の上司であるマギーの事をボブに話してみた。大学を優秀な成績で飛び級して(ジェミニもそうであるのだけれど)社会に出た彼女の頭脳の聡明さを説明し、上司マギーの
「ほう」
ボブはジェミニの言葉使いの巧みさに感嘆の声をあげた。
「お前、話が
「そうですか!?」
ジェミニは照れて頭を掻いた。
「ああ。その歳でこれだけ話せれば充分だ」
ボブは太鼓判を押した。
「しかし、好い女じゃねえか!! ジェミニ、お前も高望みな奴だな!?」
ボブはそう感想をもらした。
「解かりますか!?」
「解るよ。良く解る。だけどな… ジェミニ。それは、なんだかどこかで聞いた事があるような話だな?」
ボブは首を捻って考えている。
「どんな顔をした女なんだ? もう一度詳しく説明してくれ」
ジェミニにそう頼んだ。
「瞳は大きいです」
ジェミニは答える。
「落ちそうな位にか?」
「ええ。落ちそうな位にです」
「バッチリと眼力があって?」
「バッチリと眼力があります。こう横に大きく切れ長で… その瞳で見詰められると、僕は何時もドキドキします」
「それでまつ毛はどうだ? マスカラなんか塗っているのか?」
「いいえ。マスカラや付けまつ毛なんか、彼女には必要ありません」
「ふふーん。エクステ、マツエクだな!?」
「いいえ違います。総てが自然です。自然な状態で全てが完璧に創られているのです」
ジェミニはそう答えた。
「若い、若いぞジェミニ。
ボブはそう言って、若いジェミニの肩を抱いた。
その後も二人はジェミニの想い人の特徴を話し続けた。
「うんうん、似てるよ。ジェミニ、似てるよ!」
ボブは
「何がですか?」
「俺たちの女神がだよ。その特徴が正に瓜二つだ」
「ええっ。そうですか?」
ジェミニが嫌そうな表情で応える。
「お前、話していてそう思わないか?」
「全く、そうは感じません!」
「そうかな、似てると思うんだけどな。案外、俺たちの女の好みは同じだぜ!」
ボブはそう断言した。
「嫌ですよ!」
「俺だって嫌だよ!!」
二人は互いの顔を
「そうだ。ボブさん」
重苦しい沈黙を破ったのは若いジェミニの方であった。
「なんだ?」
ボブが返事をする。
「昨日、見ましたよね!? ニューヨーク総合私立大学物理学教授ジャック ヒィーリィオゥ ハリソンさんが、某国の諜報員に追われ、黒のスクーターでカーチェイスを繰り広げた映像を」
「ああ。今、ニューヨーク中の噂の…」
ボブは内心、『ドキリ』 とした。
「そうです。見たんですね!?」
「いや。実は昨日も昼から酒を飲んで寝ちまったんだ」
「昨日もですか?」
ジェミニがボブに含みのある視線を送る。
「いや、待てジェミニ。俺はアル中じゃないぜ!」
「大丈夫ですか?」
ジェミニが、ボブのアルコール依存を怪しむ。
「何を言っていやがる。俺の仕事は朝が早いんだよ、果物を
「そうですか、解りました。信用します」
ジェミニはそう答えた。
「残念でしたね。生中継もやっていたんですよ!」
「そうね、噂には聞いているよ。俺も見たかったぜ! カッコよかったんだってな… 後ろに髪の長いべっぴんさんを乗せて、颯爽と黒塗りの中型スクーターを操る」
ボブはバイクのハンドルを操作するような動作をみせる。
「見てない割に巧ですね!?」
「そう。想像力に
ボブは得意げに、バイクの操作のふりを続けている。
「ブン。ブン。それで、それがどうしたんだ?」
「ああ、そうです。そのジャック ヒィーリィオゥ ハリソン教授の後部座席に乗っていた女性が、僕の憧れの女性に良く似ていたんです」
ボブは再び『ドキリ』とする。パーカーの下で脇汗が流れ出ていた。
「ええっ。お前まじかよ!? もし本人だったら、どうするんだよ? 可哀想だがお前、若き俊才ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教授、独身貴族のジャック ヒィーリィオゥ ハリソン先生には、間違いなく敵わないぜ!」
今度はジェミニの心が強く傷んだ。
「変な事言わないでください。似ていただけで本人ではありませんよ。貴方に説明する上で、参考になればと思い話しただけです」
ジェミニの心臓の鼓動が止まらない。
「そうかい。それが案外本人で、二人は出来てたりして… そしたらどうするよ!? お前」
ボブは肘で若いジェミニの腕を小突いた。ふざけながらも心の中でボブは泣いている。
「止めてください。こんな話するんじゃなかった」
ジェミニは頬を膨らませた。
「まあいいさ。俺たちの女神が似てるって事と、ジャック ヒィーリィオゥ ハリソン教授の事は横に置いておこう」
「はい」
まだ夕暮れにも早い酒場の店内、それでも昼間から酒を飲む客は数多く存在した。会話とワインを楽しむ女性客の姿も多く、店は繁盛していた。
