第20話 バミューダ(Bermuda) 会長の別荘

文字数 2,987文字

 アトランティック オーシャン バミューダ
 Atlantic 0cean Bermuda
 ライズ ゴールド ムーン コーポレーション会長の別荘

 太陽が地平線の彼方に沈み、夜空に星々の(きら)めきが広がる。天空には惑星が(かな)でる交響曲が(ひび)き渡っていた。

 北大西洋バミューダ諸島に広大な敷地面積を有する豪華な別荘施設群、その北に位置する屋敷で、大魔女イザベルは安楽椅子に腰掛け暖炉の炎を見詰めていた。

「マギーはうまく遣っているのかね?」
 イザベルは娘マギーの事を考えていた。

「準備は着々と整っているんだ。後はお前がジャック坊やをこちらの世界に引き込んでくれれば、直ぐに次の仕事に取り掛かれる」
 イザベルはひとりで話をしている。

「だけど凄かったね! 二人とも輝いていた。ジャック坊やの背中にしがみつき、後方から迫りくる某国の諜報部員とのカーチェイス。その役なら私もやってみたかったね! ブラックメタルボディのスクーター、あれはカッコいいよ! 今度購入するかね⁉ この広大な敷地の中で乗り回すのさ。運転が上達したら、それでニューヨークに乗り込んでもいい。楽しいね、肉体があるって事はさ! 私もそろそろ新しい肉体に乗り換えようかね⁉ セラヌ様にお願いをして… だけどマギーのような大きなバストは要らないね。何事も(つつし)みは大切だよ」
 そう話し続ける。

「しかし(つら)い指令を与えたかも知れないね… あの()が深く傷つく可能性もあるんだ。楽観は出来ないよ。良い方向に進んでくれればいいけどね… そう願っているよ!」
 大魔女イザベルは深いため息を吐いた。

 部屋は懐古的(かいこてき)な家具で統一がなされていた。円形のテーブルの上には、飲みかけの紅茶セットと折りたたみ式ガラケータイプのスマホが置かれていた。

 大魔女イザベルのスマホから着信のメロディーが流れる。イギリスの伝統あるスパイ映画のテーマ曲、それが一小節だけ鳴り響いた。

「任務を言い付けている私の諜報部員からのメールだ」
 イザベルは【受信メール】を確認する。

「ふんふん、何々」
【マギー様とジャック様が、ニューヨーク マンハッタン コロンバス アベニュー のイタリアン レストラン2階にて会食中。マギー様は赤のエナメルベルトでしめた白のドレストレンチコートを着て来店されています。マギー様の右腕には赤の円筒形バックが下げられていました】

「細かいね報告が⁉ しかし、マギーは気合が入っているね。白のドレストレンチコート。あの()は靴に合わせて、バックとベルトの色をコーディネートするんだよ。前回は黒のパンプスと黒のベルト、黒の円筒形バックだったね。カッコよかったよ! マギーはそれでニューヨークの街並みを颯爽と歩くんだ。すれ違った男どもは皆振り返るよ。今回は赤で決めたね。赤のベルトに赤の円筒形バック、パンプスもきっと赤だね。恋に燃える女の盛装(せいそう)だ!」
 イザベルが大きな声で、ひとり話し続ける。

【白のドレストレンチコートを脱いだマギー様は、黒のパーティワンピースを着用。ワンピースの細いエナメルベルトには、蝶ネクタイの加工がしてあります。ドレスを留める肩紐(かたひも)は柔らかい素材で、おしゃれなリボンが付いていました】

「何だいこの諜報部員は!? フェティシスト(fetishist)かい? こいつ、マギーをフェティッシュ(fetish)にしてるんじゃないのかい⁉ ふうっ‼」
 イザベルはため息を漏らしながら、メールの続きを読み続ける。

【今日も又、マギー様の均等(きんとう)で形の良い額が奇麗に出ています。前髪はドライヤーで立ち上げられている御様子、両サイドには緩めのカール。マギー様は大変お美しいです】

「いいよ。お前の感想は聞いていないよ! 必要な事だけを報告しな。こいつ、完全にフェティシズム(fetishism)だ! 次からは確実に配置転換を言い付けるよ。それともこの諜報部員はクビにするかね!?
 大魔女イザベルは舌打ちをした。

