第2話 魔女マギー Sorciére maggi
文字数 3,598文字
ニューヨーク マンハッタン アッパーウエストサイド
New York Manhattan Upper West Side
世界一の都市にそびえる超高層 マンション、上層フロアの一角がマギーの住む居住空間だ。自分専用のバスルームで、マギーは丹念に肌を磨き上げていた。出勤前には毎朝2時間掛けて肌と髪のコンディションを整える。大きな鏡の前に自身を映し出し、総ての状態を入念にチェックする。スラリと伸びた脚、引き締まったヒップ、美しい腹筋の曲線を登った先には弾力に富む豊かな隆起がそびえていた。フェイスメイクにはあまり時間を掛けない。テキパキと衣装を身に着け、最後に大粒天然ダイヤモンドペンダントを胸元に装着し、マギーの出勤準備は完了する。
「与えられた、このからだには満足をしている」
マギーは不思議なひとりごとを言い、エレベーターの押しボタン に触れる。エレベーターホールには、若い男性の裸体を描いた写実絵画が飾られていた。
「マギー様。行ってらっしゃいませ!」
エントランスに降り立つマギーを見詰める優しい視線。毎朝、ビルのドアマンに見送られての出勤だ。
「ありがとう。今日が貴方にも良い一日でありますように!」
マギーはドアマンに感謝の一言を忘れない。
「何というビューティー」
がっしりとした肉体を持つドアマンが、マギーの姿態を見て呟く。
「しかも、あの若さで一流企業の部長様だ」
ドアマンの隣で、ビルの清掃作業をしていたトミーが口を開く。
「このニューヨークでさえ彼女に相応しい男を見つけるのは難しい。そうだろう!? トム」
ドアマンが、清掃作業員トムに声を掛ける。
「そうさ。いつまでもこのビルに居て欲しい。俺たちのマドンナには!」
トミーはエントランスホールの大きな窓を拭きながらドアマンに応えた。
ニューヨーク マンハッタン を颯爽 と歩くマギーが、アッパーウエストサイドの街角に立ち止まり、フルーツショップの店主ボブに声を掛ける。
「おはよう。ボブ」
「おはよう。マギー。君のために、いつもの苺を用意しておいたよ!」
フルーツショップの店主ボブは、満面の笑顔で紙袋に入れた苺をマギーに手渡す。
「ありがとう。ボブ。貴方何か良い事でもあったの?」
店主ボブにマギーが尋ねる。ボブは見事なアフロスタイルだ。
「今夜興行 われる歌舞伎公演のチケットが二枚手に入ってね。よかったら、君とどうかなって思って…」
ボブはそう言って、マギーの前に歌舞伎公演のチケットを翳 した。
「ごめんね、ボブ。生憎今日は大事な会議が入っているの。悪いけど誰かチャーミングな女性に声を掛けてあげて!」
マギーはそう言うと、ガックリと肩を落としたボブに苺の代金を支払い、隣のアイスクリーム店へと歩いて行く。
「クッキー&クリーム。それをバインドで2つ」
これも毎朝購入する。そしてマギーは、持ち帰り用のコーヒーを求めてコヒーショップに入って行くのだ。
スエード素材で出来たベージュピンクのラージバックを肩から下げ、買い集めた総ての商品を手に抱えたマギーが、巨大な高層建築物Rise Gold Moon Corporation Bldg へと進んでゆく。
彼女は腰元にサテンテープのアクセントをつけたふわりとした黒のスカートを穿く。真っ白なブラウスの上にはセミロング丈、七つボタン付きグレイカーディガンを着こなしていた。肩に下げたラージバックからスマートフォンの着信音が鳴り響くけれど、両手に荷物を抱えるマギーはそれを気に留める様子もなく、金具の付いた黒いパンプスを鳴らして行く。
ライズ ゴールド ムーン コーポレーション。ニューヨークマンハッタンに自社ビルを所有し、そこに本社を構える世界的規模の総合商社だ。良く磨かれた巨大なアクリル硝子の扉が開き、ビルがマギーを吹き抜けのエントランス ホールへと招き入れる。