二人は酒場のカウンター中央で、何時尽きるともしれない話しを熱心に続けていた。
「そうか、そんなにきつくお前に当たるのか? その上司の女は!」
同情したボブが、ジェミニの肩に手を置く。
「そうなんですよ、ボブさん。あんなに奇麗なのに、急に豹変するんです。突然厳しい口調になって、非情とも呼べる態度を僕に示すんです。もう訳が分からないですよ!」
「ふうーん。お前から聞いた話を俺が分析すると、案外その女、お前に脈があるぜ!」
ボブは4本目のビールをラッパ飲みにしながら話した。
「ほ、本当ですか!?」
若いジェミニの瞳がキラキラと輝く。
「そうよ、その女、案外お前に気があるぜ!」
ジェミニには気づけないようだが、ボブは完全に酔っ払いの目をしている。
「ボブさん。僕の話のどんな所から、ボブさんはそう感じてくれたんですか?」
ジェミニはボブに、まだおさない顔を近づける。
「ゲフッ!!」
ボブがジェミニの鼻先でビール
「いいか。俺の冷静な分析によると」
「はい」
ジェミニの瞳は涙で潤んでいた。
「その女は、お前が自分よりも年下であるという事に、こだわりを感じているようだ」
「こだわり?」
ジェミニはその言葉を反芻する。
「そうだ。その女が何故、お前のような若くて可愛い従順な男に冷たく当たるのか? そこに謎解きのカギがある」
「謎解きのカギ。ボブさん深いです!」
「そうだろう。俺をなめるんじゃねえぞ!?」
「なめてませんよ!!」
ジェミニは必死に弁解する。
「あたぼうよ。俺はこれでも皇帝と呼ばれていたんだぜ!」
「皇帝ですか? 凄いですね」
「そうよ。信じるか?」
「はい。信じます」
「女心を語らせたら右に出る者はいない。そう言う意味でよ!」
「はい」
ジェミニが再び頷く。
実はボブは、家族や仲間からは幻想皇帝と呼ばれているのだが、ジェミニはそれを知らない。
「ボブさん。話の続きを早く聴かせてください」
ジェミニがボブに詰め寄る。
「いいか。その女がお前に冷たく当たるのは、
ボブは胸を張って答えた。
「本当ですか!? ボブさん」
「おおう。お前の話と俺の経験を照らし合わせた結果が100%これよ。まず間違いはない」
ボブは自慢げに答えた。
「そうだったのか!!」
ジェミニは心を弾ませる。
「僕もとても不思議だったんです。こんなに尽くしている僕に、部長がどうして辛く当たるのか? 辛く当たられる理由など何もなかったのですから、本当に悩みました。だけどボブさんのお陰で、目の前から霧が晴れて行く思いです」
「いいか、ジェミニ。年下を意識させない為には、常にお前が彼女を引っ張っていく事だぞ!」
「僕が、部長をですか?」
「そうだ。お前がその女を強気でリードして行くのさ!」
ボブが5本目のビールを飲みながら話した…
二人が酒場を出たのは、既に街並みに夜の街灯が灯る時刻であった。自転車を押し歩くボブの隣には、ステンカラーコートの襟を立てて歩く、若いジェミニの姿があった。
「ボブさん。今日はすっかりご馳走になってしまって」
ジェミニは勘定を全て払ってくれたボブに感謝の意を示した。
ボブは二人で食べたフライドチキンやピザの代金も全て、薄い財布を丸ごと馴染みのバーテンに預ける形で支払ってくれていた。
「今度は僕が奢ります」
「いんだよ。いんだよ」
ボブは同じ言葉を繰り返す。
ジェミニの心は弾んでいた。
このむさ苦しい男が、思いもよらず自分と同じ感性を有しており、更には自分の悩みまで聴いてくれる友人となっていた。こんなにも短時間で友人が出来た事に驚き、初めて出来た友人に感謝をした。しかもこの友人は、ジェミニに素晴らしいアドバイスを与えてくれたのだ。
(マギー部長が自分に冷たく当たるのは、年下の僕に気があるのを隠すためのカモフラージュ)
それを100%信じる事は出来ないとしても、若いジェミニの心に希望の火が灯されたのは事実であった。
「ああっ。あれは部長!!」
ジェミニが突然声を上げる。街角で、反対車線の歩道を足早に歩き去るマギーの姿を見付けたのだ。
(なんという偶然)
ジェミニは
ボブはインテリアショップの前に置かれたベンチに座ると眠り込んでしまう。
ニューヨーク マンハッタンの街角を足早に歩くマギー。
道路を横断したジェミニは、その後を追い掛けて行く。
高級紳士服が陳列するブティックの前で、マギーの足が止まった。マギーの視線は、ショーウインドに飾られたチェックシャツに注がれていた。
「可愛らしいチェックシャツね。ワイドスプリットの襟が素敵だわ。ジャックにはきっと好く似合うわね」
そう呟くと、マギーは嬉しそうに紳士服専門店へと入って行った。