「だけど始まったね。マギーは完全に勝負のモードだよ。ジャック坊やとマギーが真剣に交際するのなら、それは賛成だ!!
 イザベルは安楽椅子に深く腰掛け静かに瞼を閉じる。

 しかし直ぐに、握りしめたガラケータイプのスマホに着信のメロディーが流れる。イギリスの伝統あるスパイ映画のテーマ曲、それが一小節だけ鳴り響く。

「何だい。もう結論が出たのかい?」
 大魔女イザベルは安楽椅子から()ね起きる。

【交渉決裂。大変です、交渉は決裂の模様。ジャック様がひとりで、イタリアン レストランから出て行ってしまいました】

「何!? ジャックがひとりで出て行ったって⁉」
 イザベルは絶句する。しかしその両眼は大きく見開かれ、送信されたメールを黙って読み続けている。

【最後の言葉はこうです。『さよなら。君と過ごした3日間はとても素晴らしい体験だった』 一人残されたマギー様は泣いています。マギー様が可哀想(かわいそう)です。ジャック様を許せません!】

「『許せない』。生意気(なま)抜かすんじゃないよ!」
 イザベルは、手に持つガラケータイプのスマホを床にたたきつけた。そして呼び(りん)を握り締めると、それを高らかに振り鳴らした。

「早く来るんだ。私が待ってるんだよ!」
 イザベルは大声を上げる。

 そこに四人の男が駆け込んでくる。

「大婆様。お呼びですか?」
 白のワイシャツにナロータイ、ツーボタンのブラックスーツを窮屈(きゅうくつ)そうに着た男達が、慇懃(いんぎん)な態度でイザベルに(うかが)いを立てる。

「バーテンの僕ちゃんにメールを送りな。文面はこうだ。【イタリアン レストランの2階は閉鎖しな、誰も近づけるんじゃないよ。マギーの居るテーブルには唯、静かにティッシュペーパーの箱だけを置いて来るんだ】とね。いいかい!?

「はい」
 一人目の男がスーツからスマートフォンを取り出し、廊下を駆けて行った。

「バーテンの僕ちゃんの身柄は直ぐに確保しな。ジャック坊やに対して変な行動を取らないうちにね。いいかい!?

「はい」
 二人目の男もスーツからスマートフォンを取り出し、急いで廊下を駆けて行く。

「大至急、壊れたスマホの代わりを用意するんだ。全てが同じガラケー仕様(しよう)で使えるようにだよ。いいかい!?

「はい」
 三人目の男はイザベルが床にたたきつけたガラケータイプのスマートホンを拾い上げ、静かに部屋を出て行った。

「1時間ほど仮眠をとる。お前も出て行っとくれ!」
 最後に残った男にそう言い付けると、イザベルは放心した様子で安楽椅子に座り込んだ。

「マギー。辛い思いをさせたね…」
 誰も居なくなった部屋でイザベルはひとり呟いた。

 イザベルは暫く、唯、天井の模様だけを眺めていた。そのまま仮眠をとる積りでいた。しかし、ふと思い直したような仕草で起き上がる。

「セラヌ様に報告をしなければね」
 イザベルは椅子から立ち上がると、燃え盛る暖炉の中に手を差し入れ、炎の中に隠されたレバーを回し始めた。

 燃え盛る炎の中で鉄のレバーを握り締めるなどと… 生身の人間にはそれに触れることすらも出来ない。大魔女イザベルはこれを平気で行っているのだ。

「部屋のドアは全て閉まっているね!」
 イザベルは廊下に通じる全てのドアの閉りを確認する。次いで空気の抜けるような音と共に部屋の床が下がり始める。

 既に部屋の四面には壁はなく、そこには冷たい岩肌が()き出しになっていた。イザベルのプライベートルームは、部屋全体が地底に降下するエレベータとなっていたのである。
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登場人物紹介

ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド。 

世界一の都市にそびえ立つ超高層マンションに住む。

しかもこの若さで一流企業の部長(general manager)様だ。

クッキー&クリームと世界規模で展開するチェーン店コーヒーを

こよなく愛する魔女。

マギー・ロペス(Maggi.Lopez)。

ジャックの最愛の恋人。

十七年前に突然とジャックの前から姿を消した。

アクエリアス(Aquarius)。

若き俊才、ニューヨーク総合私立大学航空宇宙物理学教室教授。

ジャック・ヒィーリィオゥ・ハリソン(Jack.Helio.Harrison)。


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