マギーは自分専用のオフィスに向かう為、役員専用のエレベーターへと歩いて行く。
「部長。おはようございます。です」
ビル一階の案内所に詰める新人が、細くしなやかに歩くマギーの姿を目聡く見つけ、駆けだして来る。
「これをお使いください!」
新人のインフォメーションガールがそう言って、マギーにプラスチック製のトレイを差し出した。
「あら、ありがとう。このトレイ、片側に穴が開いているのね!?」
マギーは差し出されたトレイを受け取り、穴の開いた部分に、手に持つコーヒ容器を入れてみる。
「これは好いわね!!」
今度は、その隣に苺の入った紙袋とアイスクリームのカップを並べてみせた。
「はい。そのトレイなら、部長のベージュピンクのラージバックにも楽に入ると思います」
「まあっ本当に!? あなた、新しく秘書課に入ったキャサリンね。可愛い女性 。今度、何か御馳走するわね!」
見た目もフレッシュな新入社員のキャサリンに笑顔を見せ、マギーは役員専用のエレベーターへと乗り込んで行った。
役員専用のエレベーターは21階に到着する。このフロアーの総ては、マギーがライズゴールドムーンコーポレーションの会長より責務を負わされている部門だ。朝から忙しく仕事をこなす多くの社員の姿を横目に透明な仕切りに囲まれた自分専用のオフィスへと入り込むマギー。彼女は上質な椅子に腰掛けると、紙袋の中から急いで苺を取りだした。
「部長。おはようございます」
そこに、マギー専属第一秘書のジェミニが現れる。
「本日のスケジュール確認と幾つかの報告事項があります。部長。よろしいですか?」
毎朝出勤して直ぐに、第一秘書と二人だけの打ち合わせが始まるのだ。
マギーは秘書ジェミニの容姿を見る事もなく、赤熟した苺の一粒をさも愛おしげに眺めている。そしてグラマラスな唇に苺を押し付けると、滑らかな舌の上へと運んでゆく。
「部長。毎日毎日、苺ばかりで飽きが来ませんか? 栄養学的に考えても寧ろバリエーションをつけて果実を選び、そこに野菜や木の実などを加えては如何でしょうか? 何なら腕の良い料理人を部長の為に雇い、僕がバランスの良い朝食を部長に用意いたしますが。一度試されませんか?」
第一秘書のジェミニが、マギーの為と思い進言をする。
「ああっ。美味しかったわ。さて次は…」
苺ふたパックをあっという間に平らげたマギーは、デスクに並べられたクッキー&クリームの容器を掴み蓋を開け始める。クッキーが練り込まれたアイスクリームを嬉しそうに見詰めると、マギーはゆっくりとスプーンをさし入れた。アイスクリームは大盛りに装う。マギーはそれを口に含むと、すかさず熱いコヒーを口腔 に流し込む。
「この組み合わせが堪らないのよね! 濃厚な甘味と苦みの共演。甘味が更にまろやかになって引き立つの。人間て好いわ!」
椅子に座るマギーは、からだをくねらせて喜びを表現していた。
「部長。あの、私の話を聴いてくださっていますでしょうか?」
二枚目で長身の若いジェミニが、目の前に座るマギーに伺いを立てる。
「うるさいわね、ジェミニ! 貴方、私の朝の潤 いの時間を邪魔する気なの!?」
「部長。とんでもありません」
ジェミニは慌ててかぶりを振る。
「くだらない事言ってないで。はやく今日のスケジュールを話しなさい!」
若いジェミニの心に、グザリと言葉のナイフが突き刺さる。
そうなのだ。あの優しいマギーが、何故か若い二枚目の男性に対しては非情な態度を見せるのだ。理由はわからぬ。毎度の事とは言え、純粋なジェミニの心はその度に大きく傷つくのだ。
(こんなに尽くしているのに。何故、部長は僕に優しくしてくれないのだろう?)
