第14話 ペンタゴン (The Pentagon) アメリカ国防総省本庁舎

文字数 3,850文字

 アメリカ合衆国 ワシントンDC
 washington, D.C., United States
 バージニア州 アーリントン
 Arlington, Virginia

 五階建て五角形の建造物、各床に環状(かんじょう)の廊下があり、世界最大のオフィスビルでありながら、どこに居ても10分以内で全ての部署にたどり着ける仕組みが施されている。23,000名の軍属と民間の職員、3,000名の援助要員を収容し、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍を傘下(さんか)に収める。

 ペンタゴン (The Pentagon)

 ここで今、ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教授ジャック ヒィーリィオゥ ハリソンを(まね)いての聴聞会(ちょうもんかい)が開かれていた。


「国防総省まで御同行願います」
 マギーの住む超高層ビルに訪れた二人組の男。

 彼等はにこりともせず。

「屋上にヘリを待たせています。御足労願います」
 マギーと二人の夜を楽しむジャックにそう告げたのだ。

「今日はデートだから行けないと言ったら?」

「教授。我々に冗談は通じません」

 にべもなく断られた。

「だろうね」
 確かにそんな雰囲気であった…

「ジャックを必ずここに送り届けて頂戴!」
 洋服に着替え、洗顔と歯磨きを済ませたジャックが部屋を出ていく際に、マギーが二人組の男に声を掛けた。

「私はたとえペンタゴンでさえ、怖くはないのよ!」
 縁取(ふちど)りに細い黒エナメルの付いた白いワンピースを着るマギーが、二人の男を(にら)みつける。

 国防総省から(つか)わされた男がマギーの目を冷たく見詰めていた。


「ニューヨーク総合私立大学ジャック ヒィーリィオゥ ハリソン教授。以後、ジャック博士と呼ばせて貰う。宜しいかな!?
 空軍のブレザーを着た、温厚な人柄に見える老紳士が口を開いた。

「どうぞご自由に」
 ジャックは答えた。

 楕円を描く会議用テーブルの中央に立つジャックの周囲には、陸・海・空軍、そして海兵隊のブレザーを着た将校級の人間が着座していた。その隣でスーツを着る無表情の人間達が、国防総省の民間職員と連邦捜査局の人間のようであった。

「ジャック博士。米国連邦捜査局の調査報告書がここに届けられた。君の活躍は民間のテレビ局で大々的に報じられた経緯もあり、大統領もこれには大変興味を持っておられる」

「恐縮です」
 背筋を伸ばしたジャックが応えた。 

某国(ぼうこく)が君を監禁した理由は、君の持つロケットプログラムを、某国の軍需兵器に転換利用する目的であった事が判明した。世界に某国の発言力を強める狙いがある。君が火星の地球化を目指してネイチャーに発表した、地球周回軌道を利用し直接宇宙空間からロケットを火星に放つアイデアを悪用し、程度の低い発想でロケットを地球の特定地点を狙って落とそうと画策したのだ」
 老紳士が話す。

「長距離弾道ミサイルを自国に向けられるよりも尚、(たち)が悪い。地球周回軌道に粗末なロケットを打ち上げられるだけでも迷惑な話だが… そのロケットにコーティング処置を施され、大気圏を通過された際にはもう目も当てられない。我らの科学力を持ってしても、果たして何パーセントの迎撃(げいげき)が可能か? そのような事となれば、それはもうその国を軍事的に制圧してでも阻止せねばならない程の、我が国にとっての重大な脅威(きょうい)となる。某国には大統領を通して厳重に抗議を入れて戴いた」

(抗議と言うより、(おど)しを入れるよう頼んだのだ。老紳士の温厚そうに見える表情には注意が必要だ)
 ジャックは心の中で呟いた。

「君の事は暫く、FBIが世話をしてくれる。宜しいかな!?
 老紳士が尋ねる。

「お手柔らかに」
 ジャックは自分の周囲に座るそれらしい人物に向かい一礼をする。礼を受けた男は、鋭い視線でジャックを見つめ返した。

「ジャック博士。合衆国連邦は近い将来、再度月面にアタックをする。月面に基地を建設する計画の議論も既に始まっている。君が提唱(ていしょう)するテラフォーメーションプラン(火星の地球化計画)についても、いずれ実行を前提とした計画が練られる事であろう。優秀な科学者達が、壮大な事業に参画(さんかく)し、新しい時代を切り開いて行く。君にはその時、連邦を代表する科学者達のリーダーとして、存分に活躍をして貰いたい。我等はそう考えている」

「本当ですか!?
 ジャックは目を輝かせる。

「本当だとも!」
 老紳士は微笑みを返した。

「しかし、ジャック博士。その前に君にやって貰いたい仕事がある。これは我等軍上層部が独断で決定した事柄では無く、大統領もそれを望んでいる我が国の国防に関わる重要事項だ!」

 嫌な予感がした。

「最重要の事業計画」
 老紳士がジャックの目を静かに見詰めている。

「博士。世界の状況を冷静に見詰めて頂きたい。抑止力(よくしりょく)(しょう)して、いったい幾つの国が核兵器を保有しているのか。核開発技術、ロケット発射技術、全てがインターネットを通じて世界に発信される時代、世界のリーダーたる合衆国の足下も常に揺らされている。更には軍事テロリズムの存在。君もニュースで目にする事があるだろう、我が国が行っているピンポイントの軍事行為を、綺麗事丈で済む程世界は甘くは無い。戦闘空母から緊急発進するステルス戦闘機、艦船・原子力潜水艦より射出されるトマホークミサイル等、誰もが辛い仕事を請け負っている。科学者だってそれはそうだ。誰だって自分の発明や研究を軍事目的に使用されるのは辛い。誰、世界平和を保つ為に我が国の同胞は皆、自分の責務を果たしてきた。それは解るだろう!?
 老紳士はジャックに尋ねる。