若いジェミニは深く悩んでしまうのである。
その時、ジェミニの着るストライプスーツの内ポケットから、超有名なスパイアクション映画のテーマ曲が流れだす。
「会長ね!? また私に無理難題を押し付けてくる積りね!」
「そのようです」
若いジェミニが応える。
ジェミニのスマートフォンに、朝の会議の時間を見計らって連絡が入れられているのだ。
「早く出なさいよ!」
「いいえ。着信から1分15秒は待つようにと会長から言われています」
二人の間に、この曲を挟んで暫しの沈黙が流れる。
「ジェミニ。あんた、着メロ変えれば!」
マギーがクッキー&クリームを頬張りながら話す。
「いいえ。イザベル会長より、着信時には必ずこれを鳴らすようにと指示を戴いております」
ジェミニは紋切り型の返答を繰り返す。
「あんた。誰の秘書よ?」
魔女マギーがコーヒショップで購入したプレミアムなコーヒーを飲みながら、若いジェミニに冷ややかな視線を送る。
双子座生まれのジェミニは、ドイツ製腕時計の秒針を黙って1分15秒見詰め、スマホの着信ボタンに指を合わせる。そして丁寧な口調で会長との通話を始め、その場でお辞儀を繰り返すと、マギーに自身のスマートフォンを差し出した。
New York Manhattan Upper West Side
世界一の都市にそびえる
「与えられた、このからだには満足をしている」
マギーは不思議なひとりごとを言い、エレベーターの
「マギー様。行ってらっしゃいませ!」
エントランスに降り立つマギーを見詰める優しい視線。毎朝、ビルのドアマンに見送られての出勤だ。
「ありがとう。今日が貴方にも良い一日でありますように!」
マギーはドアマンに感謝の一言を忘れない。
「何というビューティー」
がっしりとした肉体を持つドアマンが、マギーの姿態を見て呟く。
「しかも、あの若さで一流企業の部長様だ」
ドアマンの隣で、ビルの清掃作業をしていたトミーが口を開く。
「このニューヨークでさえ彼女に相応しい男を見つけるのは難しい。そうだろう!? トム」
ドアマンが、清掃作業員トムに声を掛ける。
「そうさ。いつまでもこのビルに居て欲しい。俺たちのマドンナには!」
トミーはエントランスホールの大きな窓を拭きながらドアマンに応えた。
ニューヨーク マンハッタン を
「おはよう。ボブ」
「おはよう。マギー。君のために、いつもの苺を用意しておいたよ!」
フルーツショップの店主ボブは、満面の笑顔で紙袋に入れた苺をマギーに手渡す。
「ありがとう。ボブ。貴方何か良い事でもあったの?」
店主ボブにマギーが尋ねる。ボブは見事なアフロスタイルだ。
「今夜
ボブはそう言って、マギーの前に歌舞伎公演のチケットを
「ごめんね、ボブ。生憎今日は大事な会議が入っているの。悪いけど誰かチャーミングな女性に声を掛けてあげて!」
マギーはそう言うと、ガックリと肩を落としたボブに苺の代金を支払い、隣のアイスクリーム店へと歩いて行く。
「クッキー&クリーム。それをバインドで2つ」
これも毎朝購入する。そしてマギーは、持ち帰り用のコーヒーを求めてコヒーショップに入って行くのだ。
スエード素材で出来たベージュピンクのラージバックを肩から下げ、買い集めた総ての商品を手に抱えたマギーが、巨大な高層建築物
彼女は腰元にサテンテープのアクセントをつけたふわりとした黒のスカートを穿く。真っ白なブラウスの上にはセミロング丈、七つボタン付きグレイカーディガンを着こなしていた。肩に下げたラージバックからスマートフォンの着信音が鳴り響くけれど、両手に荷物を抱えるマギーはそれを気に留める様子もなく、金具の付いた黒いパンプスを鳴らして行く。
ライズ ゴールド ムーン コーポレーション。ニューヨークマンハッタンに自社ビルを所有し、そこに本社を構える世界的規模の総合商社だ。良く磨かれた巨大なアクリル硝子の扉が開き、ビルがマギーを吹き抜けのエントランス ホールへと招き入れる。
マギーは自分専用のオフィスに向かう為、役員専用のエレベーターへと歩いて行く。
「部長。おはようございます。です」
ビル一階の案内所に詰める新人が、細くしなやかに歩くマギーの姿を目聡く見つけ、駆けだして来る。
「これをお使いください!」
新人のインフォメーションガールがそう言って、マギーにプラスチック製のトレイを差し出した。