「それは解ります」
 ジャックは神妙に答えた。

「君には厚い雲の上から(いかずち)を放つ力がある。ギリシャ神話のゼウスが持つ力だ。ジュピターと呼んだ方が、我らにはより親しみが深い」

「地球周回軌道から、核を射ち降ろせと言われるのですね!?」  

「そうだ流石に頭の回転が速い!」
 老紳士はジャックの直感力を褒め称えた。

「海軍にはネプチューン(ポセイドン)の三叉(さんさ)(ほこ)がある! ジュピター(ゼウス)の雷の矢は、空軍とジャック博士、君の力で造り上げるのだ!!
 国防総省本部庁舎の聴聞室に沈黙が流れた。

(人権や人命を守る行為に何故、犠牲(ぎせい)()いるのか!?)
 ジャックの喉からyesと言う言葉が出てこない。

「ジャック ハリソン教授。これは勇気ある国家国民の義務です!」
 先程、鋭い視線でジャックを見つめ返した男、連邦捜査局の人間と思われる男が口を開いた。

義務(duty?)
 ジャックがその言葉を反芻(はんすう)する。

「そうです。これは我が合衆国の科学者としては従わざるを得ない国家的な義務です!」

「国家的な義務(obligation)!?
 ジャックが再び反芻する。

「お解りの筈!? それとも貴方は理系であるが(ゆえ)、キリスト教ストア学派の学者やカントなどの倫理学(りんりがく)を知らないと言われるのですか?」
 米国連邦捜査局の人間と思わしき男が尋ねる。

義務(duty)とは、人が自己の好悪(こうお)にかかわりなく成すべき事、又はすべきこと」
 ジャックが口を開く。

「知っているではないてすか。自己紹介が遅れました。米国連邦捜査局国防課の主査(しゅさ)を務める者です。名前までは申し上げられませんが」
 男はジャックに心理的威圧感(いあつかん)を与えようとしていた。

「但し、この概念(がいねん)は、一方では道徳的強制を意味すると共に、他方では必ずしもそれに従わない傾向が人間にはある事を含んでいる」
 ジャックはそう答えた。 

「義務。我が国では重大な国家的事項に係わる義務には、時に法的な拘束が架けられます。貴方には名誉や名声、莫大な富と財産、大きな権力を得る機会も与えられますが、それと同時に、不名誉や言われ無き汚名、貧困、更には自己の能力を発揮する場所さえ失う軟禁や拘束等の危険を得る機会も与えられているのです。それはお忘れ無きよう」
 米国連邦捜査局国防課主査を務める男が静かに言い放った。

「まあまあ。博士は勇気と愛国心に富んだ人物と聞いている。そのような物騒(ぶっそう)な話は無しにしよう」
 二人の会話に老紳士が割って入った。

「善いですか!? ジャック博士。ニューヨーク総合私立大学総長にはアメリカ合衆国国防総省本部庁舎の方から、大統領令として通知を送っておきます。博士には2週間後よりこの仕事に取り掛かっていただく。それまでに個人の生活や仕事の整理を済ませておく事。宜しいかな? 何処に居ようと必ず迎えに行きます」
 老紳士はそう言うと笑顔で歩み寄り、ジャックの右手を強く握り締めた。

 それにならい、会場に居た総ての人間がジャックに握手を求め、にこやかに会場を去って行った。

 最後に残されたのが、連邦捜査局国防課主査の男である。男は静かにジャックの眉間を見詰め「決して判断を(あやま)りませぬよう」 威圧的な口調で話した。

 ジャックと連邦捜査局の男は、その場で立ち止まり暫く視線を離さずにいた。

 連邦捜査局国防課主査の男が聴聞室を立ち去ると、その場にはジャックだけが残された。一人残されたジャックの元に、ダークグレイのスーツとコートに身を包んだ男が再び姿を見せる。国防総省から遣わされたと名乗り、マギーのビルに現れた二人組の男だ。

 男達に案内をされるままジャックはヘリに乗せられ、ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイドの超高層ビル、マギーの待つ玄関へと戻された。

「ジャック。早かったのね!」
 帰宅したジャックに、優しく抱擁(ほうよう)して迎えたマギーが嬉しそうな声を上げる。

「ワシントンDCとニューヨークが、こんなに近いなんて思わなかったよ!?
 優しいにおいのする腕の中で、ジャックが(おどけ)てみせた。

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登場人物紹介

ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド。 

世界一の都市にそびえ立つ超高層マンションに住む。

しかもこの若さで一流企業の部長(general manager)様だ。

クッキー&クリームと世界規模で展開するチェーン店コーヒーを

こよなく愛する魔女。

マギー・ロペス(Maggi.Lopez)。

ジャックの最愛の恋人。

十七年前に突然とジャックの前から姿を消した。

アクエリアス(Aquarius)。

若き俊才、ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教室教授。

ジャック・ヒィーリィオゥ・ハリソン(Jack.Helio.Harrison)。


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