「あら、ありがとう。このトレイ、片側に穴が開いているのね!?」
マギーは差し出されたトレイを受け取り、穴の開いた部分に、手に持つコーヒ容器を入れてみる。
「これは好いわね!!」
今度は、その隣に苺の入った紙袋とアイスクリームのカップを並べてみせた。
「はい。そのトレイなら、部長のベージュピンクのラージバックにも楽に入ると思います」
「まあっ本当に!? あなた、新しく秘書課に入ったキャサリンね。可愛い
見た目もフレッシュな新入社員のキャサリンに笑顔を見せ、マギーは役員専用のエレベーターへと乗り込んで行った。
役員専用のエレベーターは21階に到着する。このフロアーの総ては、マギーがライズゴールドムーンコーポレーションの会長より責務を負わされている部門だ。朝から忙しく仕事をこなす多くの社員の姿を横目に透明な仕切りに囲まれた自分専用のオフィスへと入り込むマギー。彼女は上質な椅子に腰掛けると、紙袋の中から急いで苺を取りだした。
「部長。おはようございます」
そこに、マギー専属第一秘書のジェミニが現れる。
「本日のスケジュール確認と幾つかの報告事項があります。部長。よろしいですか?」
毎朝出勤して直ぐに、第一秘書と二人だけの打ち合わせが始まるのだ。
マギーは秘書ジェミニの容姿を見る事もなく、赤熟した苺の一粒をさも愛おしげに眺めている。そしてグラマラスな唇に苺を押し付けると、滑らかな舌の上へと運んでゆく。
「部長。毎日毎日、苺ばかりで飽きが来ませんか? 栄養学的に考えても寧ろバリエーションをつけて果実を選び、そこに野菜や木の実などを加えては如何でしょうか? 何なら腕の良い料理人を部長の為に雇い、僕がバランスの良い朝食を部長に用意いたしますが。一度試されませんか?」
第一秘書のジェミニが、マギーの為と思い進言をする。
「ああっ。美味しかったわ。さて次は…」
苺ふたパックをあっという間に平らげたマギーは、デスクに並べられたクッキー&クリームの容器を掴み蓋を開け始める。クッキーが練り込まれたアイスクリームを嬉しそうに見詰めると、マギーはゆっくりとスプーンをさし入れた。アイスクリームは大盛りに装う。マギーはそれを口に含むと、すかさず熱いコヒーを
「この組み合わせが堪らないのよね! 濃厚な甘味と苦みの共演。甘味が更にまろやかになって引き立つの。人間て好いわ!」
椅子に座るマギーは、からだをくねらせて喜びを表現していた。
「部長。あの、私の話を聴いてくださっていますでしょうか?」
二枚目で長身の若いジェミニが、目の前に座るマギーに伺いを立てる。
「うるさいわね、ジェミニ! 貴方、私の朝の
「部長。とんでもありません」
ジェミニは慌ててかぶりを振る。
「くだらない事言ってないで。はやく今日のスケジュールを話しなさい!」
若いジェミニの心に、グザリと言葉のナイフが突き刺さる。
そうなのだ。あの優しいマギーが、何故か若い二枚目の男性に対しては非情な態度を見せるのだ。理由はわからぬ。毎度の事とは言え、純粋なジェミニの心はその度に大きく傷つくのだ。
(こんなに尽くしているのに。何故、部長は僕に優しくしてくれないのだろう?)
若いジェミニは深く悩んでしまうのである。
その時、ジェミニの着るストライプスーツの内ポケットから、超有名なスパイアクション映画のテーマ曲が流れだす。
「会長ね!? また私に無理難題を押し付けてくる積りね!」
「そのようです」
若いジェミニが応える。
ジェミニのスマートフォンに、朝の会議の時間を見計らって連絡が入れられているのだ。
「早く出なさいよ!」
「いいえ。着信から1分15秒は待つようにと会長から言われています」
二人の間に、この曲を挟んで暫しの沈黙が流れる。
「ジェミニ。あんた、着メロ変えれば!」
マギーがクッキー&クリームを頬張りながら話す。
「いいえ。イザベル会長より、着信時には必ずこれを鳴らすようにと指示を戴いております」
ジェミニは紋切り型の返答を繰り返す。
「あんた。誰の秘書よ?」
魔女マギーがコーヒショップで購入したプレミアムなコーヒーを飲みながら、若いジェミニに冷ややかな視線を送る。
双子座生まれのジェミニは、ドイツ製腕時計の秒針を黙って1分15秒見詰め、スマホの着信ボタンに指を合わせる。そして丁寧な口調で会長との通話を始め、その場でお辞儀を繰り返すと、マギーに自身のスマートフォンを差し出した。